弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学助教の雇止め 有期雇用契約の更新の時に「あと一回だけなら更新する」と言われたら・・・

1.無期転換ルール

 有期雇用契約には「無期転換ルール」があります。

 無期転換ルールとは、同一の使用者との間で5年を超えて有期労働契約が更新された場合に、労働者に対して有期労働契約を無期労働契約に転換する権利が与えられることをいいます(労働契約法18条参照)。

  この無期転換ルールの適用を避けるため、無期転換権が発生する手前のところで、使用者側が「あと一回だけなら更新する。」という留保を付けて契約の更新を持ち掛けてくることがあります。

 このような場合、長く働くことを希望する労働者側は、次の二つの方針のうち、いずれかを選択することを迫られます。

 一つ目は、現時点で雇止めの効力を争うという方針です。

 契約が更新されるという期待に合理的な理由がある場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性がなければ、雇止めをすることはできません(労働契約法19条参照)。「あと一回だけという条件は承諾できない。」と言えば、高い確率で使用者側は有期労働契約の更新を行わない判断をします。これに対し、雇止めを争ってゆくという方針です。

 二つ目は、取り敢えず、現時点では有期労働契約を更新し、期間満了になった時に改めて雇止めの効力を争うという方針です。

 「あと一回だけ」という条件に応じれば、取り敢えず、あと1回は労働者としての地位が維持されることになります。その利益を確保することを優先する方針です。

 ただ、当然のことながら、更新した有期労働契約が期間満了を迎えた時、使用者側は「更新時に、あと一回だけと言いましたよね。」と契約の更新を拒絶してきます。

 その時、「あと1回だけ」と言われた事実は、雇止めの効力を肯定する方向で考慮されることになります。

 労働者側は「そのような迫り方をされたら、不本意だとは思っていても、嫌だとはいえないではないか。このような形で取得された合意を重視するのは不適切である。」といった反論を展開して行くことになります。しかし、このような議論が通用するかどうかについて裁判例は一貫した状態にはなく(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕396頁以下参照)、雇止めの効力を争うにあたっての消極要因を作り出す危険を創出する側面は否めません。

 勝率を高めるため今勝負に出るか、それとも、勝率を下げるリスクを甘受したうえ当面の地位の維持を優先するのかは、非常に難しい問題で、法律相談を受けた時に、判断が特に難しい問題の一つだと思います。

 近時公刊された判例集にも、この判断の誤りが結論に影響を与えたと思われる裁判例が掲載されていました。大阪地判令元.11.28労働判例ジャーナル96-84 近畿大学事件です(なお、「誤り」といっても、この問題は現場判断が非常に難しいので、結果論として間違っていたことが判明したというだけで、誰かしらの判断に過失があったという趣旨ではありません。)。

 2.近畿大学事件

 本件で原告になったのは、平成20年1月1日に被告大学との間で1年間の有期雇用契約を締結し、助教として以降7回に渡って同様の契約を更新してきた方です。

 無期転換ルールが平成25年4月1日に施行されたことを念頭に置いたうえ、平成27年3月13日、被告大学は、原告に対し、

「貴殿との雇用契約については、平成27年3月31日付で、雇用期間満了により終了となります。学校法人近畿大学といたしましては、契約期間満了を持って貴殿との有期雇用契約を更新せず、終了しようと考えておるところですが、貴殿の功績に鑑み、貴殿の希望があるならば、平成27年4月1日から平成28年3月31日までの1年間に限り、契約を更新することも検討いたします。ただし、本更新はあくまで特例による更新であり、1年後に契約を更新することはありませんので、その点はご留意ください。」

と書かれた雇用期間満了通知書を交付しました。

 また、これと同時に、契約の更新を希望するのであれば提出するようにとの趣旨で、
「私の雇用期間は平成27年3月31日で雇用期間満了により終了となりますが、平成27年4月1日から平成28年3月31日までの1年間に限り、特別に1年間の雇用契約を更新することを希望いたします。なお、1年後である平成28年3月31日には、特別に更新された1年間の雇用契約が再度は更新されず、貴法人との雇用契約が終了することについて、理解しました。」

と書かれた要望書(本件要望書)も交付しました。

 これを受け、原告の方は、本件要望書に署名押印し、これを被告に提出するという判断をしました。当面の地位の確保を優先させたわけです。

 被告大学が予告通り平成28年3月31日付けで原告との有期雇用契約を終了させたところ、原告が雇止めの効力を争って地位確認等の訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待の存在を否定し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

