弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場で学歴や家庭内の問題を揶揄してはダメ

1.学歴や家庭内の問題の揶揄

 そんなことだから妻に逃げられる、〇〇大学を出ているとは思えない-上司が部下にこのような物言いをすれば、当然問題になります。明らかなパワーハラスメントですし、不法行為責任(慰謝料を支払う責任)を生じさせるとも思います。

 それでは、労働者が使用者・上司に同じような物言いをすることはどうでしょうか?

 法律相談を受けていると、時々、立場の弱い側(労働者)が立場の強い側(使用者・上司)に対して強い物言いをすることは問題ないと思っている方を目にすることがあります。

 確かに、職場におけるパワーハラスメントは、

「職場において行われる ①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう。」

と定義されています。この定義に従うと、上司に対して優越的な関係にない部下からの暴言がパワーハラスメントに該当する場面は、限定的に理解されます。

 しかし、パワーハラスメントに該当しようがしまいが、人の学歴や家庭内での問題を揶揄することは許されません。そのことは、昨日紹介した東京地判令4.5.13労働経済判例速報2499-36 フジアール事件の判示からも読み取ることができます。

2.フジアール事件

 本件で被告になったのは、Q4大学を卒業後、他社で1年程度の社会人経験を経た後、原告会社との間で有期労働契約を締結していた方です(1度の更新の後、期間満了により退職)。

 原告になったのは、

テレビ番組やイベントの美術製作・設営等を行っている株式会社(原告会社)、

原告会社の常務取締役(原告X2)、

原告会社の総務部部長(原告X3)

の三名です。被告が原告らを誹謗中傷するメールを複数回に渡って送付するなどしたことが不法行為に該当するとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 被告が発信した不穏当なメールの中には、上司X3の家庭環境や学歴を揶揄するものもありました。こうしたメールが出された背景には、割増賃金の未払等のトラブルがあったようですが、裁判所は、次のとおり述べて、メールの送信行為に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

・本件メール⑪

「原告はX3に対し、『良い年こいたおじさんが、呼び出されてるでしょ。』、『普通ない、大企業の子会社、総務部長が呼び出されるとか。学校の先生に呼び出される子ども。未だに大人になりいれない、嫁と子に逃げられるのはそういうところ。』、『悪いことしたら、謝る。それが当たり前。X3さん、X2さん、P2さん、大人になろ。子供のまま大人になってて恥ずかしいよ。』、『この文面、そのまま色んなグループ会社に送っても良いよ。』、『早慶マーチでこんなレベル低い人なんて、見たことないよ』と、原告X2及び同X3の学歴や原告X3の家庭内の問題を引合いに出しつつ、同原告らが子どものように未熟でレベルの低い者である旨、侮蔑的言辞を重ねてその人格を攻撃するものである。」

「これは、原告X2及び同X3に対し、過度に侮辱的な表現により、未払賃金等の問題と何ら関係のない同原告らの学歴や原告X3の家庭内の問題を持ち出しつつ、社会通念上許される限度を超えて侮辱し、その名誉感情を侵害するとともに、cc送信先や伝播可能性のある第三者における同原告らの社会的評価を低下させる行為と認めるのが相当である。

「また、原告会社に対しても、その社会的信用を低下させる行為であるとともに、原告の要求に応じなければ、今後同様の文面を関係会社に拡散することを予告するものであり、未払賃金等の問題の解決を促す目的があると仮定しても、社会通念上許される限度を超える違法な行為と評価するのが相当である。」

3.凡そ人に対して言ってはならないことを言うのはダメ

 個人的な実務経験の範囲で言うと、人を揶揄して紛争や問題が解決することは先ずありません。大体、余計にこじれるだけで、解決からは遠ざかります。

 しかも、人を揶揄すれば、正当な権利を持っていたとしても、揶揄した相手から逆に訴え返される可能性まで生じます。

 人の学歴や家庭環境を揶揄することは、あらゆる意味におてい負の効果しか生みません。自分自身の品位や声望も害します。交渉の場面だろうが、上司に対してであろうが凡そ人に対して向けてはならない言葉を発するのは適切ではありません。自力で使用者と話をする際にも、こうした揶揄には及ばないよう注意する必要があります。