1.就業時間中の私的なパソコンの使用
仕事をしている最中、私的にインターネットを使ったことのある方は、少なくないように思います。
常識的な範囲内の時間である限り黙認されていることが多いのですが、実務上、懲戒や解雇などの不利益処分がなされる段になって、掘り返される例が多くみられます。
こうした事件では、大抵の場合、業務用端末のデータが解析され、一定の記録に基づいて、
「これだけの時間、私的にインターネット上のサイトを閲覧、視聴していた」
という主張が提示されます。
しかし、YouTubeで音楽を再生しながら仕事をしていたような場合を想像すれば分かるとおり、仕事と関係ないサイトを開いていた時間は、働いていなかった時間と同量ではありません。
それでは、こうした「盛った」ネット視聴に関する主張が出てきた場合、どのように反論を展開して行けば良いのでしょうか?
昨日ご紹介した、東京地判令6.3.21労働判例ジャーナル152-42 明和住販流通センター事件は、この問題を考える上でも参考になります。
2.明和住販流通センター事件
本件で被告になったのは、不動産の売買、賃貸、仲介及び管理等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告と労働契約を締結し、正社員として働いていた方です。令和4年9月21日に降格処分(本件降給降格処分)を受けた後、令和4年9月27日に普通解雇されました(本件解雇)。これに対し、本件降給降格処分、本件解雇が違法無効であることを主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件でも類例に漏れず多数に渡る解雇理由が主張されたのですが、その中の一つに例のパソコンの私的利用(インターネット視聴)がありました。
具体的な被告の主張は、次のとおりです。
(被告の主張)
「原告は、令和4年6月から8月までの間に、毎月300時間から600時間程度業務に関係なく私的にパソコンを使用していた。原告の各月の労働時間数が約125時間であることからすれば、その何倍もの時間を私的なインターネットの閲覧等に費やしていた。」
原告が、
「業務時間中に業務に関係のないサイトを閲覧したことがあったが、作業の区切りがついたときや頭が疲れたときに短時間見ていたにすぎない。」
とこれを争ったところ、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「被告は、原告が令和4年6月から8月までの間に、毎月300時間から600時間程度業務に関係なく私的にパソコンを使用していた旨主張し、証拠(乙5の1・2、乙18の1ないし3、乙19の1ないし4、乙20の1ないし4)によって裏付けられる旨主張する。」
「しかしながら、上記主張は、原告が所定労働時間の数倍に及ぶ時間についてパソコンを私的に閲覧していたというものであり、現実的にあり得ない荒唐無稽な主張である。また、上記証拠については、その時間数からしても、パソコンで画面を表示した時間数が表示され、同時に表示している場合は重複した時間数が計上されているものと推認できる上、被告が主張するものが真に業務に関係ない画面であるか否かも判然としない。したがって、上記証拠を被告が主張する上記事実を認定するための証拠として採用することはできず、他に被告主張の上記事実を認めるに足りる証拠はない。」
「また、仮に、原告が業務に関係ないことをしていたのであれば、被告としては、注意指導をしてこれを改善させるべきであるところ、こうした事実を認めるに足りる証拠はないし、原告の担当業務が著しく滞っていたといった事実を認めるに足りる証拠もない。」
「以上によれば、被告の上記主張は理由がない。」
3.盛られた主張は怖くない
労働者側を代理して訴訟等を追行していると、使用者側から「盛った」主張が出されることがあります。
しかし、水膨れした主張は、有効打にならないことが多いように思います。本件でも、被告側の主張は、
「現実的にあり得ない荒唐無稽な主張」
とまで酷評されています。
こうした盛られた主張は、
それほど長時間パソコンを私的使用していたのであれば、注意指導がされていないのはおかしいのではないか?
業務が滞っていたことを示す証拠がないのはおかしいのではないか?
と次々に矛盾点が露呈することになります。
インターネットの私的視聴を不利益処分の正当性を補強する材料として使おうと思っても、従前気にしていなかった場合、
仕事をしていなかった時間という意味での正確な視聴時間帯、視聴時間数を特定することが難しいほか、
指導、注意した履歴を出すこともできなければ、
業務に滞留や支障が生じていたことの立証もできない
のが普通だと思います。
せいぜいできるのは、サイトを開いていた時間帯、時間数を特定する程度のことであり、この程度であれば、
非現実的である、
注意、指導されている証拠がない、
業務に滞留や支障が生じていたことの証拠もない、
といった反論をすることで跳ね返せるのではないかと思います。
本件は極端な例ではありますが、私的なインターネット視聴に関する主張が提示された時の反論の視点が示されており、実務上参考になります。