原告は、平成27年3月時点(本件要望書交付前)において、本件雇用契約が翌年度以降も同様に更新されることについて合理的な期待を有していたことは必ずしも否定されない。
「しかるところ、・・・、本件要望書等は、その記載内容からすれば、被告から原告に対し、〔ア〕次期の契約更新がなされることなく平成27年3月末をもって雇用を終了するか、〔イ〕特別に1年間の契約更新がなされるが、1年後の平成28年3月末での雇用終了を受入れることを確約するかの二者択一を求める内容の書面であり、本件要望書等の交付の時期は、平成26年度の雇用契約の期間終了日から18日前のことであることからすると、このような書面による選択を求められることを認識していなかった者にとって、その選択・判断のための十分な時間的余裕が確保されていたかについて、議論の余地があるといい得るものである。」
「しかし、雇用期間満了通知書には、雇用期間が満了すること、被告としては雇用契約を更新せずに終了する意思を有していること、原告からの希望があれば1年間に限って更新することのあること及びその理由等について一応の説明がなされており、本件要望書には同書面により行う意思表示の内容が明確に記されている・・・。」
「また、原告は、q3教授の後任として生化学教室に着任したq4教授から、平成26年7月、年内で自分の研究を終わらせることや期限付きのポジションである等と言われるなどし、平成26年12月頃には、移籍のための行動を行っていたほか、平成27年に入ってからも、q4教授とのやり取りに関して、q6課長や監査室に相談をし、監査室からの提案を拒絶して、調査委員会の設置を求めるなどしていた・・・。」
「かかる状況の下、原告は、q9課長補佐から本件要望書等の交付を受け、その際、約1、2週間で提出すること、質問があれば職員課に対してすること及び特に慌てて提出する必要はないことを伝えられていたものであるが、原告は、交付された翌日である同年3月14日には、本件要望書を自ら作成の上、特段の異議を留めることなく、被告に提出した・・・。」
「そして、原告は、平成27年4月以降にも、自身の雇用継続の希望を改めて被告に伝えたり、雇用継続の可能性について被告に再度問い合わせるといった明確な行動に出ていない。」
「そうすると、平成27年3月(本件要望書等の交付前)の段階では、原告において、本件雇用契約が翌年度(平成27年4月)以降も同様に更新されることについて合理的な期待を有していたことは必ずしも否定されないものの、本件要望書等は、その記載内容自体から、雇用契約の終了に関する被告の意向や原告のなす意思表示の内容は一義的に明確となっているものであり、原告は、当時、q4教授の発言や方針に強く反発し、移籍のための行動を取るとともに、正に近畿大学における所定の手続を進めていた状況下にありながら、本件要望書等については、交付時の伝達事項に関わらず、その交付や提出の理由等を職員課等に何らの質問等をしないまま、特段の異議を留めずに、交付翌日に本件要望書を提出していること、さらには、平成27年4月以降にも、自身の雇用継続の希望を改めて被告に伝えたり、雇用継続の可能性について被告に再度問い合わせるといった明確な行動に出ていないことからすれば、本件要望書等の内容や交付時期等の点を考慮したとしても、原告は、本件要望書のとおり翌々年度(平成28年4月)以降は雇用契約が更新されないことを十分に理解した上、自己の意思に基づき、その提出に至ったものと認めるのが相当である。そうである以上、本件要望書の提出後の段階においては、原告が、雇用契約が翌々年度(平成28年4月)以降も同様に更新されることについて、合理的な期待を有していたものとはいえない。

3.合理的期待があるからと言って勝てるとは限らないが・・・

 契約が更新されることへの期待に合理的な理由があったとしても、それは雇止め法理(労働契約法19条)の適用があることを意味するに留まります。

 つまり、合理的な期待があったとしても、客観的合理的理由・社会的相当性が認められる場合には、雇止めは有効となり、労働契約上の地位は失われてしまいます。

 しかし、本件では本件要望書の提出前の段階では、合理的な期待を有していたことが否定されない状態であったと判示されています。本件に限って言えば、本件要望書の提出を拒み、平成27年3月31日時点で雇止めの効力を争っていた方が勝ち目があったということになります。

 長く働き続けたい有期契約労働者が使用者から「あと一回だけなら更新する」と言われた時の対応は、非常に難しいです。

 事実関係次第で、今争わなければならない事案は確かに存在します。

 また、取り敢えず、契約の更新に応じるという判断をするにしても、来たるべき雇止めの効力を争う場面に備えて、どのような事実を作り出しておくのかには、高度に専門的な判断が必要になります。

 「あと一回だけなら更新する。」このように言われた時には、弁護士に相談してから判断することを強く推奨します。