1.授業中の発言が問題視される例
個人的な体感によるものですが、近時、授業中の発言や学生アンケートの内容を理由として、有期労働契約で働いている大学講師の方が雇止めになる例が増えているように思います。
特に、セクシュアルハラスメント関係で顕著であり、「そんなことを言う必要はない」という理屈で、比較的簡単に雇止めが正当化される傾向にあります。
昨日ご紹介した、東京高判令5.10.23労働判例1327-36 国立大学法人電気通信大学事件(原審:東京地判令5.4.14労働判例1327-48)もそうした事案の一つです。
2.国立大学法人電気通信大学事件
本件で被告(被控訴人)となったのは、電気通信大学を開学している国立大学法人です。
原告(控訴人)になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、非常勤講師として働いていた方です。授業中の発言が不適切であるなどと問題視されて雇止めになったことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。原審(東京地判令5.4.14労働判例1327-48)が請求を棄却したことから、原告側が控訴したのが本件です。
本件で問題視された原告の発言は、次のとおりでした。
「1 都立高校のトイレ高校生が性行為をした事案や、仙台の高校生がラブホテルに行って出るときに見つかって退学になった事例を取り上げて、『18歳でそういうこと(性行為)やると気持ちいいですね。』と話したこと」
「2 『性格悪いから彼女いないんでしょ。』、『マリリン・モンローさんも知らない、だから君は彼女いないんだ。』と話したこと」
「3 『街の中歩いているきれいな女性に道聞かれるとね、目的地まで案内したいんだけど、そうじゃない女性に聞かれるとまっすぐ行けばあるんじゃないですか、と言いたくなるんじゃない、普通、男だったら。』、『かわいい子に道聞かれると目的地まで案内したくなる、そうじゃない女性だと、まっすぐ行けばあるんじゃないですか、だいたい男はそう思ってるんじゃない?』と話したこと」
「4 『女子力、ただの女子じゃだめよ、美人じゃないと、美人力って言葉がある。』、『どちらかというと美人じゃないと損するんだよということ。』と話したこと」
原審裁判所は、次のとおり述べて、こうした発言を理由とする雇止めを認めました。なお、改め文で細かな修正は受けているものの、原審の判断は基本的に高裁でも維持されています。
(原審裁判所の判断)
「前記認定事実によれば、原告が、平成28年度後学期の生徒指導論の授業中、本件各発言をしたことが認められる。発言1は、性的に不適切な発言であり、発言2は、学生のプライバシーにかかわる発言で、交際相手がいるか否かを気にすることも多い学生に対し、交際女性のいないことを揶揄するような発言であり、発言3は、女性を外見で評価する趣旨の発言である。発言4について、被告は女性の内面を含めた表現として『美人力』という言葉を用いたと述べるものの、少なくとも『どちらかというと美人じゃないと損するんだよ。』との発言は、女性を外見で評価すると受け止めることできる発言である(後記・・・のとおり、原告の説明においても、性格が美人であるという趣旨でない発言が含まれている。)。本件各発言は、その内容からすれば、生徒指導論において発言する必要性がなく、不適切である。」
「これに対し、原告は、①発言1は、18歳の男子高校生の性欲が高いという科学的な事実を前提とした上で高校生相手に文部科学省の学習指導料が育むべき力として定めている思考力等を身に付けさせる方法を検討することを求められているという趣旨であり、生徒指導論の授業の範囲を超えていない、②発言2は、性格が悪いと小さい子に手を付けるという意味で話したもので、人として性格が非常に大事であることを伝えるための発言である、学生と双方向でコミュニケーションをとる一環として行ったものである、③発言4は、性格が美人である、すなわち、コミュニケーション力が高いという意味で用いたもので、生徒指導論の授業で必要であったと主張し、授業の内容を一部再現したとする証拠・・・を提出する。」
「しかし、発言1及び2は、その文言及び内容からして原告が主張するような趣旨であるとは考え難い。原告は、発言4について、平成29年6月21日の事情聴取時に、
