弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有給休暇-時季変更権の行使にあたり、利用目的の評価を交えてはならないとの建前が維持された例

1.有給休暇の時季変更権

 労働基準法39条5項は、

「使用者は、・・・有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」

と規定しています。

 要するに、労働者は、基本的に、好きな時(請求する時季)に有給休暇を取得することができます。しかし、「事業の正常な運営を妨げる場合」、使用者は、その時の有給休暇の取得を認めず、時季の変更を求めることができます。

 この「事業の正常な運営を妨げる」かどうかを判断するにあたり、有給休暇の利用目的を考慮することは許されません。

 これは割と古くから確立されているルールです。

 例えば、最二小判昭48.3.2労働判例171-10 国鉄郡山工場賃金事件は、

年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である、とするのが法の趣旨であると解するのが相当である」

と判示していますし、最二小判昭62.7.10労働判例499-19 弘前電報電話局事件は、

「年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところである(前記各最高裁判決参照)から、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが可能な状況にあるにもかかわらず、休暇の利用目的のいかんによつてそのための配慮をせずに時季変更権を行使することは、利用目的を考慮して年次休暇を与えないことに等しく、許されない

と判示しています。

 このように有給休暇を取得するにあたり、利用目的を考慮されないことは、労働事件を取り扱う弁護士にとっては「常識」と言ってもよいルールでした。

 しかし、札幌地判令5.12.22労働判例ジャーナル144-1 京王プラザホテル札幌事件は、新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することの可否が問題になった事案で、

「事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、客観的に判断すべきであるところ、一般的には、年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解されてきた(最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1229頁参照)。しかしながら、当該解釈は、年次有給休暇の利用目的といった主観的な事情が事業の正常な運営に直接影響を及ぼすものではないとの理解を前提としたものであったから、労働者が利用目的を明示して年次有給休暇の時季指定を行っており、専ら当該利用目的を達するために当該年次有給休暇を取得する場合を前提として、当該利用目的自体から現実的に生じ得る事態等を踏まえて、使用者の事業の正常な運営に直接影響を及ぼすこととなるといった特段の事情があるときには、例外的に、使用者において時季変更権の行使に当たり年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。

と判示し、常識に一歩踏み込む判断を示しました。

新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することができるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この判断がどうなるのか気になっていたところ、上級審で是正されたようです。この上級審は昨日もご紹介した、札幌高判令6.9.13労働判例ジャーナル154-34 京王プラザホテル札幌事件です。

2.京王プラザホテル札幌事件(控訴審)

 本件で被告(被控訴人)になったのは、札幌市内においてホテルを運営する株式会社です。

 原告(控訴人)になったのは、被告の宿泊部長として勤務していた方です。

 令和2年3月21日にハワイで行われる娘の結婚式に出席するため、令和2年2月25日、被告に対し、令和2年3月18日~同月25日を有給休暇に指定しました。

 しかし令和2年3月17日、被告は、新型コロナウイルス感染症に関する状況を踏まえ、原告のハワイへの渡航を禁止するため、年次有給休暇の時季変更権を行使しました(本件時季変更権の行使)。これにより娘の結婚式に出席できなくなった原告は、本件時季変更権の行使が違法であったとして、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、原審同様、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当することは認めたものの、次のとおり、原審とは異なる理解を判断を示しました。

(裁判所の判断)
「控訴人は、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かの判断に際し、年次有給休暇の利用目的を考慮することは許されない旨主張する。」

「確かに、年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であり、当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解され(最高裁昭和48年3月2日第二小法廷判決・民集27巻2号210頁、最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1229頁参照)、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、利用目的の評価を交えることなく、客観的に事業運営の阻害状況が発生するおそれがあるか否かによって判断されるべきである。

「しかしながら、本件においては、控訴人が明示していたハワイで挙行される娘の結婚式に参加するという年次有給休暇の利用目的自体が問題視されたものではなく、そのために不可避に伴う海外渡航を、新型コロナウイルスの感染拡大が続いていた時期である本件期間に行う結果、控訴人自身が新型コロナウイルスに感染する危険性が高まることが被控訴人の事業運営を妨げる客観的事情として認められるのであり、年次有給休暇の利用目的に係る評価とは無関係である。また、海外渡航を年次有給休暇の利用目的の一部と捉えるとしても、本件で考慮されたのは海外渡航の主観的評価とは無関係な、その実施時期と感染リスクの増大という客観的事情であり、これらを考慮して事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かを判断したからといって、直ちに労基法の趣旨に反して利用目的自体を考慮した時季変更権の行使であるということはできない。

(中略)

「その他、控訴人が種々主張する事情を検討しても、本件期間に有給休暇を与えることは、被控訴人の『事業の正常な運営を妨げる場合』に該当すると認められる。」

3.利用目的を考慮するのはダメという建前が守られた

 感染症予防の問題があるため結論自体は理解できるにしても、京王プラザホテル事件の一審判決が公表された時、例外的とはいえ利用目的が考慮されたことが気になっていました。

 上級審の判断を注視していたところ、一審の判断は無事、是正されたようです。一度例外が許容されると、済し崩し的な例外の拡大が生じかねないため、高裁で適切な判断がなされたことは良かったと思います。