弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

小規模同族企業の「感覚」「常識」は疑ってみても良いかも知れない

1.小規模同族企業の「感覚」「常識」

 小規模な同族企業に勤めていて、パワハラの被害に遭う方がいます。

 第三者として話を聞いてみると、別段、それほど大したことはしていないのに、経営者やその親族から「感覚が違いすぎる。」「非常識だ。」などと責め立てられていることがあります。

 価値観が似たり寄ったりの人が集まって閉鎖的な企業経営をしていると、自分達の感覚や常識と、世間一般の感覚や常識との差を認識したり調整したりする機会が少なくなるため、こうした現象が起きるのではないかと思います。

 「感覚」「常識」といった抽象的な非難を繰り返されてきた人は、自分自身の常識に自信が持てなくなったり、自尊心を傷つけられたりしていて、見ていて本当に気の毒に思います。

 近時の判例集にも、企業内部での「感覚」「常識」を盾にハラスメント・退職勧奨が行われた事例が掲載されていました。

 名古屋高判平30.9.13労働判例1202-138公益財団法人後藤謝恩会ほか事件です。

2.事案の概要

(1)人員構成

 この事件で原告になったのは学芸員の方です。

 被告になったのは、美術館を設営している公益財団法人です。

 美術館の館長は被告代表理事の実弟が務めていました。

 この美術館の正社員は館長を入れて3名で、残り2名の正社員はいずれも代表理事の実子でした。正社員以外には、アルバイト3名の従業員が勤務していました。

 こうした人員体制のもと、正社員として採用されたのが原告です。

 原告は館長ほか正社員からパワハラや嫌がらせを受けたとして、損害賠償を請求する訴訟を起こしました。

(2)問題となった言動

 本件で違法性が認定された正社員らの言動は次のとおりです。

ア.平成27年10月14日の正社員(被控訴人月子)の言動

「被控訴人月子は、同日、控訴人に対し、電話で

『電話連絡してこなかったので、今日の休みは無断欠勤に当たります。これから出勤するのであれば遅刻ということになります。』

旨発言し、本件美術館に出勤した控訴人に対し、

『信頼関係が全て崩れちゃったなって思っているんですよ。』

『昨日のメールの時点でも、社会人ですよね。仕事があるんですから、ましてや3人しかいない職場で仕事があるのにお葬儀も行きたいっていうのは、必ず本人と我々上司に話して、了解を得ないとできないですよ。だったら、前日、お通夜があったんだから、お通夜にご挨拶に行くっていうやり方もあると思いますし、社会人としてどうなのかな、っていうのが、感覚が違いすぎて。ここのルールやペースと違う。正直、甲野さんと働いていくのが難しいと思っています。やっぱりそういう感覚とかって、もう埋めようのないものだと思うんですよ。』

『すごく大きなことなんです。これ。無断欠勤っていうのは。メールしたから無断欠勤じゃないだろ、っていうのは、甲野さんの勝手な判断。』

『あなたが信頼関係を壊したわけですから。』

『とにかく今は、信頼関係ゼロです。』

『そこの自覚をはっきりもってほしい。そこのセンスが合わない。』

などと発言し、また、始末書の提出を求めたことが認められる。」

 かなりきつい言葉で非難されていますが、この事件の原告・控訴人である甲野さんは一体何をしたというのでしょうか。

 10月13日、甲野さんは恩師の訃報に接しました。通夜と翌日の葬儀に参列したいと月子の携帯電話に合計3回に渡り電話をしたものの、本件美術館が休館日であったこともあり、繋がりませんでした。

 そこで甲野さんは、本件美術館のメールアドレスに「有給のお願い」と出して次のメールを送りました。

「乙山 月子 様

    雪子 様

本日は、お休みにもかかわらず、携帯電話に何度もお電話をいたしまして、誠に申し訳ございません。

恩師の葬儀参列の為、誠に勝手ながら明日(10月14日)有休を頂戴したくお願い申し上げます。

明日の朝、改めてお電話をさせていただきます。

何卒、よろしくお願い申し上げます。

甲野花子」

 このメールを送信したうえ、葬儀に参列し、葬儀後出勤したところ、冒頭の言葉を浴びせられたという経緯になります。

イ.平成27年10月16日の正社員(被控訴人雪子)の言動

「被控訴人雪子は、同日、控訴人が同月12日(月)に有給休暇を取得したことに対し、

『仕事をきちんとやった上での有休ですので、「その日までに。」って言った仕事を終えないで有休をとって行くっていうことは、ちょっと、常識から外れている。はっきり言うと非常識です。だし、あり得ないこと。わかりますか。「私は有給をとる権利がある。」だったら、権利があるんだったら権利を得なきゃ。自分で。義務を果たさないと。義務を果たさないで件rを言われてもそれはおかしいと思いますよ。』

『浮かばないじゃなくて、常識です。考えじゃない。これは。そのセンスがちょっと信じられないんです。申し訳ないですけども、はっきり言って非常識です。仕事してお金もらっているわけですよね。我々みんな。違う。仕事の対価として報酬として給与をもらっているわけですよね。違いますか。』

