弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

従業員が顧客からセクハラ被害を受けた時、職場は何をすれば良いのか

1.農協の職員が組合員からわいせつな行為を受けた事件

 従業員が仕事先でセクハラ被害を受けた時、職場には何が求められるのでしょうか。

 この問題を考えるにあたり、参考となる裁判例が公刊物に掲載されていました。佐賀地判平30.12.25労働判例ジャーナル86-42 佐賀県農業協同組合事件です。

 この事案では、組合員からわいせつな行為を受けた職員に対する農協の事後措置の適否が争点になりました。

2.農業協同組合と組合員との関係(事業者-顧客類似の関係)

 農業協同組合と組合員との関係は農業協同組合法という法律で定められています。

 これによると、

「組合は、その行う事業によつてその組合員及び会員のために最大の奉仕をすることを目的とする。」(農業協同組合法7条)

とされています。

 その一方、農業協同組合は、

「組合員・・・に出資をさせること」(農業協同組合法13条1項)、

「組合員に経費を賦課すること」(農業協同組合法17条1項)、

ができるとされています。

 要するに、農業協同組合は、組合員からお金をもらって、組合員の利益のために奉仕する役割を担っているということです。

 お金を媒介にしてサービスを提供するという点においては、事業者と顧客との関係に類似します。

3.事後措置義務

 この事件では、研修旅行に随行した時に、組合員P2から強制わいせつ致傷の被害を受けました。加害者である組合員は懲役3年、執行猶予5年の有罪判決の言い渡しを受けています。

 原告となった女性は、適切な事後措置が尽くされていないことなどを理由に農業協同組合を被告として損害賠償を求める民事訴訟を提起しました。この民事訴訟が冒頭で示した佐賀県農業協同組合事件です。

 原告となった女性が依拠したのは、

「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(『男女雇用機会均等法』という。)11条2項の規定に基づき定められた『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針』(平成18年厚生労働省告示第615号。『本件指針』という。)」

です。

(本件指針)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000133471.html

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf

 原告女性は、指針に沿った対応、より具体的に言うと、

「事実関係の確認、被害者に対する配慮、行為者に対する措置、再発防止措置」

といった対応がきちんととられていないと主張しました。

4.裁判所の判断(限界があることを踏まえつつも、指針に沿って義務違反を判断)

 裁判所は、

本件事件の加害者であるP2は、被告の組合員であって、職員ではない。・・・農業協同組合の組合員は、任意に組合に加入し、出資をするとともに経費を負担するなどして、組合が組合員のために行う事業を利用することができる立場にある者であり、就業規則など事業主がつかさどる規範の影響が及ぶ者ではない。

「職場におけるセクハラの『行為者』は、事業主、上司、同僚に限られないが(甲11)、これらの者以外の行為について実効性のある防止策を講ずることは、行為者が事業主、上司、同僚等である場合に比べて、一般的には困難な面があるし、対応に実効性が伴わない場合もあるといえる。

と、事後措置をとるといっても、従業員間や上司部下間でのセクハラと同じような措置をとることには限界があることを指摘しました。

 しかし、

「本件指針が定める措置義務の内容を、そのまま本件における被告の安全配慮義務の内容とみることは困難である。もっとも、本件指針が定める措置義務の内容は、本件でも参考にすることができる」

と判示したうえ、指針に沿って被告農業協同組合に安全配慮義務違反がないのかを検討すると述べました。

5.農業協同組合の対応(指針の考え方を類推して、一定の事後措置はとっている)

 この事件では、結論として被告農業協同組合の義務違反は否定されています。

 それは、被告農業協同組合が、指針の考え方を類推して、一定の事後措置をとっていたからです。

 原告女性が求めた各事項に対する被告農業協同組合の対応は次のとおりです。

(1)事実関係の確認

 「原告は、本件事件の直後、複数の上司に対し本件事件について説明しているし、当該上司から報告を受けたP6部長は、P2から事情聴取を試み、原告の同僚からも話を聞いている」

 農業協同組合としても、被害の報告を受けた後、漫然と放置していたわけではなく、きちんと被害者や加害者、同僚などの関係者から聴き取りを実施していたようです。

(2)被害者に対する配慮

 「被告は、本件事件の発生を把握した後、直ちに原告とP2の間を取り持って、謝罪の場としてホテルの一室を用意し、P2に謝罪をさせた。・・・原告の復職に当たっては、原告の希望を考慮するとともに、主治医とも面談して指導を受けながら、配置転換、業務軽減等をするなどの配慮をした。」

 原告となった女性には不十分に思えたのかも知れませんが、この点でも、被告農業組合は何もしていないというわけではなさそうです。

(3)行為者に対する措置

 「P2は、被告の職員ではなく、・・・就業規則など事業主がつかさどる規範の影響が及ぶ者ではないため、懲戒処分等をすることはできないものの、・・・被告は、本件事件後、直ちにP2に謝罪をさせている。」

 加害者に被害者への謝罪をさせるといったこともしているようです。

(4)再発防止に向けた措置

 「職員でないP2に対し、被告が実効性のある措置を講ずることには困難な面があるところ、被告は、内部的に、認定事実(10)の措置を講じている。」

 「認定事実(10)の措置」というのは下記のような措置で、同種被害を発生させないように一応の対策は考えていたようです。

 -認定事実(10)の措置-

 女性職員の酒席を伴う会議等への出席について、団体と会議の範囲を限定する基準を設けること、
 本件事件後、被告の女性職員は、男性のみによる宿泊を伴う研修旅行に随行していないこと、

など。

 こういった措置をとっているから、被告農業協同組合に、

「事後措置義務違反があったとはいえない」

というのが裁判所の判断です。

6.従業員が顧客からセクハラ被害を受けた時への応用

 指針が典型的に想定しているのは、職場内で起きたセクハラに対する対応です。

 従業員が顧客からセクハラを受けた時に、どのような対応をとれば良いのかについては、それほど安定的な見解があるわけではありません。

 本件はセクハラ類型のカスタマーハラスメントに対し、職場としてどのような対応をとれば良いのかの参考になるものかと思います。