1.雇止めの効力を争う事件
労働契約法19条柱書は、
「有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。」
と規定しています。
そして「次の各号」として、
① 期間の定めのない契約と同視できるような場合、
② 契約の更新に向けた期待に合理的な理由がある場合(合理的期待ある場合)
が挙げられています。
要するに、雇止めの効力を争うには、
ア.各号該当性、
イ.更新の申込み、もしくは、契約締結の申込み、
ウ.客観的合理的理由の欠如、
エ.社会通念上の相当性の欠如、
が必要になってきます。
本日、焦点を当ててみたいのは、
契約更新の申込み、もしくは、契約締結の申込み、
の部分です。
雇止めを通告されてすぐに法律相談に来てくれるようなケースでは、弁護士が本人を代理して「更新の申込み」や「契約締結の申込み」を通知するので、普通、この要件が問題になることはありません。
しかし、労働者自身が雇止めは問題だと思いながらも、しばらくの間、自力で対応がなされているようなケースでは、内容証明郵便等の明確な形で「更新の申込み」や「契約締結の申込み」がなされないまま、時間だけが経過している例も散見されます。
法文上は「遅滞なく」しなければならないと書かれているので、時機を逸していることは、致命的な問題に発展しかねません。
このように雇止めとなった労働者が対象となる契約の終了からしばらく時間が経って弁護士のもとに相談に来たようなケースでは、何某かの挙動・行為を「更新の申込み」や「契約締結の申込み」と評価・解釈できないかを考えて行く必要があります。
近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、那覇地判令6.11.22労働判例ジャーナル156-14 学校法人SOLA学園事件です。
2.学校法人SOLA学園事件
本件で被告になったのは、専門学校を設置する学校法人です。
原告になったのは、
救命救急士の資格を持ち、P5救急救命学科の教員として稼働していた方(原告P1)
柔道整復師の資格を持ち、P5柔道整復学科で教員として稼働していた方(原告P2)
キャリアコンサルタントの資格を持ち、驚愕部就職課職員として稼働していた方(原告P3)
の3名です。
原告らの雇用形態はいずれも有期契約で、被告から雇止めされたことを受け(令和4年3月31日付け)、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では
「契約期間満了後遅滞なく有期労働契約締結の申込みをしたといえるか」
が争点となり、これについて、被告は、次のような主張を展開しました。
(被告の主張)
「原告らが契約期間満了後に出勤したのは、飽くまで退職届の提出ないし退職手続を進めるべく業務の引継ぎや私物整理等をするためにすぎず、これをもって契約終了について何らかの反対の意思表示を行ったものとはいえない。」
「また、原告らが仮処分を申し立てたのは令和4年4月28日であり、契約期間満了後、遅滞なく有期労働契約の申込みを行ったとはいえない。雇用契約締結の申込みを口頭・書面で通知するなどより簡易な方法があったにもかかわらずこれを取らなかったのであるから、この遅滞に合理的理由もない。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、P2、P3との関係では契約締結の申込みがなされていると判示しました。
(裁判所の判断)
「労働契約法19条柱書にいう有期労働契約の「更新の申込み」ないし「締結の申込み」については、使用者による雇止めの意思表示に対し、労働者による何らかの反対の意思表示が使用者に伝わればよく、要式行為ではないと解される。」
・原告P1について
「上記・・・で認定した事実によれば、原告P1は、令和3年12月中旬以降、令和4年3月8日にかけて、次年度の契約に関し、被告代表者らと4回にわたって面談をしたほか、同月18日には電話で非常勤講師として勤務してほしいとの依頼も受けたが、結局、これを断っており、他に、原告P1が、契約期間満了の同月31日までの間に、令和4年度以降も被告で勤務したい旨の意向を伝えることはなかった。また、原告P1は、同年4月1日以降、同日、同月6日及び同月12日の3度被告に赴いているが、同月1日は、自席で私物等の整理をし、P12から退席するよう言われた際も特に異議を述べず、無保険状態になるから諸手続のための書類が欲しい旨を伝えただけであり、同月6日及び同月12日についても、退職のための手続を進めただけであった。」
「原告P1が、被告から打診された非常勤講師としての勤務を断ったのみならず、被告に対し、新たに学科長となることが決まっていたP13の下では働かない旨を明確に述べていたことも併せ考えると、同月1日以降被告に赴いたのは、もっぱら退職手続を進めるためであったとみるのが相当である。」
