弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

芸能人養成スクールの退学等によりスクール側に発生する平均的損害

1.消費者契約における損害賠償額の制限

 消費者契約では、同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える損害賠償額を予定しても、そのような条項の効力は否定されます(消費者契約法9条1号)。

 この条項の適用ができれば、芸能人養成スクールに入ったことを後悔し、途中で辞めた場合でも、既に収めたお金のうち、業者に生じる平均的損害を超える部分は返金を求めることができます。

 しかし、受講生がこの条文に基づいて納めたお金の返金を求めるにあたっては、

① 受講者は消費者と言えるのか(受講契約の消費者契約該当性)?

② 言えたとして、平均的損害を幾らとみるのか?

という問題を乗り越えなければなりません。

 昨日、①の問題を乗り越え、受講契約を消費者契約であると認定した裁判例をご紹介させて頂きました。東京地判令3.6.10判例時報2513-24です。この裁判例は、②の問題についても、参考になる判断を示しています。

2.東京地判令3.6.10判例時報2513-24

 本件で被告になったのは、芸能人養成スクールを運営する株式会社です。

 原告になったのは、適格消費者団体の認定を受けた非営利活動法人です。

「退学又は除籍処分の際、既に納入している入学時諸費用については返還しない」

という被告の定めた学則中の条項が消費者契約法12条1号(平均的損害を超える賠償予約・違約金を定めを無効とする規定)に違反するとして、その使用の差止を求める訴えを提起しました。

 本件では受講契約の消費者契約該当性のほか、受講者が退学等した時にスクール側に発生する平均的損害が幾らなのかが争点になりました。

 裁判所は受講契約の消費者契約該当性を認めたうえ、次のとおり述べて、13万円を超えて返金しない場合の条項は違法になると判示しました。

(裁判所の判断)

「入学時諸費用は、本件スクールの受講生としての地位を取得するための対価としての性質を有する部分(以下『本件権利金部分』という。)だけでなく、被告が提供する役務に対する実質的な対価(月謝)に相当する部分も含むものであるとするのが相当であり、本件権利金部分は被告において受講生を受け入れるための手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。」

「そうすると、本件権利金部分については、その納付をもって受講生は本件スクールの受講生としての地位を取得するから、その後に本件受講契約が解除されるなどしても、被告がその返還義務を負う理由はないというべきである。そして、上記諸事情に照らすと、本件権利金部分は、12万円と認めるのが相当である。」

(中略)

「ア Aに対する手数料について」

「被告は、受講生の紹介を受けているAに対し、受講生1人当たり31万8888円の手数料を支払っているため、当該手数料相当額の損害が本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき損害に当たると主張する。」

「しかしながら、上記手数料は、前記・・・の被告の主張に照らすと、Aによるオーディションの勧誘及びその実施の対価として交付されているものであるから、その実質は宣伝広告費であり、本件受講契約を解除した受講者だけでなく、その他の受講者との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用とみるのが相当である。」

「そうすると、上記手数料は、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害には該当しないというべきである。被告の上記主張は、採用することができない。」

「イ 業務委託費用について」

「被告は、株式会社Dに対し、講師の派遣等を委託しており、その対価として、受講生1人が入学するごとに3万円を支払うほか、E株式会社に対し、入学対応指導業務等を委託しており、その対価として、受講生1人当たり2万円を支払っており、これらの業務委託費用が本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。」

「 しかし、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、①株式会社Dが行う業務は、本件スクールの運営に係る実務と所属タレントとの派遣及び講師のあっせんであるから・・・、要するに、被告が定めるカリキュラム等に沿って必要となる講師等を派遣すること等であり、②E株式会社が行う業務も、生徒を獲得する入校対応についての被告の従業員に対する指導等である・・・と認められる。以上の事実によれば、これらの業務委託費用は、本件受講契約を解除した受講者だけでなく、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であり、単にその支払額を個々の受講者の入学を基準に算定しているものにすぎない。」

「そうすると、このような業務委託費用は、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害には該当しないというべきである。被告の上記主張は、採用することができない。」

「ウ 入学対応のための人件費について」

「被告は、本件スクールに入学する受講生の対応のために要する人件費が、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。」

「しかしながら、仮に本件スクール本校の新人開発室所属の従業員や大阪校、福岡校及び札幌校の従業員が入学対応の業務を行っていたとしても、このような業務は、本件受講契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても行われるものであり、そのための人件費は、被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるといわざるを得ない。そうすると、これは、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害とはいえず、平均的な損害に該当しないし、少なくとも本件受講契約を解除した受講生の入学手続に要した人件費については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「エ 宣材写真撮影委託費用について」

「証拠(・・)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、受講生が入学後レッスンを開始するまでの間に、受講生ごとに宣材写真の撮影を行っているところ、直近決算期において被告がカメラマンに対して支払った報酬等の合計が499万0902円であり、同期における入学者数が1983人であったことが認められる。」

「以上の事実によれば、宣材写真撮影委託費用は、本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害であり、平均的な損害に該当するというべきであり、その額は2516円であると認められる。」

「これに対し、原告は、本件スクールにおける宣材写真の撮影は、受講生がAのタレントとして活動するためのものであって、本件スクールにおいて必要となるものではないなどとして、これが平均的な損害に該当しない旨を主張する。」

「しかしながら、芸能スクールの入学の際に宣材写真の撮影が行われることが特異なものであるとはいえず、同写真がプロダクションであるAにおいて使用されることをもって上記認定を覆すものではない。」

