弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過半数代表者の使い回しは許されるのか?

1.過半数代表者との協定

 労働者と使用者との間での法律関係の形成に際しては、過半数代表者(事業場の労働者の過半数を代表する者)との協定が求められている場面が少なくありません。

 例えば、使用者が労働者に残業や休日労働を命じるにあたっては、過半数代表者と書面による協定をしておかなければなりません(労働基準法36条1項)。また、就業規則を変更するためには、過半数代表者を選出したうえ、その意見を聴取する必要があります(労働基準法90条1項)。育児休業の申出を拒むことが可能な労働者の範囲を定めるにあたっては、過半数代表者と協定を締結する必要があります(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律6条1項)。

 このように過半数代表者には、法令上、種々の重要な役割を与えられています。

 過半数代表者といえるためには、単に事業場の労働者の過半数を代表しているというだけではなく、

法第四十一条第二号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと

法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと

という二つの要件を満たしている必要があります(労働基準法施行規則6条の2第1項)。

 それでは、この過半数代表者を別の論点にも使い回すことは許されるのでしょうか?

 例えば、残業や休日労働に関する協定を締結するために選任された過半数代表者に対し、就業規則の変更についての意見を徴求するといったことは、法的に許容されているのでしょうか?

 これは、

「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される」手続によって選任された者でありさえすれば、引き続き労働者を代表することが許されるのか、

それとも、

過半数代表者は、議題毎に「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される」手続によって、都度、選出する必要があるのか、

という問題です。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。別の公刊物に掲載されていた裁判例として以前にも紹介したことがありますが、山口地下関支判令3.2.2労働判例1249-5 学校法人梅光学院(給与減額等)事件です。

2.学校法人梅光学院事件

 本件で被告になったのは、大学(本件大学)等を設置する学校法人です。

 原告になったのは、本件大学で教員として勤務ないし勤務していた方です。被告による給与規程・退職金規程の変更が違法・無効であると主張して、減額分に相当する給与や賞与・退職金の支払いを求めて被告を提訴したのが本件です。

 本件では、就業規則(給与規程・退職金規程)の変更の効力が争点になりましたが、その中で、裁判所は、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「平成28年5月27日頃に本件大学の労働者の過半数の代表者としてTが選出され、被告は、Tに対して本件新就業規則への変更についての意見を聴取しているところ、原告らは、Tの選出の方法が適正なものとはいえないから、Tから意見を聴取したとしても、労働基準法の定める意見聴取手続があったとはいえない旨主張する。」

「使用者は、就業規則の変更について、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者(以下『過半数代表者』という。)の意見を聴かなければならない(労働基準法90条1項)ところ、過半数代表者は、「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であって、使用者の意向に基づき選出されたものでな」ければ、適正に選出された過半数代表者といえる(労働基準法施行規則6条の2第1項2号)。そして、『法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにし』たといえるためには、少なくとも労働基準法上のどの規定に基づく代表者の選出なのかを明らかにしなければならず、また、選出されたといえるためには、労働者の過半数が当該者の選任を支持していることが明確になる民主的手続であれば足りると解される。」

「そこで検討するに、認定事実・・・の事実を踏まえると、Uからの本件大学の東駅キャンパスの労働者の過半数を代表する者の選出の連絡に添付された推薦文の内容に加えて、推薦された当時の状況、Uからの連絡の内容から、当時の過半数代表者の選出は、少なくとも本件新就業規則に関する代表者の選出であることは容易に認め得るといえるから、法に規定される協定等をする者を選出することを明らかにして実施されたものといえる。」

「また、Tの選出方法について、被告の統轄本部に所属するUに対して代表者の選出の意見を送付する方法で行っているところ、このような選出方法により労働者の過半数が当該者の選任を支持しているかは明確となるが、一方で、選出過程の一部に使用者側の者が関与し、使用者に過半数代表者の選出に関する意見が明らかになるため、民主的手続の点で疑問がないわけでもない。しかしながら、認定事実・・・のとおり、平成28年5月27日当時の本件大学の東駅キャンパスの全労働者は約160名いたため、これらの労働者の意見を聴取するのは煩雑であった上に、過半数代表者の選出のためであっても、使用者による同意のない個人情報の公開が許容し難いことを踏まえると、労働者の明確な意見を確認するために、被告が労働者の意見を集約する必要はあったと認められる。加えて、労働者の過半数の選出方法には、労働者全体が一堂に会して過半数代表者を選出する方法や挙手など特定の労働者の意見が他者に露見する方法が労働基準法施行規則において例示されているから、被告において秘密投票などの方法を採用しなかったことが直ちに適正さを欠くことにはならない。そして、その他、本件の選出方法について、適正な手続でないことを窺わせる事情は見当たらない。」

「そうすると、Tの選出方法が適切でなかったとはいえないから、被告は、本件新就業規則への変更について、労働基準法の定める意見聴取手続を行ったものと認められる。」

3.使い回しの可否が直接的に争われた事案ではないが・・・

 本件は過半数代表者の使い回しの可否が争われた事案ではありません。しかし、過半数代表者の要件として、

「『法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにし』たといえるためには、少なくとも労働基準法上のどの規定に基づく代表者の選出なのかを明らかにしなければなら」

ないとした点は、かなり重要な判示なのではないかと思います。

 私の知る限り、冒頭で指摘した問題について、これを明確に述べている学術文献は見当たりません。そうした状況のもと、この問題について、裁判所は、

労働基準法上のどの規定に基づく代表者の選任なのかを明らかにしたうえで選任手続を経る必要がある

と個別の話題毎に選任手続を要するといった見解と親和的な意見を示しました。

 従業員代表は厳格に運用されていない企業も少なくありません。そのため、割と名の知れた企業であっても、従業員代表は何年も前に選任されたきり、放置されている例が散見されます。こうした事案の是正を求めて行くにあたり、本件は参考になる事案として位置付けられます。