弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人間関係に起因する負担を軽視した会社の責任

1.パワハラ自殺事件

 他の従業員からパワーハラスメントを受けて自殺したとして、その遺族が会社を訴えた事件があります(徳島地判平30.7.9労判1194-49 ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件)。

 この事件で原告になったのは、自殺した従業員さんの母親です。

 裁判所は被告の安全配慮義務を認め、原告に対し約6142万円の支払いを命じました。

2.不法行為が成立しないレベルのハラスメントでも会社の責任は成立する

 この事案の特徴の一つに、ハラスメントをしたとされている人の不法行為責任が否定されていることがあります。

 パワハラ訴訟で違法性を論証することが困難であったり、慰謝料が伸びにくかったりするのは、業務上の指導と単なるいびりとの境目がそれほど明確に線引きできない点にあります。

 本件でも裁判所は、

「確かに、G及びHは、日常的に一郎に対し強い口調の叱責を繰り返し、その際、一郎のことを『こうっ』と呼び捨てにするなどもしており…部下に対する指導としての相当性に疑問があると言わざるを得ない。」

としながらも、

「一郎に対する叱責が日常的に継続したのは、一郎が頻繁に書類作成上のミスを発生させたことによる」こと、

「一郎に対する具体的な発言内容は一郎の人格非難に及ぶものとまではいえないこと」

などを指摘したうえ、

「GやHの一郎に対する一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認められない。」

と判示し、結論として不法行為責任の成立を否定しています。

 しかし、裁判所は会社の一郎に対する安全配慮義務違反は認めました。

「少なくとも、Fにおいては、一郎の体調不良や自殺願望の原因がGやHとの人間関係に起因するものであることを容易に想定できたものといえるから、一郎の上司であるDやFとしては、上記のような一郎の執務状態を改善し、一郎の心身に過度の負担が生じないように、同人の異動をも含めその対応を検討すべきであったといえるところ、Fは一時期、一郎の担当業務を軽減したのみで、…その他には何らの対応もしなかった」

というのがその理由です。

 不法行為が成立するようなレベルのハラスメントが認められない場合でも、人間関係に起因して過度の負担を生じさせるような状態を放置することは許されないという意味だと思われます。

3.外部通報や内部通報がなくても責任は生じ得る

 本件の被告は大企業であり、「社内外にはハラスメントに関する相談窓口や内部通報窓口が設置されて」いました。そして、「事業所内にその連絡先等が刑事され、社員が相談・報告できることになって」いました。

 しかし、自殺した従業員の方から外部通報がされたり、内部告発がなされたりしたことはありませんでした。

 それでも、裁判所は、

「人間関係等に関して、何等かのトラブルを抱えていることは、被告においても容易にわかりうるから」

との理由で外部通報や内部通報がなされていないからといって責任は否定されないと判示しました。

4.自殺願望を安易に否定するのは危険

 違法な行為があったとしても、それが人の自殺を招くようなものだとは予見できない場合、自殺との因果関係は否定されてしまいます。

 本件事案も、ハラスメントがそれ自体不法行為を構成するレベルのものでなかったことからすれば、因果関係が否定されてもおかしくはありませんでした。

 しかし、裁判所は安全配慮義務と自殺との因果関係を認めました。

「一郎の上司であるFは一郎に自殺願望があることを知らされていた」

というのがその理由です。

 一郎から死にたいと言われた同僚Iは、Fら上司に対し、

「甲野さんが死にたいと言っているんですけど。」

と知らせました。

 しかし、Fは真剣に受け止めず、

「ほんまに死ねるわけがない」

という趣旨の発言をし、Iの訴えを聞き流していました。

 このやりとりが、会社が自殺を予見できたことの根拠とされています。

 死にたいという人は死なないというのは俗説で、死にたいというのは「もう一度、生の側に引き戻して貰いたいと感じながら、ある特定の人を選んで、救いを求める絶望的な叫びを発している」とも捉えられる言葉です。

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/chusou/jouhou/jisatsu/taiou.html

 自殺したいという言葉を聞いた時に、聞き流すのは危険なことです。

5.自殺に至る前に

 この事件では従業員の方が亡くなるという結果になってしまいました。

 しかし、生前に弁護士のもとに相談に来てくれていたら、違った結果になっていたかも知れません。

 安全配慮義務を根拠に異動・配転を求めて勤務先と交渉するだとか、退職の意思表示を取り次ぐだとか、できることはあったのではないかと思います。

 パワハラによる心身の負荷は澱のように積み重なって行きます。

 深刻な事態になる前に法専門家や医療機関の力を借りることが必要です。