弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

社員の個人事業主化

1.社員の個人事業主化

 ネット上に、

「タニタ社長『社員の個人事業主化が本当の働き方改革だ』という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190723-66668864-business-soci&p=1

 記事によると、

「対象はタニタ本体の社員のうち、希望する人。退職し、会社との雇用関係を終了したうえで、新たにタニタと『業務委託契約』を結ぶ。独立直前まで社員として取り組んでいた基本的な仕事を『基本業務』としてタニタが委託し、社員時代の給与・賞与をベースに『基本報酬』を決める。基本報酬には、社員時代に会社が負担していた社会保険料や通勤交通費、福利厚生費も含む。社員ではないので就業時間に縛られることはなく、出退勤の時間も自由に決められる。」

「基本業務に収まらない仕事は『追加業務』として受注し、成果に応じて別途『成果報酬』を受け取る。タニタ以外の仕事を請け負うのは自由。確定申告などを自分で行う必要があるため、税理士法人の支援を用意している。契約期間は3年で、毎年契約を結びなおす。」

という仕組みのもとで社員の個人事業主化が進められているとのことです。

2.社員の個人事業主化という発想の背景

 非正規雇用を使用者に都合良く使うことは、段々と難しくなってきつつあります。

 幾つか例を挙げると、労働契約法19条は、有期雇用の労働者を雇止めすることに一定の制限を課しています。同法18条は、一定の有期雇用労働者に対し、無期雇用契約への転換権を認めています。同法20条は、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間に、不合理な労働条件格差を設けることを禁止しています。

 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条は、短時間労働者と通常の労働者との間に、不合理な労働条件格差を設けることを禁止しています。同法9条は、通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いを禁止しています。

 労働者派遣法30条の3は、派遣元に派遣先の労働者との均衡を考慮した待遇の確保を求めています。同法40条の6は、一定の法違反を犯した派遣先に対し、労働契約の申込みをしたものとみなすことを規定しています。

 法整備が進められて行くにつれ、低コストの労働者・契約関係を清算し易い労働者を使用する余地は狭まりつつあります。

 こうした立法の流れを受けて、使用者側が労働法そのものの適用を免れるため、個人事業主との業務委託という法形式に注目するのは、当然予想されることで、別段驚くようなことではありません。

3.東京高判平30.10.17労働判例1202-121ミヤイチ本舗事件

 社員の個人事業主化に関しては、既にはしりになる裁判例が出されつつあります。

 近時の判例集に掲載されていた、東京高判平30.10.17労働判例1202-121ミヤイチ本舗事件も、その一つです。

 本件で原告(控訴人)になったのは、自動車の運転代行業を営む会社で働いていた方2名です。

 自分達は労働者にあたるとして、未払賃金や、未払残業代の支払いを求めて、会社を訴えました。

 これに対し、会社は、原告らの労働者性を争いました。

 原告のうち1名は平成24年7月頃から、もう1名は平成24年5月22日から被告(被控訴人)会社で運転代行業に従事していました。

 平成25年7月、被告会社は、自動車運転代行業務に従事する者を集め、原告らを除くその他の者との間で業務委託契約書を作成しました。しかし、原告らとの間では業務委託契約書が作成されることはありませんでした。

 こうした状況のもとで、原告ら2名の労働者性が議論されました。

 一審では労働者性は否定されましたが、高裁は次のように述べて原告らの労働者性を認めました。

「まず、控訴人らは、就業規則と題する書面・・・に署名押印させられ、勤務時間を定められ(5条1項)、職務専念義務(4条1号)及び被控訴人の指示に従う義務(9条)を課せられた上、就業規則に定めのない事項は労働基準法その他の法令の定めるところによる(1条2項)とされていた・・・。さらに、具体的な仕事の進め方についても、『代行本舗社内遵守事項』・・・が定められており・・・控訴人らは、業務遂行にあたって、仕事開始時間、待機の場所等について具体的に指示され、時間的場所的拘束を受けるだけでなく、被控訴人の指示に従う義務を課されるなど、被控訴人の包括的な指揮監督に服していた。

「次に、具体的な業務内容である勤務シフトは、被控訴人側が一方的にシフト表を作成し・・・、シフト表に従った勤務をできないときは、被控訴人の許可が必要であり・・・、許可なしに勤務しなかった場合には、『代行本舗 社内遵守事項』・・・によって、最高で1日2万円の制裁が科される・・・。したがって、各月の運転代行業務について、控訴人らに諾否の自由があったとは認められない。

「さらに、他の代行運転者が業務委託契約書を交わしているのに対し、控訴人らについては、業務委託契約書が作成されていない上、控訴人らの業務は、他の代行運転者と異なるものであった。すなわち、控訴人らは、他の代行運転者よりも早く出社して、自動車を駐車場から事務所に移動させる業務、顧客を紹介する飲食店への手土産の購入などの業務、シフト表の作成業務、控訴人甲野については電話番と手配業務などをしていたが・・・、これらは代行運転に係る業務委託契約の範囲を超える業務であるというほかない。

「そして、控訴人らは、歩合報酬だけでなく、控訴人甲野が電話番として勤務する以外の場面においても職務手当及び役職手当との名目で支払を受けていたこと・・・、控訴人の決算報告書において、控訴人らに対する支払いを業務委託料ではなく給料手当として計上していること・・・からしても、被控訴人も控訴人らとの関係を雇用関係であると理解していたとうかがわれる。」

「これらの諸事情を総合すると、控訴人らと被控訴人との関係は労働契約に基づくものというべきである。

控訴人らの報酬において、雇用保険及び社会保険の保険料が控除されていなかったことは上記認定・;判断を左右するものではない。

(補足:業務委託契約書が作成されなかった理由について)

「控訴人らとの間で作成されなかった理由について、被控訴人は、控訴人らの素行の面から控訴人らとの契約についてはいかなる形でも残しておきたくなかったからであると主張する。しかしながら、上記主張は、その内容自体が不合理なものである上、被控訴人がその後も同年12月までは控訴人らを自動車運転代行業務に従前と同様の態様で従事させていることと矛盾するものであり、採用することができない。」

4.社員の個人事業主化に伴う紛争

 上述したような背景があることから、社員の個人事業主化・それに伴う紛争は、今後、増加して行く可能性が極めて高いと思います。

 こうした紛争では、労働者性が認められるか否かが争点の一つとなる場合が多いのではないかと思います。

 しかし、労働者性に関する判断は、判断要素が抽象的で、裁判官によるブレ幅が大きく、なかなか安定しません。

 本件では、原告ら2名について業務委託契約書を交わしていなかったり、原告らに任せる業務の外縁が不明確であったり、原告らへの支払いを給料のまま決算処理をしていたりするなど、被告・被控訴人会社側で、個人事業主化に伴う対応が、それほどしっかりとはされていませんでした。

 それでも、一審の裁判官は、労働者性を否定する判断をしました。

 労働者性に関する争いは、特に丁寧な主張・立証活動が必要になります。

 不本意な形で個人事業主化の波にのまれてしまった、しまいそうになっているという場合には、早い段階から対応を弁護士に相談することをお勧めします。