『ちゃんとできてないのに、有給とっちゃうっていうのは、社会人として非常識だし、あり得ないです。これは私、本当にあなたに対して信頼を失いました。』

などと発言したことが認められる。」

 こちらも辛辣な言葉で非難されています。この時、甲野さんは何をしたのでしょうか。

 甲野さんは本件美術館の催事予定表を作成する作業を受け持っていました。何度かの期限の改定の後、10月14日が期限として設定されていました。

 本件では10月12日は有給の取得が予定されていて、10月13日に恩師の訃報に接し、10月14日に葬儀の参列のための有給取得を申し出たという事実経過が辿られています。

 以上の経緯のもと、10月12日の有給の取得が問題になりました。

 しかし、甲野さんは休暇中の10月13日に催事予定表を自宅で作成し、本件美術館宛てに催事予定表のデータをメール送信して提出していました。

 それでも、有給の取得について、「常識」を盾に、上述のような、かなり辛辣な叱責を受けました。

ウ.平成27年10月16日の館長の言動

「被控訴人丙川館長は、控訴人から同月14日に電話連絡を受け、当日の欠勤が無断欠勤には当たらないことを確認している上、本件美術館の館長として休日や夜間の連絡体制を整備すべき義務があったにもかかわらず、これを顧みることなく、被控訴人に対し、

『連絡の方法を努力すべきであった』

と非難したことが認められる。

・・・そして、丙川館長は、控訴人に対し、

『そういったのが、私の性格でこれは治らないということならば、たぶん、ここでの仕事は、長続きしないだろう。』

などと発言した」

エ.平成27年10月17日の正社員(被控訴人月子)の言動

「控訴人は、見回り表の点検リストを4、5回作り直し、その期限前の同月17日午後4時50分頃に被控訴人月子の指示に従った点検リスト・・・を提出したが、被控訴人は点検リストがノートに貼付されていなかったことから、

『これでは駄目ですね。』

と答えた上、

『あなたはここの職員としてふさわしくないと言わざるを得ない。』

『もう信頼関係がない以上、あなたにお願いできる仕事っていうのはなくなってしまうので、これからのことについては、またちょっと館長を交えてお話ししましょう。』

『甲野さんには甲野さんにふさわしい仕事。まぁ、ここではない場所でね。あると思うんです。なので、申し訳ないけれども、「ここで甲野さんにお願いする仕事がありませんよ。」という話なんですけれども。』

と発言した」

 判決によると、見回り表の点検リストに関しては内容面には問題がなかったとのことです。叱責されたのは、リストをノートに貼り付けていなかったからだったようです。

オ.平成27年10月29日の正社員(被控訴人雪子)の言動

「被告訴人雪子は、控訴人に対し、

『仕事が早くできないのであれば、早く出勤して仕事をかたづけるように言ってあるはずです。努力すべきです。』

と発言したことが認められる。」

 これは、分かりやすく言えば、時間外勤務を慫慂するものです。

カ.平成27年10月30日の館長の言動

「被控訴人丙川館長は、控訴人に対し、同日午前11時頃から約37分間、本件美術館応接室で、被控訴人月子立会いのもとで、

『あなたの仕事ぶりでは、はっきり言うと、まぁこの間、ちょっと申し上げたけど、「ここでは無理ですよ。」と』

『あなたの性格では、・・・「ここは難しいですよ。」と、申し上げたのだけど、それは、『改善なり、方向転換なり、あるいはもって生まれた性格を変えろと言うのは無理な話なのか。・・・』

『この美術館では非常にあなたをどうやって仕事をしてもらえばいいかよくわからなくなってしまった。』

『ここの美術館ではいらない人。』

『申し訳ないけど、その時は、辞表を書いていただく。』

(控訴人からの解雇ではなく、辞表を書くのかという質問に対し)『もちろん、そうです。』

と発言したことが認められる。」

3.裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、一連の言動に違法性を認めました。

「被控訴人月子、被控訴人雪子及び被控訴人丙川館長の一連の各言動は、本件美術館の館長や被控訴人法人の前代表理事の娘等の地位、立場にある者らが、採用間もない控訴人に対して、一方的に非があると決めつけ、控訴人の性格や感覚を批判し、『非常識』『信頼関係ゼロ』『ここの職員としてふさわしくない』などと非難して職場から排除しようとするものであって、社会的相当性を逸脱する違法な退職勧奨であると認められる。」

「控訴人に対する慰謝料額は60万円をもって相当と認める。」

4.「感覚」「常識」に基づく上司からの叱責は、その合理性を疑ってみてもいい、正しいのはあなたの性格や感覚の方である可能性もある

  「感覚」「常識」といった抽象的で内容の良く分からない言葉が叱責の中に出てくるのは、論理的に問題点を指摘できないからである可能性があります。

 きちんと論理的に間違いを指摘できないものの、こいつは気に入らない、そういう時に「感覚」「常識」といった魔法の言葉は登場しがちです。

 しかし、判決が指摘しているとおり、本件で間違っているのは、美術館側の同族正社員たちの「感覚」「常識」だと思います。

 長期間、「非常識」だとか、「お前の感覚はおかしい」だとかいった言葉で罵倒を受け続け、自分自身に非があるように思いこみ、自信を失っている人がいるかも知れません。

 しかし、叱責の中に「常識」「感覚」といった言葉が出てきたら、間違っているのは彼らの常識や感覚なのであって、私の常識や感覚ではないのではないか、といった視点を持ってみても良いと思います。

 どちらが正しいのか判断がつかないようであれば、弁護士に相談してみると良いと思います。根拠のない思い込みから自分自身を解き放つきっかけになるかもしれません。