弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賞与に関する求人票の記載は要注意

1.使用者の決定等がない場合の賞与請求の可否

 多くの企業において、賞与は「毎年6月および12月に会社の業績、従業員の勤務成績等を考慮して賞与を支給する」といった規定に基づいて支給されています。具体的な支給率・額について使用者の決定や当事者間の合意がない場合、こうした規定に基づく賞与の請求が可能かが問題になります。しかし、裁判例の多くは、具合的な額の決定がない以上、賞与請求権は具体的に発生しないとしています(以上、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕591頁参照)。

 それでは、就業規則で賞与を支給すると定められていたうえ、求人票に賞与の実績値が明記されていた場合はどうでしょうか。このような場合でも、使用者による具体的な額の決定がなければ、労働者は賞与を請求することはできないのでしょうか?

 この問題を考える上で参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.3.13労働判例ジャーナル101-32 社会福祉法人稲荷学園事件です。

2.社会福祉法人稲荷学園事件

 本件で被告になったのは、保育園(本件保育園)を運営する社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告で保育士として勤務していた方です。退職後に未払賞与等の支払を求めて訴えを提起したのが本件です。

 上述のとおり、通常、賞与は使用者の決定がなければ請求は認められません。しかし、本件では次のような特性がありました。

 先ず、公共職業安定所の求人票に、

「『賞与(実績)』 あり(前年度実績)年2回計4.40月分」

と賞与があることが明記されていたことが挙げられます。

 賃金規程も、

「賞与は、原則毎年7月および12月に支給する。但し、特別の事情のあるときは支給しないことがある。」

という建付けになっていました。但書による留保はありますが、「業績や勤務成績を考慮して・・・」といった文言が入っていないのがポイントです。

 こうした前提事実のもと、原告は、

「本件採用面接の際、現被告代表者から、賞与に関して、前年度には基本給4.4か月分の金員を支払っており、今後も同等の金額の賞与を支払う予定であると告げられ」

たなどと主張し、基本給4.4か月分の賞与支給が雇用契約の内容に組み込まれていると主張しました。

 そうであるにもかかわらず、基本給4.4か月分の賞与がきちんと支払われていないから、基本給4.4か月分の金額と実際に支給された賞与額との差額を未払賞与として支払えというのが原告の主張の骨子です。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の賞与請求を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「原告は、本件採用面接の際、現被告代表者から、賞与に関して、前年度には基本給4.4か月分の金員を支払っており、今後も同等の金額の賞与を支払う予定であるなどと告げられたと主張する。」

「しかし、原告主張に係る現被告代表者がしたという発言は、その内容自体、さらには、原告とのやり取りの前提となっているものとみられる求人票の記載・・・を踏まえても、それは、賞与に関する一般的な説明をしたにすぎず、具体的な一定割合の賞与の支払を確約したものであるとは認め難い。また、就業規則によって労働条件が規律され得ることから、被告の就業規則の一部を構成する賃金規程上の賞与に関する定めについてみることとしても、前記前提事実のとおり『賞与は毎年7月および12月に支給する。』とあるものの、具体的な支給額や支給割合を明示するものではないから・・・、原告の主張を基礎付けるものにはなり得ず、ほかに原告主張事実を認定するに足りる証拠はない。

「そうすると、本争点に関する原告の主張を採用することはできない。」

「以上によれば、本件雇用契約の内容として、被告は原告主張に係る賞与の支払義務を負うものではないから、本訴請求・・・は理由がない。」

3.求人票の記載は鵜呑みにしないよう注意が必要

 確かに、一般論として求人票は申込の誘引として理解されていて、求人票の記載は直ちに労働条件になるわけではありません。 

 ただ、本件には、賃金規程の上で単に「支給する」と査定が介在しないかのような規定ぶりが用いられ、求人票で実績が具体駅に明記され、面接でも具体的な月数についての言及があったという特殊性がありました。

 こうした特殊性を考えると、直観的には別異の結論があってもおかしくないように思われます。しかし、裁判所は賞与請求を認めませんでした。このことは、賞与請求のハードルの高さ、そして、求人票の記載を盲信することの危険性を示しています。

 求人票で高い労働条件を提示する一方、面接時により低い労働条件を示して、なし崩し的に労働者を抱え込もうとする事業者は後を絶ちません。そのような流れで労働者を雇入れても、事業体に対する怨嗟の念が生じるだけで、むしろ組織を不安定にするのではないかと思われますが、それでも、この種の事件は定期的に問題になり続けています。

 求人票の記載には、法的にそれほど強い効力があるわけではないため、書かれている労働条件が本当のことなのかどうかは、注意しておくことが必要です。