弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

オオカミではなくヒツジをとれ-ヤンチャで素行の悪い生徒を入学させたらエンカレッジスクールは成り立たない?

1.エンカレッジスクール

 「エンカレッジスクール」と呼ばれる都立高校があります。

 これは、

「小・中学校で十分能力を発揮できなかった生徒のやる気を育て、頑張りを励まし、応援する学校として、社会生活を送る上で必要な基礎的・基本的学力を身に付けることを目的として、既設校の中から指定。」

される学校で、

「基礎・基本を徹底するとともに体験学習を重視」

することに特徴があるとされています。

https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/high_school/type.html

 エンカレッジスクールは、

「学習への関心、意欲、態度や基本的生活習慣等に課題を抱え、可能性はありながら、学ぶことに積極的な意味を見出すことができない生徒が多く入学してくる高校において、そのような生徒への対応に苦慮し、生徒の求めに応じた十分な成果を言い難い状況」

を踏まえて設置されたという経緯があります(東京地判平30.5.15判例時報2429-5)。

 文字で説明を聞くだけでも運営の難しそうな学校ですが、このエンカレッジスクールで、態度や身なりに課題のある生徒(茶髪、まゆ毛、ピアス、化粧、服装及び態度の6項目に問題のある生徒)の総合成績を操作して不合格にしていた校長がいました。

 この校長を懲戒免職にすることの可否が争われた事件が、近時発行された判例集に掲載されていました。東京地判平30.5.15判例時報2429-5です。

2.東京地判平30.5.15判例時報2429-5

 この校長は、エンカレッジスクールの先行校の校長から、

「ヤンチャで素行の悪い生徒を入学させたらエンカレッジスクールは成り立たない、オオカミではなくヒツジをとれ」

といった話を聞き及び、それを実行したと主張しました。

 要するに、

「真面目な気の弱い生徒が安心して学ぶことのできる高校」

を実現するためには、

「真面目な気の弱い生徒の学びの妨げになるような粗暴な生徒」

は入学させないことが必要であったと開き直りました。

 しかし、裁判所は、このような主張は受け入れず、東京都教育委員会がした懲戒免職処分は有効であるとし、原告の請求を棄却しました。

 裁判所の判断は次のとおりです。

(裁判所の判断)

「関係法令上、エンカレッジスクールの入学者選抜に関しては、地教行法の定める職務権限に基づき都教委が定めた入学者選抜規則と、その委任に基づく毎年度の実施要綱において、高校の校長を委員長とする選考委員会が調査書、面接、小論文及び実技検査の結果による総合成績の順に決定した合格候補者を踏まえて、最終的に校長がこれを確認・許可する趣旨で合格者を決定する方法が構築されており・・・他方で、調査書、面接、小論文及び実技検査の総合成績の順に決定される合格候補者につき、それ以外の何らかの結果に基づき、校長権原でもって、その総合成績の順を変更したり、総合成績の順で合格候補者とされる者を不合格と決定したりする実施要綱上の根拠はない。

(中略)

「さらに付言すれば、そもそも、原告が『ヤンチャで素行の悪い受験生』を不合格とするために考案したという本件チェック基準は、本件高校を訪れた受験生につき、茶髪、まゆ毛、ピアス、化粧、服装及び態度の6項目を見て課題のある受験生を特定するというものであって、これらの項目について具体的にいかなる問題があれば不合格と判断するのか、客観的に特定し得ない基準といわざるを得ない。すなわち、原告が本件チェック基準により『校長の裁量』で受験生の合否を決定するというのは、要するに、原告が受験生の外見のみを記録した資料に基づき、その主観で『ヤンチャで素行が悪い』と感じた受験生につき、本件高校への入学を拒むということにほかならない。入学者選抜の公平という観点からして、このような入学者選抜の方法は、それ自体、合理的なものとして妥当とは解し難い。」

(中略)

「原告が前記・・・の行為に及んだ動機は、可能性はありながら力を発揮しきれずにいる生徒を受け入れて学び直しのできる学校と位置付けられるエンカレッジスクールにおいて、素行不良の生徒ではなく、学習意欲を持つ生徒を入学させることにあったものと認められる。」

「しかしながら、その目的の当否はともかく、入学者選抜は、エンカレッジスクールの先行校であるD高校のように、生徒の素行などに関する情報を面接官の参考資料として面接官の採点による面接店の範囲でこれを利用するなど、飽くまで実施要綱あるいは選抜要領に定められた枠内で行われるべきと解される。それにもかかわらず、原告は、関係法令等を遵守して公正・公平な入学者選抜を実施した上で合格者を決定するべき校長、入学者選抜の選考委員会の委員長という立場にありながら、本件高校の荒んだ状況を改善するには、関係法令等上の根拠がなくとも致し方ないとの考えに基づき、実施要綱に明確な根拠がないこと、あるいは少なくとも明確な根拠があるか否かの確認ができていないことを認識しながら、実施要綱などに沿って算出される総合成績の数値を校長である原告の裁量との理由でもって引き下げたというもので、関係法令等をないがしろにしたその態様は、重大かつ悪質といわざるを得ない。

(中略)

「以上の次第で、都教委が裁量権を逸脱濫用した違法があるとは認められず、その取消を求める原告の請求は理由がない。」

3.法的根拠の無視・軽視はダメ

 公務員の場合、法律による行政という建前から、やることなすことに一々法的な根拠が必要になります。法令等に明確に書かれていないことに関しては、それが禁止される趣旨で書かれていないのか、それとも、ある程度漠然とした根拠規定に基づいて許容されるという趣旨で明記されていないのかを、法令の趣旨に遡って仕分けして行くことになります。

 この仕分けは、法曹有資格者でも難しい作業になりますし、意見が分かれることも少なくありません。独断で解釈を誤った場合には、組織が助けてくれることも稀で、普通に懲戒処分の対象になります。懲戒処分は、行政に比較的広範な裁量が認められているため、滅多なことでは違法にはなりません。

 入試は公平性が特に強く要請されるため、本件のようなことを独断で行う感覚についてはどうかと思いますが、公務員の方は、やっていいことなのかダメなことなのかの判断に迷った時には、一々関係法令等を確認し、それでも判断しかねる時には担当部署に問い合わせる習慣を身につけておくことが必要です。