弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働局へのあっせん手続の申請にあたり、誤った事実を主張したことは解雇理由を構成するか?

1.労働局へのあっせん手続の申請と不利益取扱いの禁止

 都道府県労働局では「労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争」(個別労働関係紛争)を解決するため、「あっせん」という手続を用意しています。これは「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に根拠のある手続で、

「当事者の間に弁護士等の学識経験者である第三者が入り、双方の主張の要点を確かめ、紛争当事者間の調整を行い、話合いを促進することにより、紛争の円満な解決を図る制度」

として位置付けられています。

3紛争調整委員会によるあっせん | 東京労働局

 「あっせん」は、強制力こそありませんが、簡易・迅速・無料・秘密厳守を特徴とする手続であり、弁護士に依頼しなくても、本人で手続を進めることができます。そのため、比較的小規模な紛争を自力で解決することに適した手続です。

個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん) |厚生労働省

 事業主は、労働者が「あっせん」を申請したことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないとされています(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律4条3項参照)。

 それでは、あっせんの申請をしたこと自体が不利益取扱いの理由にはならないとして、あっせんの申請にあたり、誤った事実を主張したことはどうでしょうか? 事実に反する主張をして会社を貶めたとして、何等かの不利益な処分を受けることになるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している東京地判令3.2.26労働判例ジャーナル112-64 清流出版事件です。

2.清流出版事件

 本件は服務規律違反等を理由とする解雇の可否が問題となった事件です。

 被告になったのは、雑誌、書籍その他印刷物の制作及び販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。

 被告は服務規律違反として複数の事由を主張しましたが、その中の一つに、

「東京労働局長への解決援助の申出(あっせん申請のこと 括弧内筆者)等について」

という項目がありました。この項目の中で、被告は、

「原告は、東京労働局長に対し、平成30年9月頃、Cからパワーハラスメントを受けていること、本件配置転換が降格であること及び本件配置転換後に過少要求を受けていることを理由として助言及び指導を求める申出をし、また、平成31年3月、同様の理由であっせんの申請をした。」

「原告がこれらの申出等の申出書等に記載した事実は、原告の一方的な認識に基づくものである上、明らかな誤認を含み、一部については被告が説明済みであった。このような原告の行為は、被告の社会的評価を不当に低下させるものであり、就業規則31条4号(服務心得〔品位の保持等〕)に違反する。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。結論としても、本件解雇は無効であるとしています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が東京労働局長への解決援助の申出等の際にその申出書に被告の社会的評価を不当に低下させるような誤った事実等を記載したことが解雇理由に当たると主張する。」

「しかしながら、労働局長に対する解決援助の申出やあっせん申請は、公的な機関により運用される手続であって、その中で原告が提出した申出書に誤った事実等が記載されていたとしても、そのことで直ちに被告の社会的評価を低下させるものとはいい難い。

そうすると、被告が主張する上記の点が本件主位的解雇の解雇理由に当たるとはいえない。

3.少なくとも社会的評価の低下という観点からは問題にならない

 裁判所は、労働局に提出した申出書等に誤った事実等が記載されていたとしても、そのことを理由に企業の社会的評価を毀損したとして労働者を解雇することは許されないと判示しました。

 不利益取扱いの禁止が定められている場面は、多岐に渡ります。

 例えば、男女雇用機会均等法11条2項は、セクハラに関する相談を事業主に行ったことを理由として「解雇その他不利益な取扱い」をすることを禁止しています。また、労働施策総合推進法32条の2第2項は、パワハラに関する相談を事業主に行ったことを理由として「解雇その他不利益な取扱い」をすることを禁止しています。

 しかし、こうした規定があるにもかかわらず、私が法律相談等で見聞きする範囲でも、虚偽の相談を持ち込んだなどとして、使用者が労働者に解雇や懲戒などの不利益処分を実施している例が散見されます。

 本裁判例は、こうした制度利用を躊躇させるような運用に対する牽制としても、参考になる判示を残しているように思われます。