弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

市立病院の院長の職を解かれたこと(配置換処分)は裁判所で争えるのか?

1.公務員の配置転換の特殊性(裁判所で審理してもらうためには不利益性が必要)

 民間の労働者の場合、使用者からの配置転換命令の適否を裁判で争うことに特段の問題はありません。

 もちろん、配転命令権の濫用がなければ、配転命令の無効を前提とする請求は棄却されます。しかし、訴えることそれ自体が不適法だとされることはありません。

 しかし、公務員の場合、配置転換命令の適否を争うためには、「訴えの利益」という乗り越えなければならないハードルがあります。具体的に言えば、不利益性を伴う配置転換でなければ、裁判所は適法な訴えとして扱ってくれません。

 例えば、市立中学校の教諭に対してなされた同一市立内の他の中学校への転任処分に関して、

身分、俸給等に異動を生ぜしめるものでないことはもとより、客観的また実際的見地からみても、被上告人らの勤務場所、勤務内容等においてなんらの不利益を伴うものでないことは、原判決の判示するとおりであると認められる。したがつて、他に特段の事情の認められない本件においては、被上告人らについて本件転任処分の取消しを求める法律上の利益を肯認することはできないものといわなければならない」

と訴えの利益を否定し、訴えを不適法却下した判例があります(最一小判昭61.10.23労働判例484-7大阪府教委事件)。

 不適法却下というのは、俗にいう門前払いのことで、「こんなもの裁判所は判断しないよ」という趣旨の判決です。

 公務員の配置転換の問題は、民間の労働事件と同じような感覚で「請求が認められるかは別として、紛争解決のルートには当然乗るよね。」と思い込んでいると、判断を誤ることがあるので注意が必要です。

 近時発行された公刊物に、市立病院の院長と市立看護専門学校の校長を兼務していた職員に対し、院長の任を解き、看護専門学校の校長の専任とすることを内容とする配置換処分を行うことの適否が争われた裁判例が掲載されていました(甲府地判平31.1.22労働判例ジャーナル86-34富士吉田市事件)。

 この事件でも、配置換処分に訴えの利益が認められるかが争点となりました。

2.院長職を解くことは水平移動か?

 原告となった職員は、

「本件配置換処分により、本件病院の院長の職務がなくなった結果、従前支給されていた特殊勤務手当51万円が支給されなくなり、月額の給与が約30パーセント減少した。」

などと不利益性があることを主張しました。

 これに対し、被告となった富士吉田市は、

「いずれの職務も給与条例の医療職給料表(1)級別基準職務表における5級に規定され、給与の面からみて上下関係はなく、また、職務内容についても、本件病院と本件専門学校は共に部相当の組織で、その院長と校長は共に部長相当の職であって、いずれも、その業務を総理し、所属職員を指揮監督するほか、広範な権限と専決権限を有することに変わりはなく、上下関係はないものであって、原告は水平異動しただけであり、何ら法律上の不利益を被っていない。」
「特殊勤務手当については、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他著しく特殊な勤務であって、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められる勤務に従事する者に支給するとされているものであって、このような特殊性のない本件専門学校の校長に対して特殊勤務手当が支給されないのは当然」である、

と反論しました。

3.裁判所の判断(訴えの利益を肯定)

 当事者の主張に対し、裁判所は以下のとおり判示して訴えの利益を認めました。

「本件配置換処分は、原告が本件病院の院長と本件専門学校の校長という二つの職を兼務し、双方の権限を有していたところ、これを本件専門学校の校長の専任とし、それまで有していた本件病院の院長の職及び権限を失わせるものであって、原告の権利ないし法律上保護された利益を侵害するものであるといわざるを得ない。
「なお、本件病院の院長と本件専門学校の校長が、個別には、給与や職務内容上、上下関係がないと評価し得るとしても(給与条例4条1項、別表第3(3)医療職給料表(1)級別基準職務表、管理規則7条、処務規則4条1項)、本件配置換処分が原告の権利ないし法律上保護された利益を侵害するものかどうかを検討するに当たって重要なのは、原告が本件病院の院長と本件専門学校の校長を兼務していたところ、本件専門学校の校長の専任となったことであって、上記の給与等の点は前記判断を左右しない。
4.判決の特徴(職及び権限の喪失それ自体を法律上の利益侵害と捉えている)

 本件の特徴は、職及び権限の喪失自体を法律上保護された利益の侵害として評価したことだと思います。

 冒頭に引用した大阪府教委事件最高裁判決では、「俸給等」の異動が訴えの利益を判断するうえでの考慮要素を構成しているように読めます。

 しかし、甲府地裁は、「重要なのは、原告が本件病院の院長と本件専門学校の校長を兼務していたところ、本件専門学校の校長の専任となったこと」であって、「給与等の点は前期判断を左右しない」と言い切りました。

 特殊勤務手当に関する事情は、裁判官の思考過程において事実上の影響を及ぼした可能性はありますが、少なくとも、判決文の訴えの利益を判示している部分では全く触れられていません。

 公務員の配置転換処分の適法性を争うにあたっては、審査請求や取消訴訟などの紛争解決のルートに乗せる前提として、収入面での異動を検討する必要があります。そうした検討を経て、本件の原告も特殊勤務手当の点を指摘してきたのだと思います。

 しかし、甲府地裁の裁判所は「給与等の点」よりも、職及び権限の喪失を重視しました。これは訴えの利益を拡張する方向での考え方ではないかと思います。

5.紛争解決のルートに乗る配置転換を拡張できる可能性

 甲府地裁の判決は、配置転換を争える範囲を拡張する方向に利用できる可能性があります。具体的な勤務条件に異動はなくても、この配置転換には納得できない、そうしたお悩みをお抱えの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。