弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

やはりあてにならない、雇用保険の受給後に再雇用する約束

1.雇用保険の受給後に再雇用する約束

 数か月前、コロナ禍のもと、社員を解雇して雇用保険を受給させ、事業再開後に社員を再雇用しようとしたタクシー会社が話題になりました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6b7c66d82a49773aa78232d8022efe75e66ec7e9

 この方針は、出された直後から、多くの専門家によって批判されてきました。

 多くの専門家が批判したのは、法の建付けに反している点です。

 雇用保険(基本手当)は、

「被保険者が失業した場合」

に支給されます(雇用保険法13条1項)。

 雇用保険法上の

「失業」

とは、

「被保険者が離職し、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態」

であると定義されています(雇用保険法4条3項)。

 そして、雇用保険業務取扱要領「50102(2)受給資格の決定」ロ-(ホ)は、

「求職申込み前の契約等に基づき求職申込み後にも就労する予定がある者については、
受給資格の決定の際に就職状態(51255 参照)にない場合であっても、労働の意思及び能力を慎重に確認しなければ受給資格の決定は行えない。」

と規定しています。

 こうした法の建付けからすると、しっかりとした再雇用の約束がある場合には、労働の意思や能力の認定ができず、基本手当の受給要件である「失業」状態に該当するとは認められない可能性が極めて高いのです。

 実際、厚生労働省の

「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」

にも、

「雇用保険の基本手当は、再就職活動を支援するための給付です。再雇用を前提としており従業員に再就職活動の意思がない場合には、支給されません。」

との見解が示されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-12

 他方、雇用保険(基本手当)を適法に受給しようと思えば、再雇用の約束に法的に強い効力が認められないことを前提にしなければなりません。

 このように、雇用保険(基本手当)を適法に受給することと、再雇用の約束を守ってもらうこととは法的に両立し辛い関係に立っています。

 そして、こういう脱法的な約束を結ぶと、雇用保険(基本手当)の受給は認められないは、再雇用の合意に基づく地位確認請求も認められないはと、悪いところ取りになる可能性すらあります。少なくとも、雇用保険(基本手当)の受給を企図して何等かの行動をとった場合、再雇用合意に基づく地位確認は、矛盾する挙動として許されなくなる可能性が高いのではないかと思います。

 このように、雇用保険の受給後に再雇用する合意は、どうせあてにならないだろうと思っていたのですが、近時公刊された判例集に、それを裏付けるかのような裁判例が掲載されていました。横浜地判令元.9.26労働判例1222-104 すみれ交通事件です。

2.すみれ交通事件

 本件は、一旦退職届をした従業員からの就労の求めに対し、これを拒んだ会社の対応の適否が争点の一つになった事件です。

 従業員原告X2は、退職届を出した理由について、

「これは被告において、定年後の再雇用を行うに当たって、運転手が希望した場合、一旦定年退職の扱いで離職票を発行し、退職の1か月後に、改めて再雇用契約を締結して、雇用保険高年齢求職者給付金(一時金)を受給するという慣行が存在していたことから、原告X2が同日、被告代表者、D専務及び被告の事務担当者であるEらに対し、上記の慣行的取扱いにより、同年8月からアルバイト待遇の再雇用に移行したいことを告げ、雇用保険高年齢求職者給付金の受給手続に関する離職票の発行を依頼したところ、被告代表者及びD専務から、退職届の提出が必要であるとの説明とともに、退職届のひな型を示されたことから、これに従って退職届を提出したものである。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、

「原告X2は、AB賃(被告会社の賃金形態の一つ。退職金と賞与がない代わりに歩合率が高い。括弧内筆者)としての定年を迎える同月以降は、B賃(同じく被告会社の賃金形態の一つ。アルバイト待遇で社会保険の加入がない。括弧内筆者)として勤務したいと考えていたが、同僚から雇用保険高年齢求職者給付金の支給を受けられる旨のアドバイスを受け、定年日にいったん退職して1か月間を無職として過ごして、雇用保険高年齢求職者給付金の支給を受けるとともに、同年8月からB賃従業員として勤務を再開することにより、定年後も被告における勤務を継続しようと考えた。」

「そこで原告X2は、AB賃としての最終勤務日に当たる同年6月30日、雇用保険高年齢求職者給付金の受給に必要となる離職票を被告に用意してもらう目的で、退職届を提出した。・・・」

との事実を認定したうえ、次のとおり述べて、退職届が出されている以上、就労拒否に違法性はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告X2は自らの意思で被告に退職届を提出しており、これによって、原告X2は、被告に対して退職する旨の意思表示をしたものと認められる。したがって、この時点において、原告X2がB賃として継続的に雇用されることについての合理的期待はなくなったものと評価でき、被告がその後に再雇用を拒絶したことが、原告X2の合理的期待に反すると解する余地はないといえる。」

「この点、原告X2は、被告は他の従業員に対してもいったん退職扱いとして雇用保険高年齢求職者給付金を受給させ、後に再雇用する取扱いをしており、原告X2はこの慣行に従って退職届を提出したに過ぎず、8月以降にB賃としての再雇用を希望する旨を被告側にも伝えていたなどと供述する・・・。しかしながら、雇用保険高年齢求職者給付金は、高齢者が失業した場合に再就職するまでの生活支援を目的とするものであり、再雇用が予定されながら同給付金を受給することは、制度趣旨に反した脱法的な行為である。そして、原告X2の上記供述以外、そのような脱法的な行為をすることを原告X2が被告側に伝えていたと認めるに足りる証拠はないし、被告においてそのような脱法的行為を容認する上記慣行が存在したと認めるに足りる証拠もない。したがって、原告X2の上記供述はたやすくは信用できず、上記慣行や原告X2の8月以降の再雇用の希望があらかじめ被告側に伝えられていたとは認められない以上、原告X2の再雇用に対する期待は法的保護に値するものとはいい難く、再雇用を拒絶したことについて、被告に不法行為責任が生ずる余地はないというべきである。

3.合意の効力ではなく、合意の事実自体が認定されなかった事案であるが・・・

 本件は再雇用の合意の効力が否定されたのではなく、法的効力を論じる以前の問題として、合意の事実自体が認められなかった事案ではあります。

 しかし、裁判所は、再雇用の合意のもとで、雇用保険(高年齢求職者給付金 基本手当と同じく失業が要件とされている)を受給することを「脱法的な行為」であると厳しく批判しています。

 そして、判決には「脱法的な行為」であるがゆえに、脱法的な行為を伝えるはずがない・脱法的な慣行が許容されているはずがないという価値観のもと、事実認定のハードルが上げられている節を見ることができます。

 法の趣旨に反する合意は、いざとなったら相手方から否認されるに決まっていますし、合意の認定自体も厳しい目で見られがちです。また、合意が事実として認められる場合でも、それに法的な効力をどの程度読み込めるのかという議論が控えています。

 厚生労働省のQ&Aに明記されたことからコロナ禍で後続する会社が出てくることは稀だとは思いますが、やはり「再雇用するから、取り敢えず雇用保険の受給を」との約束は、真に受けない方が良さそうに思います。