1.「明日から来なくていい」とは、法的にはどういう意味だろうか
雇い主から「明日から来なくていい」と言われたと相談を受けることがあります。
これを解雇だと認識したうえで、解雇無効を主張すると、使用者側から、
「解雇ではない。退職勧奨だ。出勤していないことから合意退職が成立したと認識していた。」
という反論が寄せられることがあります。
解雇なのか合意退職なのかは、法的にはかなり重要な問題です。
解雇の場合、客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性が認められなければ、その効力が認められることはありません(労働契約法16条)。
他方、合意退職の場合、錯誤、詐欺、強迫など、意思表示に何等かの問題が認められない限り、基本的には有効な合意として取り扱われます。
そのため、使用者側としては基本的には退職勧奨とそれに続く合意退職として理解したいのではないかと思います。
ただ、合意があると主張することが事実経過に照らして難しそうな場合には、退職勧奨-合意退職の法律構成は諦め、これを解雇だと構成してきているように思われます。
それでは、上記ように二義的な解釈が可能な「明日から来なくていい。」という言葉は、法的にどのように理解されるのでしょうか。
この点が問題になった近時の裁判例に、津地判平31.3.28労働判例ジャーナル89-32伊勢安土桃山城下街事件があります。
この事件では、「翌日から出社しなくて結構である」「翌日から来なくてよい」という言葉について、解雇でも合意退職でもないという第三の理解の仕方が示されました。
2.事案の概要
本件で原告になったのは、A、Bの二名です。
被告は、伊勢市内でテーマパークを運営している株式会社です。
本件では、人事部長Eが
Aに対して行った「翌日から出社しなくて結構である」という言葉の解雇としての有効性、
Bに対して行った「翌日から来なくてよい」という発言を合意退職の契機と捉えることができるか、
が争点になりました。
3.裁判所の判断
裁判所は次のとおり述べて、Aに対して解雇を言い渡したとは認められないし、Bとの間での合意退職も認められないと判示しました。また、出勤しなくなったのは人事部長からの指示であって、その後、働いていなくても賃金請求権は失わないとの判断を示しました。
(判決文の引用)
「原告AとEは、同年5月3日に面談を行った。その内容は、給与計算などについての被告の対応やその他労働環境について、原告AがEに対応を求めるものであった(甲8の1、8の2、弁論の全趣旨)。これ以上に、Eから原告Aに勤務態度を改めるように求めたことは認められない。」
「原告AとEは、同年6月30日に面談を行った(争いがない)。この際、Eは、原告に退職勧奨を行ったが、原告Aは拒否した(甲9、原告A 8頁)。さらに、Eは、原告Aに対して、翌日から出社しなくて結構である旨発言した(甲9、原告A 8頁)。これ以上に、Eが解雇の意思表示をしたことは認められない。」
「原告BとEは、同日、原告Aとは別に面談を行った(争いがない)。Eは、原告Bに、原告Aは辞めることになったが、原告Bには引き続き勤務してほしいと述べた(争いがない)。」
「これに対し、原告Bからは、原告Aを解雇することについて納得がいかないと述べると、Eから、退職勧奨を告げられたが、原告Bはこれを拒否したところ、翌日から来なくてよいと言われたというものである(甲10、原告B 6頁)。これ以上に、同日に、原告Bと被告が退職合意した事実は認められない。」
「後日、被告から、原告Bに送付された同年8月8日付の退職証明書では、退職理由『退職勧奨』との記載がなされている(争いがない)。」
「原告Aの解雇については、Eが、原告Aが、他の従業員に対して、自己の給与や体制についての批判があり、これがやまないので、同年5月3日に注意したと述べる。確かに、同日の面談内容については、社長(F)の事務処理について不満を述べていることはあるが、特に、Eから原告Aに対して勤務態度について是正を求める内容はなく、会話の前後にかかる指摘をした可能性はないとはいえないが、逆に、そうだとすると、雑談をするような状況であったとは解されないことから、同日に、Eが、原告Aに対して勤務態度を改めるように指示した事実は認められない。また、そもそも、Eがどのような苦情を誰から聞いたのかについても、同人の記憶で述べるにとどまり(E 9、10、16から18頁)、また、結局、セクションリーダーと称する3名から伝聞的に聞いたに過ぎず、具体的な事実の把握としては不十分である。」
