弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

経営者(取締役)が長時間労働を放置することの危険性

1.長時間労働を放置して会社と一緒に経営者(代表取締役)が訴えられた

 長時間労働が原因で脳梗塞を発症し、後遺障害(高次脳機能障害、右上肢及び右下肢の麻痺)が残ったとして、従業員が会社を訴えた事案が公刊物に掲載されていました(福岡地判平30.11.30労働判例1196-5 フルカワほか事件)。

 この事案では、会社だけではなく、安全配慮義務を順守する体制を整備すべき義務を怠ったとして、当該会社の代表取締役も一緒に訴えられました。

 裁判所は原告の訴えを認め、会社及び代表取締役に対し、連帯して9000万円以上の損害賠償を支払うように命じました。

2.脳梗塞と仕事との因果関係が認められたポイント(長時間労働)

 裁判所が脳梗塞等と仕事との因果関係を認めたポイントは、時間外労働の多さにあります。

 脳梗塞の発症前6か月間における原告の時間外労働時間数は、

発症前1か月目 150時間15分

発症前2か月目 175時間30分

発症前3か月目 188時間15分

発症前4か月目 171時間00分

発症前5か月目 179時間15分

発症前6か月目 184時間45分

とされています。

 厚生労働省労働省の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準(基発第1063号 平成13年12月12日 改正基発0507第3号 平成22年5月7日)によると、脳梗塞の発症との関係では、

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月
間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認め
られる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」

とされています。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 労働者に対して長期間に渡り強い負荷がかけられていたことが分かります。

3.取締役も個人責任を負う

 裁判所は、

「労使関係は企業経営について不可欠なものであり、株式会社の従業員に対する安全配慮義務は、労働基準法、労働安全衛生法及び労働契約法の各法令からも導かれるものであることからすると、株式会社の取締役は、会社に対する善管注意義務として、会社が安全配慮義務を遵守する体制を整備すべき義務を負うものと解するのが相当である。」

「被告乙山(代表取締役 括弧内筆者)は原告の勤務状況について、認識していたか、少なくとも極めて容易に認識し得たものというべきである。しかるに・・・被告乙山は、少なくとも原告の本件疾病発症前6か月間、被告会社の取締役として、従業員の過重労働等を防止するための適切な労務管理ができる体制を何ら整備していなかったといえる。」

と判示し、代表取締役の従業員に対する個人責任を認めました。

 本件では後遺障害が重篤であったこともあり、会社と連帯しているとはいえ、最終的に賠償を命じられた額は9000万円以上になりました。

4.長時間労働の放置に伴うリスクは残業代請求だけではない

 長時間労働は精神疾患や脳・血管疾患などの原因にもなり得ます。

 労災では全ての損害が填補されるわけではありません。労災で一定の限度で損害の填補が図られる事案であったとしても、填補されていない部分の損害に関しては別途民事訴訟で請求される可能性があります。

 長時間労働を放置することに伴うリスクは、残業代との関係だけではありません。残業代の問題をきちんとしていたとしても、脳・血管疾患などで従業員が倒れてしまった場合、莫大な損害賠償の負担を負いかねません。

 しかも、被害が重篤である場合、個人責任まで追及される危険があります。

 労務管理はリーガル・リスクをコントロールするうえで極めて重要です。経営者の方にとっては、気軽に相談できる弁護士を確保して、普段から適切な労務管理を心がけておくことが大切です。