(ア)『会社とかで美人の場合は仕事の量が増える、男の人たちは「君たちもそうでしょ、何かちょっと仕事頼むときはかわいい子に頼みたくなるんだよね、分かりやすく説明すれば、今仕事してないから。町の中歩いているときにちょっと女の子が来てね、かわいい子が来て、道聞かれるとすぐ教えたくなるでしょ。ちょっと入口まで案内しますよ。」と言いたくなりますが、そうじゃない人だったら知らないです、まっすぐ行けばあるんじゃないですか、って言うんじゃない?こういう説明でその話をしました。』・・・、
(イ)『女子力、ただの女子じゃだめよ、美人じゃないと、美人力って言葉がある。』と述べ、学生にインターネットで検索させた、『先生方もご存じだと思うんですけど、美人力。どちらかというと美人じゃないと損するんだよ。』・・・
と説明しており、少なくとも上記(ア)の説明は、上記③の趣旨ではないことが明らかであるし、上記(イ)のうち『どちらかというと美人じゃないと損するんだよ。』という発言は女性を外見で評価すると受け止めることできる発言である。また、原告が授業の内容を一部再現したとされる証拠・・・は、発言1、2及び4について、表現(文言)等が平成29年6月時の事情聴取時の表現(文言)等と相当程度異なっており、採用できない。」
「なお、原告は、発言3について、授業中の休憩としての意味合いもあったかもしれない旨を供述するが・・・、仮にそのような趣旨であったとして、発言3に必要性や相当性はない。」
「そうすると、原告の上記主張は採用できない。」
「そして、本件各記述を含む本件アンケートの内容からすれば、原告の生徒指導論の不適切な発言で不快感を抱いた学生が複数存在しており・・・、本件アンケートの回答者58名に対する割合が低いということはできない。本件各記述における学生の意見が本件各発言に対して直接述べたものであるかは直ちに明らかではないものの、本件各発言の内容に加え、本件各発言の内容と本件各記述に係る学生の意見が整合していることからすれば、本件各発言が学生に与えた影響は相応のものであったと推認できる。また、被告がハラスメント防止宣言をし、ハラスメント相談窓口を設けるなどの取組をしていながら、原告は、授業において学生に対し本件各発言を行っており、このような原告の行為は、被告に相当程度の影響を及ぼすものといえる。なお、本件各発言は平成28年度後学期の生徒指導論の授業においてされたものであるが、平成29年3月の本件労働契約の更新手続時に、被告(B教授等)が学生による授業評価や本件各発言の内容を認識していたとまでは認められない。」
「原告は、同年6月21日の事情聴取の際に、本件各発言を謝罪する発言をし、その後、原告が学生等に対しハラスメントに当たる発言をしたと認める証拠はないものの、被告において、学生に対するハラスメントは厳に慎み、学生に対する悪影響を防止する必要があり、原告が性的に不適切な発言を複数回行っていること(本件各発言自体4つの発言である上、本件各記述は原告が不適切な発言を複数回行っていることを前提としている。)、前記・・・のとおり原告の本件労働契約更新の合理的期待の程度が高いといえないことも踏まえると、原告の主張する事情等を踏まえても、被告が、原告との本件労働契約を更新しないとの判断に至ったことは、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であると認められる。」
3.性的発言は防御が難しい
セクシュアルハラスメント関係で、しばしば裁判所は、
「発言する必要性がなく」
といったキーワードを使います。
必要があるかないかで言えば、性に関連する言動は、大抵「必要がない」言動としてカテゴライズされることになります。このように「必要性の有無」という観点からハラスメントの成否を論じられると、性的な言葉は口にした時点でアウトであり、防御することは非常に難しいように思います。
防御することが難しいうえ、学生アンケート等からフィードバックを受けることにより、性的言動は高確率で大学当局の把握するところになります。
授業中に性に関連する言動をとることは職を維持するうえで極めて危険なことです。本件のような例があることからも、大学教員の方は、授業中、性に関連する言葉は口にしないよう、注意しておく必要があります(個人的には相応の必要性がある場合でも、控えておいた方が無難だと思います)。