1.「ちゃん」付けでの呼称
セクシュアルハラスメント(セクハラ)に関する相談を受けていると、「ちゃん」付けで呼ばれることが不快だという思いを口にする方がいます。
こうした言動は、セクハラに該当するか/該当しないかの括りで言うと、セクハラに分類されます。「令和5年9月1日 基発0901第2号『心理的負荷による精神障害の認定基準について』」が、心理的負荷の発生原因として、
「『〇〇ちゃん』等のセクシュアルハラスメントに当たる発言をされた」
を掲げているからです。少なくとも行政が「〇〇ちゃん」との呼称をセクハラだと考えているのは確かだと思います。
それでは、この「〇〇ちゃん」との呼称は慰謝料を請求する原因にもなるのでしょうか?
行政解釈上のセクハラと不法行為(慰謝料の発生原因)としてのセクハラとは重なり合う部分が少なくありません。
しかし、完全に一致するかというと、そのようなわけではありません。萌芽のうちに摘み取ってしまうことを志向する分、行政解釈上のセクハラの概念には広範な網としての役割が期待されます。これに対し、不法行為上のセクハラが成立するというためには単に不快というだけでは足りず、金銭賠償をさせるに値すると言えるだけの強度が必要になってきます。そのため、不法行為法上のセクハラは行政解釈上のセクハラよりも狭く理解されがちです。
そのため、行政解釈上セクハラに該当するとしても、それが不法行為を構成するかは別途検討することが必要なります。近時公刊された判例集に、「ちゃん」付けでの呼称に不法行為該当性を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令7.10.23労働判例ジャーナル169-42 損害賠償請求(セクハラ)事件です。
2.損害賠償請求(セクハラ)事件
本件で原告になったのは、昭和57年生まれの女性で、宅配便等の各種輸送に関する事業を営むC株式会社D営業所カスタマーサービス課で勤務していた方です。同じ営業所に所属していた被告から度重なるセクハラを受けたとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
原告の方は会社も共同被告として慰謝料を請求する訴えを提起していましたが、会社との間では和解が成立したため、訴訟の相手方としては被告のみが残りました。
本件の原告は種々の行為をセクハラだと主張しました
裁判所は、原告の主張する行為の一部について、次のとおり述べて不法行為該当性を認めました。
(裁判所の判断)
・信書便物(電報便)の送付について
「被告が原告に送付した本件電報便は、その本文の内容は原告に対する感謝の意を述べるものであるものの、〔1〕表紙には「祝」と記載されている、〔2〕宛名には「Aちゃん」という原告の愛称のみが記載されている、〔3〕差出人は「Bとクソ野郎たち」となっており、「B」は被告のことであるとしても、「クソ野郎たち」が誰を指すのかは明らかでないなどの不審な点がある。したがって、本件電報便からはこれがどのような趣旨で送付されたものかが判然とせず、これを受け取った者において本件電報便は冷やかしやからかいの一種ではないかと疑ったとしても無理がないものであったといえる。」
「また、本件電報便の送付は、原告に対して事前に承諾を得ることもなく一方的に行われたものであり、原告にとって予期せぬ出来事であった。また、被告は、あらかじめ原告から教えてもらっていた住所を用いて本件電報便を送付しているが、原告が被告に住所を教えた際に当該住所がこのような業務の範囲を超えた私的な用途に用いられることを予測することも困難であったと考えられる。」
「これらの事情に照らすと、本件電報便を送付した被告の行為は、原告に対して強い不快感を抱かせるものであったといえる。そして、仮に本件電報便が原告に対して感謝の意を伝える趣旨で送付されたものであり、その意味において業務との関連性が認められるとしても、このような強い不快感を抱かせるような方法ないし態様をとる合理的理由は見出し難い。」
・「かわいい」などの発言について