「したがって、原告の上記主張は、採用することができない。」

「オ 教材費について」

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件スクールに入学した受講生に対し、パンフレット、入学申込書、レッスンガイド、テキスト、IDカード等の教材を支給しており、その費用が1人当たり595円であることが認められる。」

「以上の事実によれば、上記教材費は、本件スクールに入学した個々の受講生との間で生じたものであるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずると認められる損害であり、平均的な損害に該当するというべきであり、その額は595円であると認められる。」

「これに対し、原告は、上記教材費に入学事務費用でないものが含まれている可能性がある旨を主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく、原告の上記主張は、採用することができない。」

「カ 入学対応のための賃料について」

「被告は、受講生の入学対応のためにも建物を賃貸しており、入学対応に対応する賃料負担額は、受講生1人当たり1万1077円であると主張する。」

「しかしながら、証拠・・・によれば、被告主張の建物は、本件スクールの校舎として賃借しているものと認められる。そうすると、上記賃料は、本件受講契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。仮に本件受講契約を解除した受講生との入学対応に要した賃料があったとしても、このような賃料については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「キ 光熱費について」

「被告は、受講生の入学対応のためにも光熱費を支出しており、入学対応に対応する光熱費は、受講生1人当たり1617円であると主張する。」

「しかしながら、証拠・・・によれば、被告主張の光熱費は、本件スクールの各校舎で生じたものであると認められるから、被告の本件スクールにおける役務の提供により生じたものとみるのが自然であり、これが直ちに本件受講契約を解除した受講生の入学対応のために使用されたものであるとはいい難い。そうすると、上記光熱費は、本件受講契約を解除した受講生のみならず、その他の受講生との関係においても被告の業務遂行のために生ずる一般的な費用であるから、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。仮に本件受講契約を解除した受講生との入学対応に要した光熱費があったとしても、このような光熱費については、本件権利金部分が充当されたものというべきである。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「ク ローン会社に対する保証金について」

「被告は、本件受講契約の締結に伴い、入学金ローンを利用する者がいた場合、株式会社Fに対し、ローン金額の3%を保証金として支払っており、直近決算期において被告が支払った保証金の合計額に同期における入学者数を除して得た額(2507円)は、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に当たると主張する。」

「しかしながら、被告の主張によっても、同社の入学金ローンを利用する者は、直近決算期において443人であって、同期における入学者数1983人の4分の1以下にすぎない。そうすると、仮に、本件受講契約の解除に伴い入学金ローンを利用した受講生との関係で保証金相当の損害が生じるとしても、それは、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害には該当しない。」

「したがって、被告の上記主張は、採用することができない。」

「ケ 履行利益について」

「被告は、消費者契約法9条1号の「平均的な損害」には、履行利益も含まれ、本件では、受講生から得られたであろう授業料(月謝)が履行利益として「平均的な損害」に含まれると主張する。」

「しかしながら、前提事実及び認定事実によれば、①本件スクールに入学する受講生は、その大半が随時実施されるAのオーディションに最終合格した者であり、被告は、そのような受講生を随時本件スクールに入学させていること・・・、②本件スクールの年間の入学者数は、1500人ないし2000人であり、このうち1年間の就学期間を満了するのは約半数程度であること・・・からすると、受講生が本件受講契約を解除する場合において、当該受講生との関係において直ちにその就学期間の全部にわたり月謝が支払われる蓋然性があったとは認め難い。」

「これらの事情に加え、前記・・・のとおり、被告が一定数の受講生が就学期間中に退学することを想定して本件スクールにおける人的物的教育設備の整備等を行っているものと推認することができることに照らせば、被告主張の履行利益(受講生から得られたであろう月謝)は、1人の受講生と被告との本件受講契約が解除されることによって被告に一般的、客観的に生ずる損害とはいえず、平均的な損害に該当しない。」

「以上の諸事情に加え、証拠(甲37)によれば、被告は、従前入学時に納入される月謝以外の金員38万円の内訳を、入学金34万円、施設管理費2万円、教材費1万円、事務手数料1万円としていたことに照らすと、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害は、被告主張の事情を最大限有利にしん酌しても、1万円を超えることはないというべきであり、同額と認めるのが相当である。」

「以上によれば、本件不返還条項のうち本件費用等部分に関する部分は、本件受講契約の解除に伴い被告に生ずべき平均的な損害に該当する1万円を超える部分が無効である。」

(中略)

「以上によれば、本件不返還条項を内容とする意思表示の差止請求については、本件不返還条項のうち、①本件権利金部分(12万円)に関する部分は、『消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項』に当たらず、②本件費用等部分に関する部分(入学時諸費用38万円中、上記①の12万円を超える部分)は、消費者契約法9条1号の規定により1万円を超える部分が無効であるから、消費者契約法12条3項に基づき、退学等の際に既に納入している入学時諸費用を13万円を超えて返還しない旨の条項を内容とする意思表示の差止めを求める限度で、理由がある。」

3.権利金でも12万、費用はせいぜい1万円程度

 上述のとおり、裁判所は権利金部分でも12万円、諸費用としてはせいぜい1万円程度が相当だと判示しました。これが「平均的損害」であるとすれば、受講契約を解除した場合、相当部分の返金が見込まれることになるように思われます。

 業界における平均的な損害として認定されていることから、本件は他の芸能人養成スクールからの退学等をめぐる紛争でも広く活用される可能性があります。汎用性の高い事案であるため、本件で裁判所が認定した平均的損害に関する考え方は、他のスクールとの関係にも応用できる可能性があります。そう考えると、やや長い判示ではあるものの、本件は覚えておいて損のない裁判例だと思います。