「この点、原告P1は、同年4月1日、P12に対し、今後も学園で働きたい旨を伝えたと主張し,これに沿う供述(原告P1本人)をする。しかし、本件訴訟においては、当初から、契約期間満了後遅滞なく有期労働契約締結の申込みをしたかどうかが争われていたにもかかわらず、原告P1は、上記供述をする以前に、上記主張をしておらず、原告P1の陳述書・・・にも記載されていない。このような本件訴訟の経緯を踏まえると、裏付けに乏しい原告P1の上記供述部分はにわかに採用できない。」
「また、原告P1は、令和4年度からP13が新学科長となると聞き、P13の下では働かない旨を述べたが、その後、P13が学科長となったとしても、不本意ではあるが、教員として働きながらP13と闘おうと考えるに至り、同年4月1日以降も出勤したなどとも主張する。」
「しかし、原告P1が同日を含めて3度被告を訪れた際の言動は上記・・・のとおりであって、上記主張に沿う言動をしたと認めるに足りる証拠はない。少なくとも、原告P1が、被告に対し、被告による雇止めの意思表示に対する何らかの反対の意思表示をしたと評価し得る言動をしたとはいえず、被告に反対の意思表示が伝わったとはおよそいえない。」
「原告P1は、雇止めから約1か月が経過した令和4年4月28日、被告を相手方として仮処分の申立てをした・・・ものの、上記アのとおり、原告P1は被告から打診された非常勤講師としての勤務を断ったのみならず、被告に対し、新たに学科長となることが決まっていたP13の下では働かない旨を明確に述べており、同月1日以降ももっぱら退職手続を進めるために被告を訪れていたにすぎないとの経緯を踏まえると、契約期間満了後約1か月が経過した時点における仮処分の申立てをもって、契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをしたものとは認め難い。」
「そのほか、原告が指摘する諸点を考慮しても、上記判断は左右されない。」
「したがって、原告P1については、契約期間満了後遅滞なく有期労働契約締結の申込みをしたと認めることができないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告P1の請求は理由がない。」
・原告P2及び原告P3について
「上記・・・で認定した事実によれば、原告P2は、被告代表者から契約更新の話はなかったことにして、令和4年3月で契約終了とすることを伝えられた際に、契約書には原則更新とする旨記載されていたことを指摘していた上、雇止めに納得できず、同年4月1日以降も3日間にわたり被告に出勤しており、同月6日には、前日に契約期間満了のため帰宅するよう言われたにもかかわらず出勤し、契約期間満了に納得していない旨述べている。」
「以上の事情に照らせば、被告による雇止めに対して、原告P2による反対の意思表示が被告に伝わったと認められる。」
「また、上記・・・で認定した事実によれば、原告P3は、同月1日及び同月4日と、連続した平日2日間にわたり被告に通常より早めに出勤した上で、被告職員に帰宅するよう促されるまで業務を行っており、これは、被告による雇止めに対して、原告P3が反対の意思表示を示したものとみるのが相当であり、かつ、その意思表示が被告に伝わったと認められる。」
「これに対し、被告は、原告P2及び原告P3が出勤したのは私物の整理等退職手続を進めるためにすぎないと主張するが、かかる事実を的確に裏付ける事情は見当たらない。」
「したがって、原告P2及び原告P3は、それぞれ契約期間満了後遅滞なく有期労働契約締結の申込みをしたと認められる。」
3.出勤していればフォロー可能だが、1か月後の仮処分でもダメなことがある
上述のとおり、裁判所は、出勤している原告P2、P3との関係では有期労働契約締結の申込みをした事実が認められると判示しました。
内容証明郵便ほか文書による明確な意思表示がなかったとしても、有期労働契約締結の申込みをした事実が認知されている点で、実務上参考になります。
また、怖いなと思うのが、原告P1について、有期労働契約締結の申込み等の事実が否定されているところです。期間満了後1か月後に仮処分の申立てというのは、事件処理のスピードとして決して遅くありません。むしろ、それなりに迅速に対応されている方だと思います。そうした事実がありながら、裁判所は、仮処分以前の原告P1の挙動等を根拠に、有期労働契約締結の申込みをした事実を否定しました。
こうした事案があることを考えると、やはり、雇止め事案について、漏れなく争っていくためには、
雇止めになった後、弁護士のもとに相談に行くのではなく、
雇止めを予告、予感した時点から、弁護士に相談しておく、
ことが大切だなと思います。