弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

長時間労働の解消、雑談レベルでも相談しておいた方がいい

1.長時間労働からの鬱病発症をテーマとする二つの損害賠償請求事件

 長時間労働で欝病などの精神疾患を発症した場合、労働者としては、先ず労災認定を受けることができないかを検討することになります。

 労災認定を受けるためには、疾病や障害が「業務上」のものであれば足りるからです(労働者災害補償保険法7条1項1号)。「業務上」といえるためには、

「当該労働者の業務と負傷等との結果との間に、当該業務に内在または随伴する危険が現実化したと認められるような相当因果関係・・・が肯定されることが必要」

です(菅野和夫『労働法』〔弘文堂、第12版、令元〕649頁参照)。

 しかし、使用者の「故意」「過失」は、要件とされていません。

 他方、使用者に対して損害賠償を請求する場合、使用者側の不適切な行為と疾病の発症との間に相当因果関係(ここで言う相当因果関係は労災の場面での相当因果関係とは理論的には別の概念ですが、かなりの部分が重複しています)があることに加え、「故意」「過失」といった要件を立証しなければなりません。

 労災認定の要件は、損害賠償請求の要件に(概ね)包含されている関係にあります。だから、労働者側としては、先ずは労災認定の可否を検討することになるのです。

 ただ、労災は労働者に生じた全ての損害をカバーするものではありません。そのため、労働者が労災でカバーされない損害の填補を受けるためには、別途、使用者に対して損害賠償を請求する必要があります。

 この労災認定後の損害賠償請求に関し、近時公刊された判例集に真逆の結論になった裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.3.4労働判例1222-6豊和事件と札幌高判令元.12.19労働判例1222-49北海道二十一世紀総合研究所事件です。

2.豊和事件、北海道二十一世紀総合研究所事件

 二つの事件は、いずれも、長時間労働→鬱病の発症→労災認定→労働者による損害賠償請求訴訟の提起といった経過が辿られています。

 しかし、豊和事件では使用者の安全配慮義務違反を認めたのに対し、北海道二十一世紀総合研究所事件では安全配慮義務違反は認められませんでした。

 安全配慮義務違反の認定に関する各裁判例の判示は、次のとおりです。

(豊和事件)

「被告は、原告から業務日報や打合せ議事録、残業の際の届書の提出を受けるなどしていたのであるから、原告の業務状況及び労働時間について認識していたことは明らかである。加えて、・・・平成25年ないし平成26年の施工管理部の会議において、D課長に対する要望事項として、施工管理部の人員や業務の軽減の点が挙がっており、また、被告の認める限度でも、原告は、C支店長との雑談の中とはいえ、繁忙期に向けて人員を補強してほしい旨を伝えたことがあったのであるから、被告は、施工管理部において人員補強や業務軽減の要望があることについても、認識していたといえる。

「以上の点に鑑みれば、労働契約に基づいて原告を労務に従事させている使用者として、被告は、原告の長時間労働を解消すべく、業務量を軽減させるなどの適切な措置を講じるべき安全配慮義務を負っていたものと認められる。」

-中略-

「被告による安全配慮義務違反の有無について検討するに、・・・被告は、平成27年4月にLを、同年10月にはMを施工管理部から他の部署に配置転換させるなどし、その一方、同年11月にOを雇用したが、同人は被告の業務について未経験であった。このことからすると、施工管理部は、同年12月以降の繁忙期を、前年の繁忙期よりも少ない人員体制で迎えたこととなり、上記人員配置は原告の長時間労働を解消させるための措置と見ることができるものではなく、その後、平成28年5月にOが退職したにもかかわらず、原告の本件疾病発症に係る同年8月1日までの間に、被告が、施工管理部の人員を補充したといった事実は認められない。また、このような人員の補充以外の面でも、被告において、原告の業務量を軽減したり、労働時間を抑制ないし削減したりするための具体的な措置を講じたと認めるに足りる証拠はない。」
-中略-
原告の長時間労働に対し、被告がこれを解消するべく、原告の業務量を軽減するための適切な措置を講じたものとは認められず、被告は、かかる措置を講じることなく、原告を上記2のとおり過重な心理的負荷の原因となる長時間労働に従事させ続けたものであるから、被告には安全配慮義務違反があったものと認められる。

