弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

長時間労働-体調不良の訴え等がなくても安全配慮義務違反を問えるのか?

1.長時間労働による健康被害

 労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

と規定しています。これは、いわゆる安全配慮義務と呼ばれているものです。

 この安全配慮義務の一環として、使用者には、長時間労働による健康被害から、労働者を保護すべき注意義務を負っています。

 長時間労働が精神障害や脳・心臓疾患の原因になることは、医学的知見として一般に承認されています。

業務上疾病の認定等 |厚生労働省

 そのため、精神障害や脳・心臓疾患の背景に長時間労働がある場合、しばしば労働者側から使用者側に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が行われます。

 損害賠償請求が認められるためには、予見可能性を要素とする「過失」や「因果関係」といった要件が充足されている必要があります。

 それでは、この「過失」や「因果関係」があるといえるためには、どのような事実が必要と理解されているのでしょうか。長時間労働を認識・放置していたことの認識がありさえすれば、疾病の発症を予見できたとされ、責任を問うことができるのでしょうか。それとも、予見可能性が認められるためには、単に長時間労働があるだけでは足りず、労働者の側から体調不良や職務軽減の申出などの注意喚起のための措置がとられている必要があるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福島地判令3.3.30労働判例ジャーナル112-38 いわきオールほか2社事件です。

2.いわきオールほか2社事件

 本件で被告になったのは、いわきオールほか2社です。

 被告いわきオールは、車両系建設機械・荷役運搬機械の検査等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告いわきオールの従業員P6の遺族らです。

 P6は、被告いわきオールの車両整備工場や原発構内の整備工場(本件整備工場)などにおいて車両整備作業等に従事していた方です。平成29年10月26日、P6は体調を急激に悪化させ、病院に搬送された後、死亡しました。

 いわき労働基準監督署はP6の死因となる疾患を致死性不整脈としたうえ、労災認定を行いました。

 その後、原告らは、P6が致死性不整脈で死亡するに至ったのは、被告いわきオールが原告を長時間労働等の加重な業務に従事させたからであるとして、被告いわきオールらに対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 この事件で、裁判所は、P6の時間外労働時間数を、

平成29年9月27日~同年10月26日 100時間10分

平成29年8月28日~同年9月26日   90時間50分

平成29年7月29日~同年8月27日   65時間06分

平成29年6月29日~同年7月28日  107時間41分

平成29年5月30日~同年6月28日  134時間33分

平成29年4月30日~同年5月29日   83時間20分

と認定したうえ、次のとおり判示し、被告いわきオールの安全配慮義務違反を認めました。結論として、被告いわきオールに対する損害賠償請求も認められています。

(裁判所の判断)

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務(安全配慮義務)を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべき注意義務を負っているものと解される(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。また、使用者又は使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者がこれらの注意義務に違反した場合は、使用者の労働契約上の債務不履行を構成するとともに、使用者の不法行為を構成するものというべきである。」

「そして、上記・・・で説示したとおり,、被告いわきオールにおいてP6が従事していた恒常的な長時間労働は、著しい疲労の蓄積を生じさせる程度のものであったことからすると、P6に対し業務上の指揮監督を行う法的権限を有していた被告いわきオールの代表取締役であった被告P1及び取締役であった被告P2は、上記注意義務の一内容として、P6の健康状態及び労働時間その他の勤務状況を的確に把握した上で、P6に過度の負担が生じないようP6の業務の量又はその内容を調整する措置を講ずるべき注意義務を負っていたというべきである。」

「そこで検討すると、上記認定事実・・・によれば、被告いわきオールにおいては、P6を含む従業員の労働時間をタイムカードによって管理していたこと、P6及びP9は、1Fでの作業日報を日々作成していたこと、被告P1らは、これらのタイムカード及び作業日報を確認していたことが認められるところ、これらに加えて、被告P1の供述によれば、被告P1ら(主に被告P2)は、P6を含む従業員が被告いわきオールの整備工場で行った作業に関する作業報告書も確認していた・・・というのであって、被告P1らは、P6が死亡前6か月間における長時間労働に及んでいたという事実はもとより、相当程度の肉体的、心理的負荷を受けていたことを認識し、又は容易に認識することができたというべきである。」

「そうであるにもかかわらず、被告P1らは、P6の業務の量又はその内容を調整する措置を講ずることなく、P6が致死性不整脈により死亡するまでの間、漫然と上記・・・のような過重な業務に従事させ続けたのであるから、上記・・・注意義務に違反したものというべきである。」

「したがって、被告いわきオールには、P6の死亡につき、安全配慮義務違反又は過失が認められる。

(中略)

被告いわきオールは、

〔1〕P6が長時間の時間外労働をしているとか、双葉郡αに所在する被告宇徳の事務所に部品を持ち込む作業を行っていたといった事実を認識しておらず、また、

〔2〕P6から体調不良を訴えられることも、P6やP9から1Fでの作業が過酷であると訴えられることもなかったのであるから、P6が死亡するに至るほどの時間外労働又は過酷な労働に従事していた事実を予見することはできなかった

旨を主張し、被告P1の本人尋問の結果・・・及び陳述書・・・には、これらに沿う部分がある。

「しかしながら、上記・・・について、被告P1らが、タイムカードに打刻されたP6の労働時間及びP6が作成した1Fでの作業日報を確認するなどして、P6が死亡前6か月間における長時間労働に従事していた事実を認識し、又は容易に認識することができたことは、上記・・・のとおりである。」

「また、上記・・・について、上記・・・の義務は、労働者自身から体調不良の訴えや作業内容及び作業時間の軽減の要求があって初めて生ずるものではなく、使用者自身が労働者の作業内容及び作業時間を管理する際に注意すべき義務であるといえる。その上、具体的な兆候がなくとも、過度の疲労や心理的負荷等の蓄積により、突発性の虚血性心疾患を発症する場合があることは、通常予測し得る事柄であるというべきであって、被告P1らがP6の長時間労働が継続している実態を認識していたことは上記のとおりであるから、上記・・・の事実があったものと仮定しても、被告P1らにP6が長時間労働による疲労の蓄積等を原因として致死性不整脈を発症し、死亡したことについて予見可能性がなかったとはいえない。

「したがって、上記・・・の各証拠及び主張によっても、上記・・・の判断を左右することはなく、また他にこれを覆すような事情又は証拠も認められない。」
3.具体的な兆候の認識は不要

 裁判所は会社に損害賠償責任を追及するにあたっては、体調不良の訴えなどの具体的な兆候を認識していることは不要であり、長時間労働が継続しているとの実態を認識していれば足りると判示しました。

 こうした考え方は、使用者に対する責任追及を容易にする理解として、同種事案の処理にあたり参考になります。