弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

紀要論文にウィキペディアを流用するリスク

1.論文不正に対する研究・教育制限措置

 論文不正に対して教授会がとった研究・教育制限措置等の適法性が問題になった事案の高裁判決が公刊物に掲載されました。東京高判平30.4.25労働判例1196-56 学校法人明治大学(准教授・制限措置等)事件です。

 この事案では、大学の准教授が紀要で発表した論文の内容の一部が、ウィキペディアの記載に酷似していることが問題になりました。

 該当の准教授がウィキペディアの記載を使用したことを否定できないなどと回答したことから、教授会は、

① 学部における組織的な研究活動への参加の制限、

② 学部教員としての対外的活動の制限、

③ 学部教授会での議決権の停止、

④ 2012年度の授業担当の停止

の措置などを決めました。

 本件では、こうした教授会の措置が厳しすぎるのではないかが争われました。

2.紀要論文は誰も読まない?

 紀要論文は、辞書的には、

「大学や研究所などで出す、研究論文や調査報告書などを載せた定期刊行物」

などと定義されています。

https://kotobank.jp/word/%E7%B4%80%E8%A6%81-477644

 ただ、法学の分野に関していうと、少なくとも実務家が普段の業務の中で参照・引用する類の文献ではないと思います。10年以上に渡り相当数の訴訟事件を経験してきましたが、裁判所に提出する書面を作成するにあたり紀要論文を引用したことは一度もありませんし、紀要論文の引用された書面を事件の相手方から受け取ったことも一度もありません。

 分野違いであるうえ、平成13年3月発行の多少古い論考になりますが、独立行政法人国立青少年養育振興機構のHPに掲載されえいる誌上シンポジウムでも、

「教育界では次のようなことがささやかれている。『研究紀要を読む人はたったの二人である。研究主任と書いた本人だけである』共同で研究を進めた同人にさえ読まれない研究紀要とはどんなものであろうか。」

との言及がなされています。

https://www.niye.go.jp/kenkyu_houkoku/contents/detail/i/1/

https://www.niye.go.jp/kanri/upload/editor/1/File/kiyo101.pdf

 誰も読まないは言い過ぎだとは思いますが、読む人が相当限定されているのは、おそらくどの分野も似たり寄ったりではないかと思います。

3.ウィキペディアの引用くらい大きな問題ではない?

 学校法人明治大学(准教授・制限措置等)事件でも、処分を受けた准教授側から紀要なのだからウィキペディアの記載を流用したところで大した問題ではないという主張がなされました。

 学者がそこまで思い切ったことを言うかとも思われますが、判決文に、

「控訴人(問題の准教授 括弧内筆者)は、①本件論文は、本件紀要に掲載されているものの、学術上の論文ではなく、『自由な書き物としてのエッセイ』のようなものであり、ウィキペディアの記載を流用しても大きな問題ではない・・・から、控訴人が学生にとって有害とはいえず、本件措置1は不当である・・・などと主張する」

と准教授の主張が要約されているため、本当にそこまで言ったのだと思います。

 しかし、裁判所は、

たとえ本件論文が学術論文の名に値しないものであったとしても、控訴人が本件論文を論文として発表する目的で、本件学部の教授らの論文と併せて論文集(紀要)に掲載させった以上、それは学術研究の成果物として、明大の内外に示されたものといわなければならないのであり、控訴人がこれにウィキペディアの記載を流用したことは、被控訴人の研究機関としての大学の名誉や信用を甚だしく害したものというべきであるし、このような人物を学生の指導に当たらせることは、学生にとって有害であり、学生の大学に対する不信を招来しかねず、被控訴人の不名誉が一層深刻なものになると懸念される。」

と准教授の主張を排斥し、大学側の措置に合理性があること(大学側の措置が適法であること)を認めました。

4.論文の不正行為に裁判所は厳しい

 論文の不正行為に対して、裁判所は厳格な姿勢をとっています。

 本件は、紀要論文のようなものであったとしても、また、他の研究者の論文の盗用といった大それたことをしたわけではないとしても、あまりいい加減なことをすると、重い処分を受けかねないことを示す事例だと思われます。