(北海道二十一世紀総合研究所ほか事件)

「一審被告会社は、発症前3か月間における一審原告の業務負担について、格別、軽減の措置を執っていない。これは、安全配慮義務違反を基礎付ける事情に当たるといえる。」

「他方、次のような事情を指摘することができる。」

-中略-

「以上の各事情によれば、一審被告会社が発症前3か月間における一審原告の労働時間が長時間に及んでいることを把握しつつ、その業務負担について、格別、軽減の措置を執っていない一方、この間における一審原告の担当業務は、主として一審原告の専門分野に属する本件調査義務であり、データの集計等に時間を要したという長期化要因について、相談の機会はあったものの、これを利用することはなかった等の事情を指摘することができる。一審被告会社としては、一審原告の業務がうつ病の発症をもたらしうる危険性を有する特に過重なものと認識することは困難であり、単に労働時間が長時間に及んでいることのみをもって、一審原告のうつ病の発症を予見できたとはいえないというべきである。そして、本件において、他に一審原告のうつ病発症の予見可能性を基礎付ける事実は認められない。」

「また、一審原告は、平成17年度当初、複数の調査研究業務を担当していたが、・・・最終的には主な担当業務が本件調査業務のみとなっており、ここから更に一審原告の担当業務を減らすのは困難であったというべきである。そして、一審被告会社では、毎週、意見交換のための全体会議が開催されており、一審原告は、その機会に、業務遂行上の課題を伝え、上司や同僚に相談することができ、これが困難であったとは認められないのに、相談等をしなかった。そうすると、一審被告会社は、一審原告の業務を更に削減することが困難であった上、特に一審原告から業務の遂行が困難であることの申告もなかったことから、早期に心身の健康相談やカウンセリングを受診する機会を設けたり、休養を指示したりすることを含め、一審原告のうつ病の発症を回避するために具体的な対応をすることも困難であったというべきである。

「以上のとおり、一審被告会社が一審原告の時間外労働が長時間に及んでいることを把握していたとしても、一審原告の担当していた業務の内容等の事情を考慮すれば、一審原告がうつ病を発症することを予見できたとは認められず、また、一審原告のうつ病の発症を回避するために具体的な対応をとることも困難であったというべきである。一審原告がうつ病を発症したことについて、一審被告会社に安全配慮義務違反は認められない。

3.予見可能性を基礎づける一番の方法は相談すること

 安全配慮義務違反を立証するうえでの重要な意味を持つ概念に、予見可能性(使用者の認識)があります。

 豊和事件で安全配慮義務違反が肯定される一方、北海道二十一世紀総合研究所ほか事件で安全配慮義務違反が否定されているのは、後者では鬱病の発症に対する予見可能性が否定されているからです。

 予見可能性が否定されているのは、端的に言えば、使用者側への申告・相談が欠けていたからだと思います。もちろん、主観的な苦痛を相談しておきさえすれば大丈夫というものでもありませんが、労災が認定されるレベルの客観的負荷が発生している場面において、申告・相談は使用者の予見可能性を基礎づける最も直截的な手段です。豊和事件では、雑談レベルの相談でも、安全配慮義務違反を根拠付ける事実として、わざわざ拾い上げられています。

 しんどい思いをしていることを申告・相談して、問題が解決すれば、それに越したことはありません。仮に、問題が解決せず、不幸にして心身を悪くしても、申告・相談していた事実があれば、労災認定に加えて、損害賠償請求を行うことにより、全ての損害を填補してもらえる可能性が上がります。

 そうした意味において、長時間労働から心身を守るには、先ずは使用者への申告・相談を試みることが大切になります。

 長時間労働で追い詰められている方の中には、自分で申告・相談をすることに億劫になっている人も少なくありません。そのような場合には、弁護士に通知の作成の代行を依頼して相談・申告するのも、一つの方法になろうかと思います。