1.使用者側の「勝手に働いていただけだ」という反論
残業代を請求するにあたっては、労働者側で実作業時間の立証に成功しても、使用者側から「勝手に働いていただけだ」と反論されることがあります。こうした反論は、しばしば許可残業制を採用している会社から行われますが、その意図するところは、
「働いていたとしても、指揮命令していたわけではないのだから、その作業時間は労働時間としてはカウントされない」
というところにあります。
しかし、労働者が残業していることを認識しながら放置していた場合に、こうした理屈が通ることは殆どありません。それは、使用者が地方自治体であった場合でも変わりません。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、さいたま地判令7.5.16労働経済判例速報2589-40、労働判例ジャーナル162-14 幸手市事件です。
2.幸手市事件
本件はいわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、普通地方公共団体である幸手市です。
原告になったのは、幸手市の職員の方です。
本件には幾つかの争点がありますが、その中の一つに、実労働時間をどのように理解するのかという問題がありました。原告側はPCの起動/シャットダウン時刻や、休日登庁簿に依拠して時間外勤務の事実の立証を試みたのに対し、被告側は時間外勤務は「時間外勤務命令簿」に記載されているとおりであり、未払の残業代はないという立場をとりました。
「時間外勤務については、勤務命令簿で管理されており、事前に直属の課長の勤務命令が必要であり、勤務命令ないし承認のない残業は認められない」(被告の主張)
というのです。
しかし、裁判所は、PCの起動/シャットダウン時刻や休日勤務登庁簿に基づいた労働時間の認定を行ったうえ、次のとおり述べて、原告の労務提供は黙示的な時間外勤務命令に基づいていたと判示しました。
(裁判所の判断)
・原告の時間外勤務に関する被告の認識等について
「原告は、令和元年6月頃にも担当業務の処理に困難を来してD社会福祉課長に相談し、F主席主幹に原告の担当業務の一部を引き取ってもらったことがあったが、業務負担軽減効果は一時的なものにとどまったこと、D社会福祉課長は、原告の記入のある休日登庁簿・・・に承認印を押印することなどを通じ、原告の休日登庁の状況を把握していたと考えられ、また、令和2年3月の期末面談の際も時間外勤務命令簿によって命じられた時間外勤務の多さを原告に指摘していることからすれば、被告は、この頃までには原告が業務を遂行する上で他の職員と比較して多くの時間外勤務を要する傾向があることを認識していたものと認められる。」
「そして、原告の請求期間である令和2年度も、E社会福祉課長は、申し送り等により原告の上記勤務傾向を把握していたと考えられ、時間外勤務命令簿によって命じた原告の時間外勤務の長さや休日登庁簿の確認を通じて原告の週休日等における登庁状況を認識していたことはもちろん・・・、日常的な原告の勤務状況を事実上認識していたと考えられる。これにもかかわらず、被告は、原告について、業務軽減対策をとるなどの対応をしていないのであって、時間外勤務命令簿によって命じられた以外の時間外勤務についても、これを認識して容認しており、原告に対しては黙示の時間外勤務命令があったものと認めるのが相当である。」
「以上によれば、原告は、命令権者の指揮命令下において、時間外勤務を行ったものと認められるから、時間外勤務手当が発生することとなる。」
3.残業を認識して労務を受領しつつ、何の業務軽減対策もしなければ指揮命令だろう
以上のとおり、裁判所は、残業傾向や残業状況を認識しながら何の業務軽減対策も取られていないことを指摘し、黙示の時間外勤務命令を認定しました。
免職処分のような行政処分は別として、残業代請求の場合、民間企業で通らない理屈は、地方自治体であったとしても通らないのだと思います。
裁判所の判断は、黙示の時間外勤務命令の認定に係る一例として、実務上参考になります。