「また、Eは、同日以降週1回程度、原告らと面談を実施したというが、原告らは面談の事実自体も否定する(原告A 21、22頁、原告B 9頁)ほか、何等の面談記録等も残っておらず(E 18頁)、被告の体制を批判する者に対する対応としては、不自然であるといわざるを得ない。また、原告Aを解雇するについて、同年6月30日の1週間前のミーティングで決定したというが、何の書面も作成せず、他にこのような決定をしたことを裏付ける証拠もないので、そもそも、このような経過があったのかも明らかではないといわざるを得ない。」
「また、Eは、陳述書では、原告Aに対し、解雇を伝えたというが、当法廷においては、1か月分支払うので、辞めてくださいという話しはしたが、これに対して原告Aは、厳しいですねと述べ、Eはさらに、ただ、1か月分支払わせてほしいと述べたに過ぎない(E 13、14頁)のであり、原告Aに対して明らかに解雇を伝えたこと自体も認められない。」
「いずれにせよ、被告が、原告Aに退職が合理的と認められる事情を収集し、これに基づいて解雇を言い渡したとは到底認められないのであり、解雇の意思表示自体が認められないというべきである。」
「Eは、同日、原告Bとも面談をしたこと、この際、原告Aは辞めることになったが、原告Bには引き続き勤務してほしいとの希望をしたことは争いがない。」
「原告Bによれば、Eから原告Aは辞めてもらうことになったからと告げられたところ、原告Bから原告Aを解雇することは納得がいかないと告げると、それならば、原告Bにも退職勧奨すると告げ、これを拒否すると、翌日から来なくてよいと言われたというものである(甲10、原告B 5、6頁)。」
「Eは、陳述書では、原告Bから、原告Aを解雇するのであれば、退職すると述べたという(乙1)。一方、当法廷においては、原告Bから退職の申し出を受けたので、翌日確認したと答えたが、その後、代理人の質問に対して当日口頭で確認し、後日、他の役員に報告した上で、受け付けたという書面などは提出していないと述べる(E 22、23頁)など、主張が一貫せず、また、同人らの対応を裏付けるような証拠としては、後日の退職証明書は存するものの、原告Bが現実に就業できておらず、やむを得ない面も認められるから、これを重視することはできず、同人の証言のみから退職合意を認めることはできない。」
「そうすると、原告Bについて退職合意があったことは認められない。」
「以上の経過に照らすと、被告から、原告Aに対する解雇の意思表示は認められないし、被告と原告Bとの間の退職合意があったとも認められない。また、原告らが出勤しなくなったのは、Eからの指示によるものと認められるから、その後、原告らが現実の労働をしていないとしても、賃金請求権を失うことはない。」
4.第三の理解の仕方-解雇でも合意退職でもない
Aとの関係では事前に退職勧奨が明確に拒絶されていたことから、会社側は合意退職の法律構成を諦め、解雇を主張したのではないかと思います。
しかし、解雇に向けた前段階、準備が碌にとられていなかったことから、こんなものは解雇の意思表示ではないとの理解を示しました。
合意退職に関しても、裏付けになるような証拠がないとして、合意の成立を否定しています。
そのうえで、来なくていいというのは会社側の指示なのだから、AにしてもBにしても出勤しなかったからといって、賃金請求権を失うことにはならないとの判断を示しました。
これは、どうとでも理解できるような曖昧なことを言って、事後的に都合の良い法的解釈を加え、争ってゆくという主張の在り方に釘を刺したものという理解の仕方が可能なのではないかと思います。
解雇というにしても、合意退職というにしても、それなりの前段階、事後措置がとられていてこそのことであり、何の裏付けもなく事後評価で都合よく法律構成したところで、そのようなやり方は相手にしない、そう言っているように思われます。
「明日から来なくていい」というやや尊大な言葉は、多義的な解釈が可能であるため流行っているのではないかと思われます。
しかし、本件のように、このような曖昧な言葉は解雇でもなければ合意退職の根拠にもならないという判断が出ると、今後は出現頻度が下がって行くかも知れません。