1.名誉毀損的な反対尋問
労働事件に限ったことではありませんが、当事者双方の対立が激しい事件では、当事者や証人の尋問も先鋭的なものになりがちな傾向があります。
近時公刊された判例集に、弁護士による名誉毀損的な反対尋問を違法だと判示した裁判例が掲載されていました。
東京高判平30.10.18判例時報2424-73です。
2.東京高判平30.10.18判例時報2424-73
これは証人になった方が、反対尋問で名誉毀損的な質問を行った弁護士に対し、損害賠償請求を行った事件です。
問題の反対尋問が行われたのは、懲戒解雇の効力を争う訴訟でのことです。
この訴訟で、証人の方は、使用者側の立場で労働者の非違行為等を裏付ける証言をしました。これに対し、労働者側の弁護士は、証人の方の過去の退職の経緯に言及し、
「あなたは、そこのC駅の初代駅長をしていたときに、そこのお金を、3000万円くらい横領したということで、やめたということじゃないんですか。」(本件発言1)
「いやいや、解決しているかどうか聞いてるんじゃなくて、その3000万円くらい、横領したということで、やめたんじゃないですかと。」(本件発言2)
(質問の関連性について)「当時、こちらのほうの考えているのは、横領行為があって、首になって、そのことで仕事がなかった。それから、示談して、金額をBに払ってるために、仕事が、どうしても必要だったという事情があって、それで、Pさんのほうに就職させてくれるように頼んできたと、こういう経緯があるんですね。ですから、このようなことは、非常に重要な事実だというふうに思っています。」(本件発言3)
「こういうことなんです。結局、どうしても、働かなきゃならないんです。証人はね。ですから、ここで首になったら困る、そういうことがあって、やはり、会社のほうに対しては、自分の意思に反しても、会社に有利な証言をしなきゃならない立場にある、こういうことなんです。」(本件発言4)
などと発言しました。
本件では、この一連の発言が法的に許容されるのかが問題になりました。
裁判所は次のとおり述べて、反対尋問をした弁護士の行為に違法性があることを認め、同弁護士に慰謝料100万円の支払いを命じました。
(裁判所の判断)
「証人は、事実の存否について攻撃防御をしあう当事者ではない第三者である上、証言の信用性に関わる事実は立証命題ではなく、当該訴訟における争点との関係性は存しないか低いものであるから、証人の信用性に関する事項の質問は必要性のあるものでなければならず、必要性のない質問によって証人の名誉を毀損することは許されない。他方、尋問において摘示された事実によって証人の名誉を毀損されたとしてもその事実が真実か又は真実であると信じたことが相当である場合には、当該質問は、証人の信用性を争うために行われている限り、争点である事実関係を解明するための正当な行為として、許容されているといえる。逆にいえば、証人の名誉を毀損するような事実に係る質問をする場合には、摘示する事実が真実であるか、又は真実であると信じたことに相応の根拠があることが必要であると考えられる。また、名誉を毀損するような質問が許されるためには、質問の表現や態様は態様は相当である必要がある。そして、質問の必要性、真実であることの相応の根拠及び質問の表現や態様の相当性の有無は、当該質問によって毀損される名誉の内容や程度に応じて判断されると考えらえる。」
「民事訴訟における反対尋問において証人の証言の信用性を弾劾する目的で証人の名誉を毀損する質問が行われた場合においては、当該質問によって毀損される名誉の内容や程度、質問の必要性、当該質問において摘示した事実の真実性、又は真実であると信じた相応の根拠の有無、質問の表現方法や態様の相当性を総合考慮し、正当な訴訟活動として違法性が阻却されるか否かを判断するのが相当である。
「労働事件訴訟において、使用者側が雇用する従業員を証人として申請した場合、使用者に対して弱い立場にある当該従業員が使用者側の主張に沿った証言をする傾向があることは当然に想定され、通常みられることである。このような従業員の証人に対して、雇用関係にあることを理由として、証言の信用性を弾劾することに意味があるとは思えない。そして、企業に勤務する従業員において、勤務先を退職したくないということは、ほとんどの者に当てはまることであるから、控訴人に別訴被告を退職したくないということから、控訴人に別訴被告を退職したくない強い事情があったとしても、そのことによって、別訴の争点に関わる控訴人の証言の信用性が特別に減殺されるとはいえない。また、控訴人が前職において約3000万円の横領行為をし、その勤務先と示談をした人物であるという控訴人の行状等についても、仮にそのような事情があったとしても、それを法廷で明らかにすることによって、別訴における争点に関わる控訴人の証言の信用性が減殺されるとは考え難い。」
3.弁護活動の萎縮か/証人確保の容易化か
反対尋問の負担の大きさから証言台に立つことに協力してくれない方は、決して少なくありません。
本件のような判断には、弁護活動の萎縮を招くとの批判もあり得ると思いますが、証人の方にとっての負荷をより少ないものとし、証人の出廷確保を容易にするという側面もあるように思われます。