弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止めを争いにくい職業類型-大学助教

1.雇止めに関する法規制

 期間満了によって労働契約を終了させることを「雇止め」といいます。

 企業は雇止めを必ずしも自由に行えるわけではありません。

 有期労働契約が反復して更新されて期限の定めのない労働契約と同視される状態に至った場合や、契約更新の期待を持つことに合理的な理由がある場合、雇止めを行うには客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になります(労働契約法19条)。

2.不更新条項と合理的期待の喪失

 契約更新の期待を持つことの合理性を失わせるためのテクニックとして、不更新条項というものがあります。これは、契約の更新をするのは今回限りで、次回の更新はしないということを内容とする契約条件をいいます。

 不更新条項付きで労働契約を更新した場合、次回更新時に不更新条項を根拠に雇止めをすることができるのか否かに関して、裁判例は分かれており、事件の見通しを正確に立てることは、非常に困難になっています。

 こうした錯綜した裁判例の状況を整理するためには、雇止めされやすい職種、されにくい職種といった観点からのアプローチが有効な視座になるかもしれません。

 近時公刊された判例集に、そのことを意識させる裁判例が掲載されていました。大阪地判令元.11.28労働判例1220-46 学校法人近畿大学事件です。

 これは、以前、「大学助教の雇止め 有期雇用契約の更新の時に『あと一回だけなら更新する』と言われたら・・・」という表題の記事で紹介した裁判例と同じ事件です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/04/05/184743

 別の判例集に掲載されていたものを改めて読み返していて、気になった判示を書き記しておくことにしました。

3.学校法人近畿大学事件

 本件は不更新条項付きの有期労働契約を締結して雇止めを受けた大学助教の方が、その効力を争い、地位確認等を求めて勤務先大学を訴えた事件です。

 結論として、裁判所は、合理的期待は認められない、仮に合理的期待が肯定されたとしても雇止めには客観的合理性・社会通念上の相当性が認められるとして、原告の請求を棄却しました。

 その判断を導く中で、大学助教という地位に関し、次のような認定・評価をしています。

(裁判所の判断)

-助教のキャリアパス等-
「文部科学省の中央教育審議会大学分科会に設けられた『大学の教員組織の在り方に関する検討委員会』による審議(平成17年1月24日報告)において、大要以下の内容の取りまとめがされた・・・。」
-助教のキャリアパスについて-
「助教は、制度上、将来、准教授、教授へつながるキャリアパスの一段階に位置付けられるものであり、助教に就く者としては、例えば、大学院博士課程修了後、ポストドクター(PD)等を経た者などが想定される。このような点や若手の大学教員や研究者の養成の重要性を踏まえ、各大学においては、大学教員や研究者を志す優れた人材にとって、助教が自らの資質能力を十分に発揮できる活躍の場や一層の研鑽の場となるよう積極的に活用することが期待される。これに関連して、各大学や分野によって実態は異なるが、大学の教員に優れた若い人材を確保するためには、若手が就く大学教員のポストを一定割合確保することが望まれ、特に、世界的研究・教育拠点の機能に重点を置く大学にあっては、この点に留意することが求められる。」
-任期制等の活用について-
「我が国においても、国際的な通用性の観点や、優秀な人材の適切な確保や人材の流動性向上を図る観点から、各大学においては、助教に期間を定めた雇用(任期制)や昇進のための審査を定期的に行う再審制など、一定期間ごとに適性や資質能力を審査する制度を導入することや、あるいは、助教からの准教授等への昇進に当たっては、公募制とすること等により学内昇進を原則として行わない制度を導入することも考えられる。これらの制度を導入するかどうかは、各大学が、それぞれの実情や各分野の特性に応じて、適切に判断するものであるが、助教がキャリアパスの一段階に位置付けられるものであることから、一般に、このような制度が積極的に活用されることが望まれる。また、採用や昇進等に当たっては、責任の所在を明確にするとともに、手続の透明性を確保しつつ、相応しい資質能力を有するか否かについて公正かつ厳格な教員評価を行うことが必要である。」

(中略)

「上述したとおり、大学の教員の雇用については、一般に流動性のあることが想定されているのであって(なお、大学の教員等の任期に関する法律7条1項は、助教を含む大学の教員等の有期労働契約について労働契約法18条の適用がされるのは、契約期間が通算して10年を超える場合としている。)、助教の職位の導入過程における議論の中でも、〈ア〉助教は、制度上、将来、准教授、教授へつながるキャリアパスの一段階に位置付けられるものであること、〈イ〉大学の教員に優れた若い人材を確保するためには、若手が就く大学教員のポストを一定割合確保することが望まれること、〈ウ〉任期制等の活用として、国際的な通用性の観点や、優秀な人材の適切な確保や人材の流動性向上を図る観点から、各大学においては、助教に期間を定めた雇用(任期制)や昇進のための審査を定期的に行う再審制など、一定期間ごとに適性や資質能力を審査する制度を導入することや、あるいは、助教からの准教授等への昇進に当たっては、公募制とすること等により学内昇進を原則として行わない制度を導入することも考えられること、〈エ〉採用や昇進等に当たっては、責任の所在を明確にするとともに、手続の透明性を確保しつつ、相応しい資質能力を有するか否かについて公正かつ厳格な教員評価を行うことが必要であること等への言及されているところである。

(中略)

以上のような助教の職位の性質ないし位置付け及び被告における実情を踏まえると、・・・助教は、准教授等への昇進を目指すポストであり、適性、資質、能力及び将来性が重視されるとともに、相当程度、人材の流動性が想定される職位であると認められ、契約の更新にあたり、当該助教の勤務成績や業績評価が重視されることは,その制度趣旨に沿うものと解される。」

4.大学助教は雇止めを争いにくい(長期雇用を主張しにくい)

 裁判所が言っていることは少し分かりにくいですが、意訳すると、

① 助教はキャリアパスであって、ずっといる職位ではない、

② 若手を登用するために、ポストの空きを作る必要がある、

③ ポストに空きを作ることと任期制は馴染みやすい、

④ 業績が挙がらず昇任できなければ去るという厳格なルールも仕方ない、

ということなのだと思います。

 こうした助教の職位の性質・位置付けが雇止めの効力を認める理由として使われているところにも、本件の特徴があります。

 安定した雇用を確保した方が若手に優しいのか、ポストの空きを作りやすくした方が若手に優しいのかは政策判断になるのだと思いますが、法律の建付け・解釈としては、ポストの空きの確保の方に力点が置かれています。

 その反面、大学助教の方は、雇止めに対し、他の業種よりも脆弱な立場に置かれていることに、留意しておく必要があります。

 また、職位の性質が法的に定義可能でなければならないという限界はあるかも知れませんが、本件のように業種・職位毎の特性を追うことは、複雑な雇止め法理を整理・理解するうえでの一つの有益な視点となるかも知れません。