弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分の処分事由説明書に求められる理由提示の方法

1.処分事由説明書

 以前、

「地方公務員である自動車運転士のコンビニ店員へのセクハラ(フリーランスへのセクハラ問題とも関連)」

という記事を掲載しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/25/130802

 この記事の中で、コンビニ店員に対してセクハラを繰り返したことを理由として地方公務員の方に行われた停職6か月の懲戒処分の適否が問題になった事件を紹介させて頂きました(最三小判平30.11.6労経速2372-3A市事件)。

 原審(高裁)、原々審(地裁)は、停職6か月は重すぎるとして懲戒処分の取消を認めましたが、最高裁は、停職6か月とすることに問題はないと判示しました。その判示はがセクシュアルハラスメントの被害者の救済を考えるにあたり、示唆に富むものであったことは、上述の記事の中でご紹介させて頂いたとおりです。

 判決言渡しから随分時間が空きましたが、この事件が労働判例という判例集にも掲載されているのを見つけました(最三小判平30.11.6労働判例1227-21加古川市事件)。

 最高裁の判決に改めて目を通すとともに、原審、原々審の判旨を確認していたところ、原々審(神戸地判平28.11.24労働判例1227-30 加古川市事件)が興味深い判示をしているのを見つけました。

2.加古川市事件(第一審)

 何が興味深いのかというと、理由提示の方法について判示している部分です。

 公務員は懲戒処分を受ける時、処分事由説明書という書面の交付を受けます(国家公務員法89条1項、地方公務員法49条1項)。

 この処分事由説明書には、処分の事由を記載することになっています。

 本件の原告は、単純労務職員といって、地方公務員法49条の適用のない公務員の方でした(地方公務員法57条、地方公営企業等の労働関係に関する法律附則5項、地方公営企業法39条1項参照)。

 しかし、被告(加古川市)では地方公務員法49条1項の趣旨を考慮して、単純労務職員に対しても懲戒処分を行う時に処分事由説明書を交付する扱いをとっていました。

 本件の原告に渡された処分事由説明書には、

「あなたは、平成26年9月30日に勤務時間中に立ち寄ったコンビニエンスストアにおいて、そこで働く女性従業員の手を握って店内を歩行し、当該従業員の手を自らの下半身に接触させようとする行動をとった。」(行為①)

「また、以前より当該コンビニエンスストアの店内において、そこで働く従業員らを不快に思わせる不適切な言動を行っていた。」(行為②)

「このことは、公務に対する信用を著しく傷つける行為として地方公務員法第33条に違反する行為であるとともに、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行である。」

「よって、地方公務員法第29条第1項第1号及び第3号の規定に基づき、懲戒処分として停職6箇月を妥当とする。」

と記載されていました。

 この行為②の記載について、原告の方は、時期も対象行為も被害者も特定されていない不十分な記載であるとして、理由不備の違法を主張しました。

 これに対し、被告加古川市は、非違行為は行為①であって、行為②は行為①の悪質性を裏付ける事情として記載したものだと主張しました。要するに、非違行為そのものではなく情状だから概括的な記載でも構わないという趣旨です。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、理由提示に不備はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告のような単純労務職員に対して懲戒処分を行う場合、処分の事由を記載した説明書を交付することは法律上要求されていない・・・。懲戒条例2条も・・・、懲戒処分を行う場合は書面(辞令がこれに相当する)を交付して行わなければならないことを要求した規定であり、処分説明書の交付の根拠規定と解することはできない。」

「もっとも、被告では、地公法49条1項の趣旨を考慮して、単純労務職員に対して懲戒処分をする場合にも処分の事由を記載した説明書を交付しているというのである。そうであれば、処分を受ける職員の不服申立てに便宜を与えるためにも、処分説明書においては、処分の対象とされた非違行為が何であるかを認識できるよう、行為の主体、客体、日時、場所、態様等をできるかぎり特定すべきであることは当然である。

しかし以上はあくまでも懲戒処分の対象となる非違行為についての理由の提示の問題であり、情状を構成するにすぎない事実について同じように解することはできない。情状となる事実は、本来、地公法49条1項所定の処分説明書に記載しなければならないものではないし、非違行為の原因、動機、性質、影響、当該職員の態度、処分歴、非違行為後の事情など多種多様である。したがって、情状となる事実を処分説明書に記載する場合、ある程度包括的、概括的なものとなってもやむをえないし、そのことによって処分が違法となることはないと解される。ただし、情状となる事実が懲戒処分の対象となる事実と区別されることなく渾然一体となって記載されるなど、それが記載されることによって混乱をもたらし、何が懲戒処分の対象となる事実であるのかが認識しえなくなるような場合には、理由の提示に不備があると解すべきである。

「本件処分の処分説明書においては、行為①は日時、場所、被害者、行為態様等によって十分に特定されており、原告もこのことを争っていない。行為②については概括的な記載にとどまるが、情状となる事実としてはこの程度の記載をもって足りるというべきである。そして行為②は行為①とは明確に書き分けられており、行為①が本件処分の対象とされているという認識に混乱をもたらすような事情は見あたらない。したがって本件処分の理由の提示に不備はないというべきである。」

3.非違行為と情状が渾然一体となった記載は違法

 本件の特徴は、

「情状となる事実が懲戒処分の対象となる事実と区別されることなく渾然一体となって記載されるなど、それが記載されることによって混乱をもたらし、何が懲戒処分の対象となる事実であるのかが認識しえなくなるような場合には、理由の提示に不備がある」

として、何が非違行為なのかが分からない渾然一体型の理由提示に、消極的な評価を下したところではないかと思います。

 被告加古川市の件は非違行為と情状が書き分けられていたとして適法とされましたが、両者が意識的に書き分けられていないケースは一定数あるだろうと思います。また、民間企業が法律家の関与なく懲戒手続を進める時に、非違行為と情状とが区別されないまま弁明の機会付与が行われていることも珍しくありません。最高裁で破棄された裁判例ではありますが、本件で示された考え方は、こうした事案で理由提示の不備を指摘する時に参考になるように思われます。