「被告の原告に対する『今のかわいい』という言葉は、背後から近付いてきていた被告に気付いて驚いた原告に対して発せられたものであった。このような上記発言がされた状況等に照らすと、同発言は、驚いた際の原告の様子や言動についての冷やかしやからかいの趣旨であったと認められ、業務上の必要性は見出し難く、また、原告に不快感や羞恥心を与えるものであったといえる。」
(中略)
・下着や体型に関する発言について
「被告の原告に対する『胸元がはだけて下着が見えてしまう』という発言は、〔1〕原告と被告の性別の違い、〔2〕下着が見えるという言葉は女性の性的な姿を想起させるものであること、〔3〕上記発言は原告が前屈みの姿勢となった際のものであり、実際に被告から原告の胸元や下着が見えてしまっていたという意味にも受け取れることからすれば、原告に強い不快感や羞恥心を与えるものであったといえる。そして、仮に上記発言が原告の服装や身だしなみを注意する趣旨で行われたものであったとしても、このような強い不快感や羞恥心を与えるような方法をとる業務上の必要性は見出し難い。」
「また、原告に対する『体型良いよね。』という発言は、原告の体型に関して言及するものであり、業務上の必要性は見出し難い上、原告に不快感や羞恥心を与えるものであったといえる。」
・電話での発言について
「被告の原告に対する『こんな愚痴や話を聞いてくれるのはAちゃんだけだよ。』という発言は、『Aちゃん』という呼称を用いているという点を除けば、原告に不快感や羞恥心を与えるものであったとはいえない。
(中略)
・「Aちゃん」という呼称について
「以上に加え、被告は原告のことを日常的に『Aちゃん』という愛称で呼んでいたことも認められる・・・。『ちゃん』付けという呼称は、一般的には幼少の子どもに対して用いられ、成人に対して用いられるのは交際相手等の親密な関係にある場合が多く、業務上においてこのような呼称を用いる必要性は直ちには見出し難い。そして、被告としては原告に対する親しみを込めて上記の呼称を用いていたとしても、原告と被告の年齢や性別、本件営業所に勤務する従業員同士にすぎないという両者の関係性等に照らすと、原告を『ちゃん』付けで呼ぶことは原告に不快感を与えるものであったといえる。なお、厚生労働省が公表している『心理的負荷による精神障害の認定基準』(令和5年9月1日付け基発0901第2号)においても、『「○○ちゃん」等のセクシュアルハラスメントに当たる発言をされた』ことが心理的負荷を与える出来事の例として挙げられている・・・。」
・総合評価
「以上のとおり、原告の主張する事実のうち、信書便物(電報便)の送付、『かわいい』という発言・・・、下着や体型に関する発言・・・、日常的に『Aちゃん』という呼称を用いていたこと・・・については、業務上の必要性が認められず、原告に不快感や羞恥心を与える不適切な行為であったといえる。そして、このような不適切な行為が令和3年5月頃から同年11月頃までの間に繰り返し行われたものであること、被告が原告の上司に類する立場にあったこと・・・も踏まえれば、これら被告の原告に対する一連の行為は、社会通念上許容される限度を超えた違法なハラスメントとして、不法行為に当たるというべきである。」
(中略)
「被告の原告に対する一連のハラスメント行為の内容や頻度のほか、被告会社から裁判上の和解に基づく解決金が支払われること(・・・。なお、上記解決金には原告に生じた休業損害や治療費等を一部補填するという趣旨に加え、原告が被った精神的苦痛を慰謝するという趣旨も含まれていると見ることができる。)を踏まえれば、現時点において原告の精神的苦痛を慰謝するための金員としては20万円が相当である」
3.不法行為該当性が認められた
以上のとおり、裁判所は、「ちゃん」付けの不法行為該当性を認めました。
例によって慰謝料は他の行為まで含めたうえで20万円と少額ではあるものの、不法行為該当性が認められたことは注目に値します。
「ちゃん」付けの問題はそれなりに良く聞く問題であることから、裁判所の判断は、実務上参考になります。