弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントの認定と具体的状況の立証

1.ハラスメントの認定と具体的状況

 暴言や権利行使を断念させるといった明らかに不適切な行為がなされているにもかかわらず、裁判所が不法行為への該当性(慰謝料の発生)を認めないことがあります。

 そのような時、不法行為を認定できない理由として、しばしば、具体的な状況が明らかではないからだといった説示がなされます。どのような状況であろうが、言ってはならないこと、してはならないことはあるのではないかと思われますが、不法行為への該当性を立証するには、経緯や具体的状況の立証ができるかが鍵になります。

 近時の公刊物にも、そのことが端的に伺われる裁判例が掲載されています。

 東京地裁令元.9.4労働経済判例速報2403-20 エアースタジオ事件です。

 これは、同一人物であったとしても、従事している業務の内容によって労働者であったりなかったりすること(稽古・出演の時は労働者でなくても裏方業務をしている時は労働者に該当すること)を判示した裁判例として以前紹介した事件と同じ事件です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/02/20/010316

 以前引用した判例集(労働判例ジャーナル)とは別の判例集(労働経済判例速報)に掲載されていたことから、別の切り口から改めてご紹介させて頂きます。

2.東京地裁令元.9.4労働経済判例速報2403-20 エアースタジオ事件

 この事件は劇団員として活動していた原告が、労働者性を主張して残業代を請求するとともに、ハラスメントを受けたとして損害賠償を請求した事件です。

 ハラスメントとの関係で問題になったのは、労働基準監督署への相談の取消を促されたことです。

 ハラスメントに関して原告がした主張は次のとおりです。

(原告の主張)

「本件劇団における原告の労働時間は、異常なほど長時間であり、わずかな睡眠時間しか確保できなかったため、原告の心身は傷ついていった。自助努力により空き時間を作っても、別の仕事を入れられて休めなくされたり、原告が体力、精神力ともに限界に近づいたとき、本件劇団の上司につらい状況を申告した際、『お前はなんも偉くねえんだよ、勘違いするな』と暴言を吐かれるなどした。」
「原告は、平成25年7月28日、睡眠時間が全く確保できず、二日間ほぼ徹夜で仕事をした翌日に遅刻をしてしまったところ、P3は、原告の言い分を聞くことなく、他の出演者の前で、平手で原告の顔面を殴打する暴行を加えた。」
「原告が被告を退職した後、労働基準監督署(以下『労基署』という。)に未払賃金について相談し、労基署の助言を受けて、原告が、平成28年10月26日、被告に対し、未払賃金を請求する旨の通知をしたところ、被告従業員のP5は、原告に執拗に電話をしたり、原告の自宅を訪れたりした。P5は、同年12月には、原告の新しい勤務先に電話を架け、勤務先で原告を待ち伏せるなどした上、出勤してきた原告を見つけ、『あの請求は仕返しのつもりか。』、『お前がその気ならば、二人(原告と原告の交際相手)にとことん仕返しをする。』、『今すぐ労基署に電話して相談を取り下げろ』などと脅迫した。原告は、恐怖のあまり、近くのファミリーレストランへ行き、P5を前に労基署に電話を架け、相談を取り下げる旨を担当者に伝えた。原告は、同月26日、再び労基署に電話をし、取り下げた経緯について担当者に説明し、再度相談として取り扱ってほしい旨伝えた。」

 これに対する被告の反論は、次のとおりです。
(被告の主張)
「被告が、原告に対し、パワーハラスメントを行ったことはない。」
労基署への相談の取下げは、P5が原告との間で友好的に話合いをし、原告が応じて真意で取り下げたものである。P5は、原告と話をしたために原告が会社に遅刻してしまったため、原告とともに会社へ行き謝罪した。」

 暴行の点はともかく、労働基準監督署への相談を取り下げた経緯に被告側の従業員が関与していたことは、被告も認めています。

 これは明らかに不適切な行為であるとは思いますが、裁判所は次のとおり述べて不法行為への該当性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件劇団における業務が長時間にわたっていたこと、平成25年7月28日にP3から暴行を受けたこと、平成28年12月にP5から労基署への相談を取り下げさせられたことが不法行為に該当する旨主張する。」
「しかし、前記認定のとおり、一公演当たり稽古期間が10日間、本番期間が6日間であったことからすると、本件劇団における活動時間が長時間にわたっていたのは、原告自身が任意に出演者として参加するために必要な稽古等に相当な時間が割かれていたことが理由の一つであることがうかがわれるから、出演を含む本件劇団の活動に多くの時間を割いていたとしても、不法行為が成立するとは認められない。また、P3の暴行については、これを認めるに足りる的確な証拠がなく、労基署への相談の取下げの促しについては、相談の取下げを促すこと自体は適切とはいいがたいものの、その際の具体的状況を認めるに足りる的確な証拠はなく、不法行為法上の違法な態様で行われたとまでは認められない。
「したがって、原告の、パワーハラスメント等を理由とする不法行為及び使用者責任に基づく損害賠償請求には理由がない。」

3.録音等の重要性

 労働基準監督署への相談の取り下げに使用者が関与することは、明らかに適切でない行為だと思います。

 しかし、そのような行為でさえ、具体的な状況を詳細に認定することができないと、不法行為への該当性を否定されてしまします。

 本件で注目されるのは、原告がある程度具体的なストーリーを語れていることです。

 脅された経緯やファミリーレストランに行って労働基準監督署に電話をかけて取り下げたことなど、経緯・状況を主張できていないわけではありません。

 しかし、被告側の

「原告との間で友好的に話合いをし、原告が応じて真意で取り下げた」

との反論だけで、結局、具体的状況は曖昧なものとして取り扱われ、不適切な行為であることまでは認められたものの、不法行為への該当性は否定されてしまいました。

 東京高判令元.11.28労働判例1215-5 ジャパンビジネスラボ事件の判決以来、職場での録音が許容されないかのような極端な言説も散見されますが、同事件はかなり特殊な事実関係を前提とした判断であるうえ、就業環境が問題となる事件での録音の可否まで判断したものではありません。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/01/21/004408

 ハラスメントを問題にするにあたっては、具体的状況がきちんと分かるよう、録音などの客観的な証拠を押さえておくことが極めて重要です。

4.労働審判とで結果が大きく変わった事件

 本件では労働審判が訴訟に先行しています。

 労働審判では、被告が原告に対し200万円を支払うことが命じられていました。

 これが原告側の異議によって本訴移行したのが本件です。

 労働者性に関する原告の主張が一部認められたものの、裁判所が言い渡した判決は、

「被告は、原告に対し、51万6502円及びこれに対する平成28年6月11日から支払い済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え」

というものでした。

 一般論として、労働審判で開示された心証と、本訴移行後の裁判での結論が変わることは、それほど多くあるわけではありませんが、本件は、

結論が大幅に変わることも、決してないわけではないこと、

異議申立にあたっては、それが藪蛇になる可能性も、きちんと検討しておく必要があること、

を示す事案としても注目されます。