弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

芸能人養成スクールの受講契約が消費者契約と認められた例

1.フリーランス(個人事業主)と消費者保護法

 フリーランス(個人事業主)が企業から仕事を受注するにあたっては、交渉力の格差から不公平な取引条件を押し付けられがちです。こうした不公平な状況を是正するため、消費者契約法などの各種消費者保護法を適用することはできないのでしょうか?

 個人と企業との契約である以上、当然、個人は消費者保護法によって保護されるはずだと考える方もいるかも知れません。しかし、話はそれほど単純ではありません。消費者保護を目的とする法律の多くは、事業のために締結される契約には適用されないからです。例えば、消費者契約法は、

「消費者と事業者との間で締結される契約」

を消費者契約として定義し(消費者契約法2条4項)、消費者の保護を図っています。

 しかし、

「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるもの」

は消費者に該当しないとされているため(消費者契約法2条1項)、事業目的で契約するフリーランスの方は「消費者」に該当しないし、フリーランスと企業との間の契約は「消費者契約」に該当しないことになります。結果、歴然とした交渉力格差があるにも関わらず、フリーランスの方は消費者保護法による保護の枠外に置かれています。

2.芸能人養成スクールの受講契約

 法の建付けが上述のようになっている関係で、芸能人養成スクールの受講契約は消費者契約なのか? という論点があります。

 個人的な実務経験の範囲でいうと、情報力・交渉力の格差から合理的とは思われない受講契約を締結している方は少なくありません。

 しかし、芸能人の方の多くは個人事業として芸能活動をしています。事務所への所属も個人事業主としてマネージメント契約を締結する形で行われるのが通例です。そのため、芸能人養成スクールとの受講契約は「(個人)事業のために契約の当事者となる場合」に該当するのではないのかが問題になります。

 この問題について、興味深い判断を示した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.6.10判例時報2513-24です。

3.東京地判令3.6.10判例時報2513-24

 本件で被告になったのは、芸能人養成スクールを運営する株式会社です。

 原告になったのは、適格消費者団体の認定を受けた非営利活動法人です。

「退学又は除籍処分の際、既に納入している入学時諸費用については返還しない」

という被告の定めた学則中の条項が消費者契約法12条1号(平均的損害を超える賠償予約・違約金を定めを無効とする規定)に違反するとして、その使用の差止を求める訴えを提起しました。

 本件では消費者契約法12条1号の適用の前提として、本件受講契約が消費者契約といえるのかが争われました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、消費者契約への該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「費者契約法は、『消費者契約』とは、消費者と事業者との間で締結される契約をいい(2条3項)、『消費者』とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう(同条1項)と規定している。」

「そして、『事業として…契約の当事者となる場合』とは、事業目的そのものを対象とする取引の契約当事者となる場合のように、契約の当事者となる主体自らが当該契約を反復継続して行う意図で行う場合をいい、『事業のために契約の当事者となる場合』とは、事業目的を達成するために必要な契約の当事者となる場合のように、自らの事業の用に供するために契約の当事者となる場合をいうと解される。」

「これを本件についてみると、前提事実及び認定事実によれば、次のとおり指摘することができる。」

「ア 本件スクールに入学する受講生は、被告との間で本件受講契約を締結する者であるところ、本件受講契約の内容等・・・に鑑みれば、受講生が個人であることは明らかである。」

「イ 本件スクールへの入学及び在籍を目的とする本件受講契約を事業目的そのものとし、これを反復継続して行う意図で締結する受講生は想定し難いから、上記受講生による本件受講契約の締結は『事業として…契約の当事者となる場合』に該当しない。」

「ウ 本件スクールに入学する年間約1500人ないし2000人の受講生は、形式上、Aとの間でマネジメント契約を締結しているが・・・、その大半はごくわずかな芸能活動の経験しか有しない者又は全く芸能活動の経験を有しない者であり・・・、このうち1年間の就学期間を修了する者は半数程度である・・・。さらに、本件スクールに入学した受講生は、普通科であれば、俳優コース、歌手コース、声優コース、マルチタレントコース又はユーチューバーコースに分かれ、1年間にわたり所定のレッスンを受講し、理論や実技の指導を受けることになる・・・が、実際に本件スクール在学中又は卒業後に自身の名を示して俳優等の活動に従事できる者は、一部の受講生に限られている・・・。

「したがって、本件スクールに入学する受講生の大半は、その入学前、在学中及び卒業後を通じて、事業と評価できるほどの芸能活動を行っていないのであるから、受講生がAとの間でマネジメント契約を締結しており、その一部には事業と評価できるほどの芸能活動を行っている者がいたとしても、このことをもって直ちに、受講生による本件受講契約の締結が一概に芸能活動という事業目的を達成するため(当該事業の用に供するため)に本件受講契約の当事者になったと評価することはできず、『事業のために契約の当事者となる場合』に該当しない。

以上の事情を総合すれば、本件受講契約を締結する大半の受講生は、消費者であると認められる。そして、被告は、現在も多数の受講生との間で本件学則を用いて本件受講契約を締結し、本件スクールに入学させているのであるから、不特定かつ多数の消費者との間で本件不返還条項を含む消費者契約の締結を現に行い又は行うおそれがあると認められる。」

「これに対し、被告は、①本件スクールに入学する受講生は、芸能活動という事業目的を達成するために本件受講契約を締結すること、②本件スクールに入学する受講生は、事業の準備から開業ないし遂行に至る段階を分けると、既に開業しているか、開業に向けた具体的準備を行っている段階にあることから、受講生による本件受講契約の締結が『事業として又は事業のために契約の当事者となる場合』に該当すると主張する。

しかし、上記・・・のとおり、本件スクールに入学する受講生の大半は、事業と評価できるほどの芸能活動を行っていないのであり、受講生による本件受講契約の締結が『事業として又は事業のために契約の当事者となる場合』に該当するとはいえないから、被告の上記主張は、採用することができない。

4.大半が素人・卒業してもプロになれるのは一部だけ⇒消費者契約

 上述のとおり、裁判所は、受講者の大半が素人で、約半分が卒業できず、卒業してもプロになれるのが一部だけといったような状況のもとで契約を結ぶ受講者は消費者だと判示しました。

 本件は適格消費者団体による差止め請求で、

「消費者契約を締結するに際し、不特定かつ多数の消費者との間で第八条から第十条までに規定する消費者契約の条項・・・を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるとき」

を立証命題とするものです(消費者契約法12条3項参照)。全体的傾向として消費者契約に該当すると述べたのであって、個々の契約が全て消費者契約に該当するとまでいうものではないように思われます。

 それでも、芸能人養成スクールの受講契約が消費者契約であると認められたのは、画期的なことです。消費者保護のための立法がパッケージとして適用されるとなると、個々の契約者の保護に大きく資するからです。本件でも賠償予約・違約金規定の効果が否定され、13万円以上の返還拒否をすることは違法だと判示されています。

 個別事案に対する判断といい、消費者契約への該当性を認めた論理構成といい、多くの個人を保護する可能性を持った画期的な判断だと思います。控訴されているようですが、今後の裁判の行方が注目されます。