弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

名ばかり支店長

1.管理監督者

 時間外労働や休日労働には、割増賃金(残業代)を支払わなければなりません(労働基準法37条1項)。

 しかし、これには例外が設けられています。

 労働基準法41条が、

「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)

には、

「この章、・・・で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、・・・適用しない。」

と定めているため、管理監督者には残業代を支給しなくても良いことになっています。

 これが、俗に「管理職には残業代が支払われない」と言われる由縁です。

 ただ、管理監督者であると認められるためには、そう言えるだけの実態が必要です。

 佐々木宗啓ほか編『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕172頁には以下の記載があります。
 「裁判例では、管理監督者の定義やその具体的判断基準・要素等を明示した最高裁判例はないが、下級審裁判例の多くは、基本的には上記行政解釈を踏まえ、おおむね①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めている。」

 こうした実態を有していないにもかかわらず、管理職の名札を付けさせて、残業代を支払わないのが、いわゆる「名ばかり管理職」の問題です。

 この管理監督者にスポーツクラブを運営する会社の支店長が該当するのかが争われた裁判例が公刊物に掲載されていました。

 東京高判平30.11.22労働判例1202-70コナミスポーツクラブ事件です。

2.コナミスポーツクラブ事件

 この事件は元支店長が会社に対して残業代を請求した事件です。

 会社側は元支店長が管理監督者に該当するとして残業代の支払義務を争いましたが、裁判所は支店長の管理監督者性を否定しました。

 ①単に業務が多岐に渡るだけで実質的な決定権を持たないようでは経営者と一体的な立場にあるとはいえない、②労働時間の実態把握や健康管理上の必要性を超えて労働時間管理が行われていた、③賃金面等で管理監督者としての地位にふさわしい待遇がなされていたとはいえない、というのが理由の骨子です。

 以下に参考になる判示部分を引用します。

 控訴人とあるのが被告会社のことで、被控訴人とあるのが原告になった元支店長です。

「アルバイトの採用や解雇について最終的に控訴人の人事部の決裁を受ける必要があることは前記引用に係る原判決が認定するとおりであり、また、アルバイトの採用については控訴人の人件費や運営モデル等において控訴人が定める総労働時間の枠による制限があるのであり、被控訴人の申請が承認されないことはなかったとはいえ、それは被控訴人が運営モデル等の範囲内で申請を行っていたからにすぎず(原審被控訴人本人)、被控訴人が、アルバイトの契約の更新や配置、一定範囲内での時給の決定などを単独で行っていたとしても、アルバイトの人事について実質的な決定権を有していたと評価することはできない。そして、支店長を含む従業員の労働時間の管理が年間カレンダー、勤務計画表、勤怠管理システム、タイムカードで行われていたほか、支店長については支店長スケジュール(計画と実績)の記載を含む週報の提出が求められていたことは引用に係る原判決の認定するとおりである。さらに、労務管理以外の点について言えば、プログラムの変更・新規導入、販売促進活動、施設・設備の修繕、備品の購入等について事前に直営施設運営事業部やエリアマネージャー等の上長の事前の承認が必要であったことも原判決認定のとおりである。控訴人は、支店長は多岐にわたる事項を適時にかつ適切に処理しなければならないから、労働時間等の規制の枠組みを超えて活動せざるを得ないような立場にあったと主張するが、多岐にわたる支店長の業務において実質的な決定権がどこまであるかという点が問題とされなければならないのであって、単に所管事項の広さから当然に管理監督者に当たるものではない。

「支店長についても、タイムカードに打刻するよう求められていた・・・そして、年間の総労働時間が1900時間となり、各月の労働時間数が一定の範囲内に収まるように勤務計画表を作成することや、週報により勤務予定や勤務実績の報告が求められていたことなど、労働時間の実態把握や健康管理上の必要性を超えて、労働時間の管理が一定程度行われていたとみるべきことは、前記引用に係る原判決が説示するとおりであり、このような管理が行われていたということは、労基法が定める労働時間の規制の枠組みを超えて活動することが要請されている管理監督者の地位にもそぐわないというべきである。」

「控訴人は、被控訴人がM2級からM3級に昇格してSM職層になって更に支店長に昇進することで月額9万円の増額となるところ、被控訴人の残業時間が1月当たり約37時間にとどまる限り、支店長昇進前の時間外割増賃金相当分と大差ないことから、管理監督者に相当する処遇を受けていたと評価されるべきであると主張する。しかしながら、そもそも被控訴人が本件請求期間中に支店長であった期間の1か月平均の時間外労働時間数は41時間11分であって、上記の約37時間を超えているのであり、支店長の広範な職責を踏まえると、管理監督者としての地位にふさわしい待遇がされていたと認めることはできない。
「被控訴人の職責や権限、勤務態様や待遇等に照らせば、被控訴人が労基法41条2号に定める管理監督者の地位にあったと認めることはできず、控訴人が当審において主張するところは、前記認定を左右するものではない。」

 また、待遇に関しては、第一審の下記の判断も是認されています。

 原告とあるのが元支店長で、被告とあるのが会社です。

「前記認定事実のとおり、支店長は、月額5万円又は6万円の役職手当が付与されるものとされており、原告も5万円を同手当として支給されていた上、本給部分についてみると、職能給部分について、M2級からM3級に昇格する際には昇格昇給4万円が付されるものとされていた一方、少なくとも平成25年4月以降、非管理職の最上等級であるM2級の職能給の範囲本給の幅(レンジ)が15万5000円以上20万1000円以下であったのに対し、M3級の範囲本給の幅(レンジ)は16万円以上23万円であり、これらにおいて想定されるその差は僅かであるばかりか、管理職であるM3級の範囲本給の額が非管理職であるM2級の範囲本給の額を下回る可能性もあったこと、職能給について上記昇格昇給と範囲本給との関係は明確ではないものの、範囲本給の額に昇格昇給の額が加算されるとしても、これに役職手当を加算した場合、M3級とM2級の金額差は4万9000円の差に留まるものとなる可能性もあったこと(なお、M2級において役職手当が加算される場合には、その差はさらに縮まることになる。)、また、前記のとおり、支店長が、人員不足の状況を踏まえて、管理業務のみならず、フロント業務やインストラクター業務等一般の従業員と同様のシフト業務も日常的に携わらざるを得ない状況にあって、恒常的に時間外労働を余儀なくされていたという勤務実態も併せ考えれば、時間外労働及び休日労働に係る割増賃金の支給がされないまま、上記額の役職手当の支給のみでもって、支店長に対し、管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がされているとはいい難い。

3.管理されているばかりで権限がなく、適切な処遇もなされていない〇〇長の方へ

 コナミスポーツクラブ事件の支店長のような〇〇長は、相当数いるのではないかと思っています。

 法律相談をしている中でも、

〇〇長として多岐に渡る業務を所管させられている一方、意思決定には何をするにも本社・経営部門の承認が必要であるだとか、

管理職であるはずなのにタイムカードで勤怠がチェックされているだとか、

恒常的に残業があって出退勤の自由があるどころではないだとか、

管理職としての業務が付加されただけで現場での業務も引き続き担当しているだとか、

手当こそ付くようになったものの、残業代が支給されないため昇進前よりもむしろ収入が減っただとか、

そういった話は枚挙に暇がないように思われます。

 上記のような事情が認められる場合には、管理監督者としての実態に欠けるとして、残業代を請求できる可能性があります。

 昇進したはずなのに・〇〇長であるはずなのに、残業代が払われなくなっただけで実態は変わらない、そういったことに釈然としない思いをお抱えの方は、自分が本当に管理職(管理監督者)と言えるのかを、一度、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。