弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

企業イベントでもらう「お土産」、個人に対する贈与なら法的に問題ない?

1.個人に贈与する意思だったら「お土産」をもらって問題ない?

 ネット上に、

「仕事で行った企業イベントの『お土産』を私物化、法的には誰のもの?」

という記事が掲載されています。

https://www.bengo4.com/c_23/n_10195/

 記事は、

「企業の発表会やPRイベントなどに行くともらえる『お土産』。IT企業に勤めるヨシヒコさんは、仕事の関係で出席するたびに、今日の『お土産』がなんなのか気になっている。」

「ヨシヒコさんがこれまでにもらったお土産は、グラスや体重計、高価なノート、メモ帳、スマホのケーブル、スマホ充電池、microSDカードなど多岐にわたるが、当然のごとく、全て自宅に持ち帰り、私物として使用している。」

という設例のもと、

「仕事で行ったイベントでもらった『お土産』を私物化することについて、法的にはどう考えればいいのか。」

と問題提起しています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「法的には『契約』という観点から考える必要があります。」

「法的いえば、贈与契約が締結されているということになります。 ここで問題となるのは、贈与契約が誰と誰との間で締結されているか、すなわち、取引先が、誰に贈与する意思だったかです。」

「すなわち、取引先が、お土産を、個人に贈与する意思だったのであれば、取引先と個人の間で贈与契約が成立していますから、お土産の所有権は個人にあることになります。当然、私物化に問題ありません。

「他方で、取引先が、お土産を、会社に対して贈与する意思だったのであれば、取引先と会社との間で贈与契約が成立しています。」

「この場合、お土産の所有権は会社に帰属しますから、これを使用・収益・処分する権限は会社にあることになります。」

「ですから、会社に許可なく、私物化すれば、それは横領行為ということになります。」

「もちろん、会社がお土産を私物化することを認めている場合は私物化してよいわけですが、その法的根拠は、会社が贈与を受けたお土産を個人に贈与するというもう一つの贈与契約が締結されたことにより、所有権が個人に移るからということになります」

と贈与契約の当事者性の問題として議論しています。

 しかし、この質問は、単に贈与契約の当事者が誰かを論じれば足りるわけではないだろうと思います。贈与契約が個人との間で成立していれば、それで法的問題がクリアされるという問題ではないからです。特に、贈与契約の当事者が個人であれば、私物化に問題がないと言い切っている点は、誤解を招く危険性があると思います。

2.取引先からの利益供与等を制限している会社は珍しくない

 倫理規範、倫理綱領、行動規範など色々な呼び名がありますが、社内規則として取引先からの贈り物の授受を禁止している会社は珍しくありません。

 例えば、日立グループは、

「日立グループ行動規範」

という文書を作成・公表し、

「日立グループのすべての役員・従業員はこの行動規範を理解・遵守し、高い倫理観を持って、誠実で公正に行動します。」

と行動規範の遵守を社内外に明らかにしています。

https://www.hitachi.co.jp/about/corporate/conduct/index.html

 行動規範には、調達先との関係において、

「購買取引に関して、調達先からの個人的給付は受けとりません。」

と明記されています。

 また、東北電力株式会社は、

「東北電力グループ行動指針」

という文書を作成・公表し、

「役員および従業員は、社会通念上常識の範囲を超える取引先からの贈物および接待は受けません。贈物をする場合および接待する場合も同じです。」

と贈物や接待に対する考え方を示しています。

https://www.tohoku-epco.co.jp/csr/rinri/

 こうした会社では、取引先からの利益供与を受けた従業員を、懲戒処分の対象にすることがあります。

 例えば、支店副支店長当時に取引先から個人的に金銭を借り入れ、また取引先に顧客を紹介したことへの謝礼を受領したことを理由とする銀行員の懲戒解雇が有効とされた事例に、東京地判平12.10.16労働判例798-9わかしお銀行事件があります。

 この事件では、就業規則の、

「職員は、職務に関連して謝礼・慰労、その他いかなる名目によっても贈与および饗応を受けてはならない。」

という規定が懲戒処分の根拠となっています。

3.個人への贈与であったとしても、問題になることはある

 取引先からの従業員個人への贈与であったとしても、利益供与が禁止されている会社では問題になることはあります。

 銀行のような堅い業種では、職務に関連する限り、いかなる名目によっても贈与はダメだとする例もありますし、そうでなくても、社会通念上常識的な範疇を超えるような贈与を受けた場合、問題にされることは十分にあると思います。

 就業規則の規定にもよりますが、トラブルを回避するにあたっては、「お土産」の類を自分のものにしてよいかは、面倒でも一々会社に確認をとっておいた方が安全だろうとは思います。取引先から「あなた個人への贈与だから。」と言われたら大丈夫というものではありません。

 個人に対する贈与なら法的な問題はないと軽信することのないよう、注意喚起になればと、本記事を執筆しました。