1.労働契約の申込みのみなし制度
一定の行為を行った派遣先は、派遣労働者に対し、労働契約の申込みをしたものとみなされます(労働者派遣法46条の6第1項)。
一定の行為には、禁止業務に従事させること、無許可事業主から労働者派遣の役務の提供を受けること、事業所単位の期間制限に違反して労働者派遣を受けること、個人単位の期間制限に違反して労働者派遣を受けること、いわゆる偽装請負が該当します。
しかし、これは飽くまでも申し込みの擬制です。契約が成立するには、申し込みに対する承諾の意思表示が必要になります。
それでは、承諾の意思表示があるといえるためには、具体的にどのようなことがなされている必要があるのでしょうか?
この問題が議論の対象となった裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋地判令2.7.20労働判例1228-33 日本貨物検数協会(日興サービス)事件です。
2.日本貨物検数協会(日興サービス)事件
本件は、偽装請負によって派遣されていた労働者達が原告となって、みなし申し込み制度によって派遣先との間で労働契約が成立したことを理由に、派遣先に対して地位確認を求める訴えを提起した事件です。
本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに「承諾」の意思表示が認められるか否かという問題があります。
原告らは、労働組合を通じて、被告会社に対し、原告らを被告の正社員にするように何度も要求していました(本件各要求等)。こうした団体交渉が果たして労働契約の成立に必要な「承諾」といえるのかが争われました。
なぜ、こうしたことが問題になるのかというと、みなし申し込みに対する承諾は、問題行為が止んだ後、1年以内にしなければならないと期間制限が設けられているからです(労働者派遣法40条の6第2項3項)。団体交渉による直接雇用の申し入れは制限期間内に行われていましたが、明示的に承諾の意思表示を行った時には、期限が徒過していました。そのため、団体交渉による直接雇用の申し入れが「承諾」に該当するのかが問題になりました。
この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、本件各要求は「承諾」には該当しないと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告らは、原告らに対し、労働者派遣法40条の6第1項5号及び本文に基づき、平成28年3月31日まで、労働契約の申込みをしていたものとみなされ、その効力は、平成29年3月31日まで存続していたところ、原告らは、それ以前にされた本件各要求等が、被告に対して原告らを雇用することを求める意思を明確に表示しているから、承諾の意思表示に該当する旨主張する。」
「そこで検討するに、前記のとおり、労働契約の申込みみなし制度は、違法な労働者派遣の是正に当たって、派遣労働者の希望を踏まえつつ雇用の安定が図られるようにすることを目的とするものであるところ、ここで労働者の希望を的確に反映するために、当該行為が行われた場合に労働者派遣の役務の提供を受けた者との間に直ちに労働契約を成立させるのではなく、その成立を労働者の承諾の意思表示に係らしめることで、労働者に対して派遣元との従前の労働契約の維持と派遣先との新たな労働契約の成立との選択権を付与したものであるといえる。そして、労働者派遣法40条の6第1項に基づくみなし申込みに対する承諾の意思表示は、このような選択権の行使の結果として派遣先との間に新たな労働契約を成立させるものであるから、通常の労働契約締結における承諾の意思表示と何ら異なるものではない。」
「原告らは労働者がみなし申込みの存在を明確に認識することが困難である以上、これに対する承諾を一般の承諾と同様に解すべきではなく、派遣先に対する直接雇用の意思が表示されれば足りるなどと主張する。しかし、労働者がみなし申込みの存在を明確に認識せずに労働者派遣の役務の影響を受ける者に対して直接の雇用の要望を出すなどしたとしても、それは、労働者の自由な意思による上記選択権の行使と評価することはできず、むしろ、このような場合にまで労働契約の成立を認めることは、例えば、派遣先の信用状態に問題があるなどの事情もあり得ることを考慮すると、労働者の希望を的確に反映したことになるとは限らない。よって、この点に関する原告らの主張は、いずれも採用できない。」
「以上を踏まえて本件各要求等をみると、これは、全港湾阪神支部及び全港湾名古屋支部が、被告が原告らを含む日興サービス従業員である組合員を直接雇用することを求めるものである。しかし、本件各要求等は、労働者派遣法40条の6第1項に基づくみなし申込みの存在を前提とするものではなく、むしろ、本件協定に定められた指定事業体の趣旨からすると日興サービスは被告の退職者の受け皿であるべきであるのに現状がそうなっていないことを問題視し、日興サービス従業員を被告に移籍させるべきであるという考えから行われているものであって、しかも、被告との間で、本件各要求等に基づき、今後、直接雇用の対象者、移籍時期、労働条件等について具体的な協議を行うことを予定したものであることが明らかである。そうすると、このような趣旨及び内容の本件各要求等をもって、派遣先である被告の原告らに対する労働契約のみなし申込みを受けて被告との間に新たに労働契約を締結させるためにされた承諾の意思表示と評価することはできない。」
「よって、原告らによる全港湾に対する代理権授与又はその追認や、全港湾阪神支部及び全港湾名古屋支部による顕名の有無について判断するまでもなく、本件各要求等を被告によるみなし申込みに対する承諾の意思表示と認めることはできず、この点に関する原告らの主張を採用することはできない。」
3.裁判所の判断は形式的すぎるように思われるが・・・
直接雇用の要望がある以上、選択権行使の意思は明らかであり、これを認めながら承諾の意思表示を認めなかった裁判所の判断は形式的にすぎるのではないかと思います。
しかし、それはそうと、承諾の意思表示を認めなかった裁判例の存在を無視することはできません。大した手間がかかるわけではないことも考えると、今後、みなし申込み制度の適用が問題になる事案では、承諾の意思表示を明示的に通知しておくことが推奨されます。