1.競業避止義務
労働契約の終了後の競業避止義務については、次のとおり理解されています。
「労働契約の終了後については、信義則に基づく競合避止義務は消滅し、就業規則や労働契約等の特別の定めがある場合に限り、それらの約定に基づいて競業避止義務が認められるものと解されている。もっとも、競業行為の制限は、使用者の営業の利益を守ろうとするものである反面、退職労働者の職業選択の自由(憲法22条参照)を制限するという側面や、競争制限により独占集中を招き一般消費者の利益を害するという側面もあるため、その有効性・・・が問題となりうる。この点について、代表的な裁判例は、競業の制限が合理的範囲を超え、退職労働者の職業選択の自由等を不当に拘束する場合には、その制限は公序良俗に反し無効になるとしたうえで、この合理的範囲の確定にあたっては、①競業制限の期間、②場所的範囲、③制限対象となる職種の範囲、④代償の有無等を基準に、ⓐ使用者の利益(企業秘密の保護)、ⓑ退職労働者の(不)利益(転職、再就職の自由)、ⓒ社会的利害(一般消費者の利益)の3つの視点に立って慎重に検討することを要するとしている」(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕987-988参照。
要するに、競業避止義務の存否に関しては、
約定(合意)があるか、
当該合意は有効なのか、
という二段階審査が行われているということです。
競業の問題は、実務上、割と問題になることが多いのですが、近時公刊された判例集に、競業避止義務の黙示的な合意について「慎重な検討が必要である」という事実認定上のスタンスを打ち出した裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.10.1労働判例ジャーナル155-34 あもる訪問看護ステーション事件です。
2.あもる訪問看護ステーション事件
本件で原告になったのは、訪問看護事業を営む合同会社です。
被告になったのは、
同じく訪問看護事業を営む合同会社(被告会社)
被告会社の代表社員(被告B)
の二名です。
原告は、被告会社に対し業務委託料を支払っていたほか、被告Bを雇用して訪問看護事業所を運営していました。このような経緯のもと、原告を退社した後、被告会社の代表社員として競業を行った被告Bに対し、損害賠償の支払等を求める訴えを提起しました。
競合避止義務の黙示の合意との関係での原告の言い分は、次のとおりでした。
(原告の主張)
「被告会社は事業所の継続が不能となり、原告から救済を受け、原告との間で業務委託契約を締結するに至ったという経緯に鑑みると、被告らは、原告との間で、原告との契約解消後相当な期間については、同一地域において同一又は類似の営業をしないという黙示の合意をしたというべきである。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、黙示の競業避止義務の成立を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、被告会社は事業所の継続が不能となり、原告に救済を受け、被告会社は原告との間で業務委託契約を締結するに至ったという経緯に鑑みると、被告らは、原告との間で、原告との契約解消後相当な期間については、同一地域において同一又は類似の営業をしないという黙示の合意をしたという旨主張する。しかしながら、使用者が労働者との雇用契約の締結に当たって、競業避止義務が必要であれば、少なくとも雇用契約書で競業避止義務条項を入れることは比較的容易になし得るものであり、競業避止義務が労働者の職業選択の自由を制約することに照らすと、競業避止義務の黙示の合意の成立については慎重な検討が必要である。そして、被告Bが、『あもる』の利用者を原告の『D』に引き継ぎ、原告の従業員として勤務を開始するに当たって、今後、原告を辞職した後、東大阪市内で同種事業を行わない旨の義務を負っていたことを認識していたことを窺わせるに足りる事情は見出し難い。そうすると、原告が指摘する経緯をもって、被告らが原告に対し、原告との契約関係が終了した後に、相当な期間については、同一地域において同一又は類似の営業をしない旨を黙示に合意したと認めることはできない。」
3.競業避止義務の黙示の合意は厳しいであろう
制約が強烈ですし、やはり「競業避止義務の黙示の合意」という法律構成には、無理があるように思います。
業務受託者であった会社も含め、「被告ら」の黙示の合意が否定されたことは、実務上参考になります。