弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不適切な交渉の仕方-週刊誌に情報を売ることを示唆する

1.不適切な交渉の仕方

 労働事件を自力で解決しようとして、適切ではない方法で交渉をする方がいます。例えば、週刊誌に情報を流すことを示唆するといったようにです。

 個人的に見聞きする限りでは、週刊誌に情報を流すと示唆することが使用者との交渉を有利にすることはありません。大抵の場合、使用者側の態度を硬化させるだけで何ら実益には繋がりません。それどころか、使用者から逆に損害賠償を請求される事態にも発展しかねません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令4.5.13労働経済判例速報2499-36 フジアール事件も、そうした事件の一つです。

2.フジアール事件

 本件で被告になったのは、Q4大学を卒業後、他社で1年程度の社会人経験を経た後、原告会社との間で有期労働契約を締結していた方です(1度の更新の後、期間満了により退職)。

 原告になったのは、

テレビ番組やイベントの美術製作・設営等を行っている株式会社(原告会社)、

原告会社の常務取締役(原告X2)、

原告会社の総務部部長(原告X3)

の三名です。被告が原告らを誹謗中傷するメールを複数回に渡って送付するなどしたことが不法行為に該当するとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告が発信した不穏当なメールの中には、週刊誌に情報を売ることを示唆するものがありました。こうしたメールが出された背景には、割増賃金の未払等のトラブルがあったようですが、裁判所は、次のとおり述べて、メールの送信行為に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

・本件メール⑥

「原告会社の総務部に宛てて、Q3がひこく の入構記録を労働基準監督署に提出する意向である旨を伝えるとともに、『未払を支払うように、促し、柔らかい手段から順番に取っていますが、いまだに頑なな態度をとるのは、アホとしか言いようがありません。』、『最悪、週刊誌に各種、やりとりと音声データ売りますか?総務省の知人経由で、通信関係の管轄行政に情報出しますか?取引先にすべてのやりとり流しますか?』と、被告の未払賃金請求に早急に応じなければ、週刊誌や原告会社の取引先に交渉過程の音声データ等の情報を流出させる旨告知するものである。」

「被告が原告会社に対し未払賃金の支払を要求しているという状況を踏まえても、上記のように週刊誌や賃金未払と無関係の取引先に、音声データを含む社内の情報を流出させることを示唆してその支払を促すことは、社会通念上許される限度を超える違法な行為と評価するのが相当である。」

・本件メール⑦

「原告会社が依然として被告の支払要求に応じないことにつき、総務部門を担当する原告X3及びP1に対し、『話を入れる対象を広げていきたいと思います。』として、厚生労働省と東京労働局に被告に対する未払賃金の問題につき通報する旨告知するとともに、それでも支払に応じない場合には『スキャンダラスな情報』を港区及び週刊誌に流出させることを予告するものである。」

「これも上記・・・と同様、被告と原告会社の間に未払賃金の問題が存在することを踏まえても、『スキャンダラスな情報』という原告会社にとって不名誉なものと推測される内容不明の情報を流出させることを示唆する行為は、社会通念上許される限度を超える違法な行為と評価するのが相当である。」

3.早々に見切りをつけて訴えてしまった方がいい

 慣れていない人にとって、交渉はヒートアップしやすい傾向にあります。また、「自分で訴える」という選択をとれない一般の方は、自分で問題を解決しようとした時、強い言葉をつかいたくなる誘惑に駆られるのではないかとも思います。

 しかし、週刊誌やマスコミを介入させるという場外乱闘的な手法は、決して推奨できません。実益につながらないうえ、逆に損害賠償を請求されかねないからです。

 個人的な経験の範囲で言うと、交渉で折り合えない場合、無理に相手をねじ伏せようとするのではなく、早々に見切りをつけて訴えを提起してしまった方が事件は円滑に進みます。

 トラブルに直面したら、自力で解決しようとするよりも前に、弁護士に相談してみることをお勧めします。