1.主張の「欠落」
主張や供述の信用性を判断するにあたっての着眼点の一つに、「変遷」があります。
これは、分かりやすく言うと、
同じ出来事について、一貫して同じ話をしている人は信用できる、
同じ出来事について、ある時点ではAと言っていたのに、別の時点ではBと言っていたといったように、言うことが二転三転する人の話は信用できない、
という指標です。
この「変遷」と似た概念に、「欠落」があります。
欠落とは、
ある時点で当然言われていなければならない重要な事実が話されていないこと、
を言います。分かりやすく言うと、
そんなに重要なことなら、早いうちに話されていなければおかしいのに、時間が経過した後、唐突に出てくるのは不自然である、
という経験則のことです。
民事訴訟には「適時提出主義」という考え方が採用されています。
これは、民事訴訟法156条の、
「攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならない。」
という法文に根拠があります。分かりやすく言うと、
重要なことは、タイミングを逸するうことなく早く言ってくれ
という考え方です。
この「適時提出主義」と「欠落」というルールが結びつくと、
訴訟の初期段階できちんと主張されていない事実が、審理の進行した段階で唐突に言い出され、重要な事実だと強弁されたところで、そのような主張は信用できない、
という考え方が導き出されます。
近時公刊された判例集に、この考え方が適用され、使用者側の解雇事由に係る事実が認定されなかった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令7.11.28労働判例ジャーナル171-52 オフィース・T事件です。
2.オフィース・T事件
本件で被告になったのは、医療法人社団cから医療事務等を受託している、いわゆるメディカル・サービス法人(株式会社)です。
原告になったのは、被告と期間の定めのない雇用契約を締結し、患者を自動車により送迎する業務等に従事していた方です。被告から違法に解雇されたと主張し、慰謝料等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の被告は幾つかの解雇事由を主張しましたが、その中の一つに、
「令和3年11月11日、同年12月9日、同月23日の3回、本件クリニックの患者の送迎に大幅に遅れた。」
という遅刻の事実がありました。
裁判所は、11月11日の遅刻の事実は認定しましたが、次のとおり述べて、12月9日の遅刻、12月23日の遅刻の事実は認められないと判示しました。結論としても、本件解雇は無効だとされています。
(裁判所の判断)
「令和3年11月11日の居眠りと遅刻については、被告証人の証言が具体的で本件患者の受付時間・・・及び翌日のd理事長のメッセージ・・・により裏付けられていること、被告が同日の居眠りと遅刻について答弁書から一貫して主張していることからすると、本件総務担当者の陳述・・・及び供述(被告証人)は基本的に信用することができ、認定事実・・・を認定することができる。」
「他方、同年12月の2回の遅刻については、
令和5年7月提出の答弁書には、患者の送迎の遅刻が同年11月11日以外にあったことを示唆する記載は一切なく、
同日以外にもあったことが初めて主張されたのは、令和6年10月18日提出の被告準備書面(4)においてである。
答弁書に前記・・・のような関連法人内部の比較的軽微な事実や、結局具体的な事実として特定されなかった医師の送迎に来ないことが複数回あったという事実まで記載されていることからすると、
答弁書作成に当たって当時の被告訴訟代理人弁護士と打ち合わせをした者は、より重大かつ具体的に特定可能な患者の送迎の遅刻が複数回あったことは伝えなかった
と推認される。本件総務担当者がcに令和7年時点で16年以上勤務し・・・、その上司はcの事務長(被告代表者を兼任)で、d理事長と話す機会が多いこと・・・からすると、令和3年12月の2回の遅刻が同弁護士に伝わらなかったことは不自然というほかない。本件患者の受付時間が通常より40分前後遅かったことは、原告の送迎の遅刻が原因であることを直接裏づけるものではない。そうすると、同月の2回の遅刻に関する本件総務担当者の陳述書・・・及び供述(被告証人)を信用することはできず、原告が同月に2回、送迎に遅刻した事実を認めることはできない。」
3.ドライに割り切られた例
裁判体の中には、訴訟対応の巧拙によって結論が変わることに消極的な考えを示すものが少なくありません。そうした背景もあり、主張や供述の信用性を排斥する理由として、時機を逸していたことが明示的に指摘される事案は、それほど多くはありません。
しかし、本件の裁判体は、
答弁書に出ていない
⇒ 最初の段階で弁護士に言っていなかった
⇒ 重要なことを最初期の段階で言っていないのはおかしい、
と議論を進め、後出しの主張・供述など信用できないと結論付けました。
本裁判例は、解雇事由等の重要な事実の後出しに対抗して行くにあたり、積極的に活用して行くことが考えられます。