1.割増賃金(残業代)の計算方法
割増賃金(残業代)は、
通常の労働時間の賃金の計算額×割増率
によって計算されます。
通常の労働時間の賃金は、
時間単価×時間外労働等の時間数
によって表されます。
時間単価は、月給制の場合、
月によって定められた賃金÷1年間における月平均所定労働時間数
で導かれます(以上、亀田康次ほか『詳解 賃金関係法務』〔商事法務、初版、令6〕257-258頁参照)。
時間単価を計算するにあたり分子となる賃金には、これに参入されない「除外賃金」と呼ばれるものが存在します。
除外賃金は、
「割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない」
と規定する労働基準法37条5項を根拠とするもので、現状、
家族手当
通勤手当
別居手当
子女教育手当
住宅手当
臨時に支払われた賃金
1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
の七種類が該当します(労働基準法施行規則21条参照)。
この除外賃金として定められている「住宅手当」との関係で、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。ここ数日ご紹介させて頂いている、東京地判令3.3.4労働判例1314-99 月光フーズ事件です。何が興味深いのかというと、賃料等の資料開示、確認が経られていない「住宅手当」が除外賃金にはあたらないとされたことです。
2.月光フーズ事件
本件は、いわゆる残業代請求訴訟です。
被告になったのは、広島風お好み焼き等の飲食店等の各種店舗の経営等の事業を行う株式会社です。
原告になったのは、被告の広島風お好み焼き等を提供する店舗で働いていた方2名です。
本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに原告の内1人に支給されていた住宅手当の扱いがありました。
これについての当事者双方の主張は、次のとおりです。
(原告X2の主張)
「除外賃金としての『住宅手当』とは,住宅に要する費用(住宅の賃料額等)に応じて算定される手当をいうものであり,住宅に要する費用にかかわらず住宅の形態ごとに一定額を支給するものは除外賃金としての『住宅手当』には該当しない(平成11年3月31日基発170号)。」
「原告X2の住宅手当は住宅に要する費用にかかわらず一定額を支給するもので除外賃金に当たらない。」
(被告の主張)
「被告において住宅手当は従業員に一律に定額が支給されているものではなく,本件給与規程に定めがあるものでもなく,原告X2に対しては,住宅に要する費用を踏まえて支給されることとなったものであるから,割増賃金の基礎となる賃金には含まれない。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、住宅手当は除外賃金にはあたらないと判示しました。
(裁判所の判断)
「原告X2は,平成29年6月12日ころ,本件荻窪店での勤務時間が長時間に及んでいたことから,本件荻窪店の近くに引っ越した。なお,原告X2はこの引越しの前後を通じて一人暮らしであった。」
「原告X2は,原告X1に対し,引っ越したことを話し,原告X1は,被告代表者にそのことを告げた。その後,被告代表者は,原告X2に対し,3万円の住宅手当を支払う旨告げた。」
「なお,原告X2から被告に対して,原告X2の家賃,管理費,敷金,更新料等の具体的な金額について伝えたことはなく,被告が確認をしたこともなかった。原告X1が被告代表者に対し住宅手当を3万円とするよう話したこともなかった。」
(中略)
「被告代表者は原告X1から生活費が苦しい,引っ越すので住宅手当をつけてやってほしい,3万円が相当である旨言われた旨述べるが・・・,原告X1はこれを否定しており・・・,また,前記認定事実・・・のとおり,原告X2は被告に対し賃料等の資料を示したことはなく,被告代表者もなんらか資料を確認したことはない旨述べている・・・。」
「これらのことからすると,本件住宅手当が実質的に住宅に要する費用に応じて支給される手当として支払われたものであると認めるに足りる証拠はなく,労基法37条5項,労基法施行規則21条に定められた基礎賃金に算入されない除外賃金には該当しない。よって,基礎賃金に含むものとして割増賃金を計算するのが相当である。」
3.適当に決められている住宅手当は除外賃金ではない
原告が引用している解釈例規(平11.3.31基発170号)には、次のとおり定められています。
「割増賃金の基礎から除外される住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいう」
「本条の住宅手当に当たらない例」
「住宅の形態ごとに一律に定額で支給することとされているもの」
賃金規程・給与規程の整備されていない中小企業を中心に、資料が確認されることなく代表者が感覚的に住宅手当を決めている例は少なくありません。
掛算の母数になるため、残業時間が長いと、住宅手当が除外賃金に該当するか否かで、金額に結構な差が生じることがあります。
住宅手当が除外賃金に該当するのか否かは、解釈例規を知らないと見過ごされる可能性のある部分であり、実務上、注意が必要です。