弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人事評価に基づく賃金減額を伴う降格の有効性

1.人事評価(人事考課)

 人事考課とは、

「企業内における労働者の職務の遂行度、業績、能力等の評価」

であるとされています(山川隆一ほか編著『労働関係訴訟Ⅰ」〔青林書院、初版、平30〕142頁参照)。

 人事考課は、昇進、昇格・昇給、降格のほか、ボーナス等の金額の決定に重要な役割を果たしています。人事考課の場面で使用者に認められる裁量は、昇進等労働者の利益になるものと、降格等労働者に不利益を与えるものとで差があり、前者では広く、後者では狭くなると理解されています(前掲文献同頁参照)。

2.職能資格制度のもとでの降級

 職能資格制度とは、

「職務内容、権限の観点からの役職(職位)と、職務遂行能力の観点からの職能資格との2つの観点から労働者を評価する制度」

をいいます(前掲文献135頁)。

 この仕組みのもとでは、先ず労働者の職務遂行能力によって職能資格が格付され、一定の職務資格を有する労働者の中から当該職能資格に対応する役職につく者が選ばれます。技能習得や職歴の貢献の累積は消えることがないため、職能資格の引き下げは本来予定されていません。そのため、降級(職能資格を引き下げる降格)が可能なのは、制度上、その権限が就業規則等により明示的に規定されている場合に限られますし、裁量の逸脱・濫用が認められるか否かを判断するにあたっての高級理由の合理性も、厳格に判断するべきであると理解されています(前掲文献140-141頁)。

3.学校法人追手門学院(降格等)事件

 上述のとおり、職能資格の引き下げにあたって使用者に認められる裁量は、それほど広くはないというのが一般的な理解であったと思います。

 しかし、近時公刊された判例集に、人事評価に基づく賃金減額を伴う降格の許否を判断するにあたり、使用者に広範な裁量を認めているかのような規範を定立した裁判例が掲載されていました。

 大阪地裁令元.6.12労働判例1215-46 学校法人追手門学院(降格等)事件です。

 本件で被告となったのは、追手門学院大学等を設置する学校法人です。

 原告になったのは、追手門学院大学の事務職員の方です。

 平成27年度と平成28年度と二回連続で人事評価が芳しくなかったつぃて、職能等級を4等級から3等級へと下げられ、これに伴い本俸月額が44万3300円から38万1800円へと減額されました(本件降格)。

 本件降格の有効性が争われたのが本件です。

 裁判所は次のような規範を定立したうえ、人事権の濫用は認められないとし、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の定立した規範)

「契約上の根拠に基づく降格は、被告の人事評価権に基づくものである限り、原則として使用者である被告の裁量に委ねられるものの、著しく不合理な評価によって、原告に大きな不利益を与える場合には、人事権を濫用としたものとして無効になると解するのが相当である。」

4.かなり広範な裁量を許容したように読めるが・・・

 伝統的な理解に従えば、職能資格の引き下げの場面で使用者に認められる裁量はそれほど広くないはずですが、学校法人追手門学院(降格等)事件では、

著しく不合理な評価」

大きな不利益」

といったように、使用者に広範な裁量を認める文言が用いられています。

 ただ、そうはいうものの、裁判所は、人事権の濫用が認められるか否かを、具体的事実に照らし、かなり丁寧に認定しているようにも思われます。

 降格に関しては、議論が錯綜していて、依拠すべき規範が分かりにくい様相が呈されています。本件のような裁判例の存在は、具体的な事案における結論の予想を、更に困難にするものと思われます。