弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

フリーランスの法的保護:業務提供誘引販売取引であることを理由とするクーリングオフの可能性

1.業務提供誘引販売取引

 特定商取引法に「業務提供誘引販売取引」という取引類型が規定されています。

 これは、

物品の販売・・・又は有償で行う役務の提供・・・の事業であつて、

業務提供利益を収受し得ることをもって相手方を誘引し、

その者と特定負担を伴う

その商品の販売・あっせん、又は、その役務の提供・あっせんに係る取引

をいいます。

 業務提供利益というのは、

「その販売の目的物たる物品(商品)又はその提供される役務を利用する業務(その商品の販売若しくはそのあつせん又はその役務の提供若しくはそのあつせんを行う者が自ら提供を行い、又はあつせんを行うものに限る。)に従事することにより得られる利益」

を指します。

 特定負担というのは、

「その商品の購入若しくはその役務の対価の支払又は取引料の提供」

のことです(特定商取引法51条1項)。

 非常に複雑な条文構造を持っているため、一読しても何を言っているのか分かりにくいと思いますが、要するに、

「『仕事を提供するので収入が得られる』という口実で消費者を誘引し、仕事に必要であるとして、商品等を売って金銭負担を負わせる取引のこと」

をいいます。

業務提供誘引販売取引|特定商取引法ガイド

 ある契約が業務提供誘引販売取引に該当するとどうなるのかというと、クーリングオフの対象になります(特定商取引法58条)。

 クーリングオフはかなり強力な制度で、法定書面の交付から20日以内であれば、無条件に契約を解除することができます。

 この「法定書面の交付から」というのが重要で、書面交付がない場合や、書面交付があっても記載内容に不備がある場合には、20日の起算は開始されず、ずっとクーリングオフの可能な状態が続くことになります。

 これだけ劇的な効果が与えられると、その行使の可否をめぐる紛争が頻発してもおかしくないように思われます。

 しかし、業務提供誘引販売取引への該当性や、クーリングオフの可否が争われた公表裁判例は、あまりありません。

 これは、

特定商取引法は、構造が複雑すぎて、一般個人に扱える類の法律ではなく、この法律を裁判で使おうと思ったら、現実問題として弁護士への依頼が必須であること、

この種の契約は、一件一件の取引金額が低く、弁護士に依頼しても、経済的な割に合いにくいこと、

が関係しています。

 そうした状況のもと、近時公刊された判例集に、業務提供誘引取引に該当するとして、クーリングオフが認められた裁判例が掲載されていました。

2.大津地判令2.5.26判例時報2474-131

 本件で被告になったのは、「Aフランチャイズシステム」というハウスクリーニング事業のフランチャイズを展開する株式会社です。

 原告になったのは、ハウスクリーニング事業を自営で始めようとしていた方で、平成30年12月19日にAフランチャイズ契約というハウスクリーニング事業の加盟店契約を締結しました(本件契約)。

 本件契約は、要旨、

被告が原告(加盟店)にハウスクリーニング事業に必要な「機材・消耗品等」を販売するとともに、開業前研修や開業支援等の役務の提供を行う、

被告が仕事を原告(加盟店)に斡旋する、

原告(加盟店)が被告にフランチャイズ開業初期費用(研修費、工具・機材消耗品費等219万8000円)を支払う、

ことを内容としていました。

 しかし、実際には、原告が被告からハウスクリーニング業務の斡旋を受けることはありませんでした。

 こうした経過を受け、原告は、法定書面の不交付を捉え、平成31年3月4日到達の内容証明郵便により、本件契約が業務提供誘引販売取引に該当するとして、被告にクーリングオフを通知しました。

 被告はクーリングオフの適用を争いましたが、裁判所は、次のとおり述べて、クーリングオフの適用を認め、原告への219万8000円の支払いを命じる判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

「業務提供誘引販売取引とは、物品の販売又は有償で行う役務の提供の事業であって、その販売の目的物たる物品又はその提供される役務を利用する業務に従事することにより得られる利益を収受し得ることをもって相手方を誘引し、その者と特定負担を伴うその商品の販売若しくはそのあっせん又はその役務の提供若しくはそのあっせんに係る取引をいうとされる(特定商取引法51条1項)。

「前記認定事実によれば、本件契約に係る取引について、被告は、ハウスクリーニング事業に必要な『機材・消耗品等』を販売し、また、開業前研修・開業支援等の役務の提供を有償で行う事業であって、その販売の目的物たる物品又はその提供する役務を利用する、被告が提供し、あっせんするハウスクリーニング業務に従事することにより得られる利益(業務提供利益)を、収益モデルを提示するなどして、収受し得ることをもって原告を誘引していること、原告ら加盟店が、フランチャイズ開業初期費用として、①研修費、研修参加費、②工具・機材消耗品費一式、③加盟金、④保証金、⑤開業支援金、⑥販促ツール代、⑦事務手数料の合計219万8000円を支払うなどの金銭的負担(特定負担)を伴う、上記業務のあっせんに係る取引をすることを業として営んでいたことが認められる。」

「そして、原告は、被告から提供・あっせんされた『業務』を、肩書住所地の自宅(マンションの一室)で行うことになっているから、本件契約は『事業所その他これに類似する施設によらないで行う個人との契約』に該当することが認められる。

「そうすると、本件契約に係る取引は、特定商取引法の業務提供誘引販売取引に該当するものと解するのが相当である。」

(中略)

「前記認定のとおり、被告は、原告に対し、特定負担である開業初期費用等を支払うことを条件に、ハウスクリーニング事業のフランチャイズとする業務提供誘引販売契約を締結したにもかかわらず、原告に対し、特定商取引法所定の契約の解除(クーリングオフ)に関する事項が記載されていない書面を交付したことが認められる。そうすると、原告が被告に対し本件契約の解除の通知を発した時点において、契約書面を受領した日から起算して20日を経過しているとは認められない。」

「よって、原告は、被告に対し、特定商取引法58条1項に基づき、本件契約を書面により解除したから、不当利得返還請求権に基づき、同契約において被告に交付した219万80000円・・・の支払を求めることができる。」

3.実店舗をもたないフリーランスにも適用される

 法定書面の交付義務の対象は、

「その業務提供誘引販売業に関して提供され、又はあつせんされる業務を事業所等によらないで行う個人に限る。」

とされています(特定商取引法55条1項)。

 そのため、事業所やこれに類似する施設をもっている方を保護するには、業務提供誘引販売取引であることを理由とするクーリングオフを主張するには難点があります。

 しかし、実店舗をもたないまま、高額の負担のもとフランチャイズシステムに組み込まれてしまったフリーランスの方を保護するにあたっては、クーリングオフは有効な救済方法として機能する可能性があります。

 特定商取引法というと、消費者保護法というイメージを持つ方がいます。

 これはあながち間違いでもないのですが、消費者保護法であるとともに、個人事業主保護にも活用できる法律であることも、意識しておく必要があります。