弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不慣れな業務への異動直後のミス・成績不良と業績の査定

1.不慣れな業務への配置転換

 ネット上に、

「50代への“退職勧奨”…真綿で首を絞めるリストラ手法とは?」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190930-01604095-sspa-soci

 記事には、

「今年6月、損保ジャパン日本興亜が介護事業を手がけるグループ企業への配置転換も含めた4000人の人員削減を発表し衝撃が走った。」

「コンプライアンスが叫ばれる昨今、さすがに恫喝まがいのクビ切りはできない。代わりに『真綿で首を絞めるようなリストラ手法がトレンド』と人事コンサルタントの林明文氏は話す。」

「損保ジャパン日本興亜のようなケースはどうなのか。」

「『一応、「あなたでも活躍できる場を用意しましたよ」ということなので、リストラではない。ただ、出向や配置転換は不当でない限り拒否できないので、早期退職との二択で悩ませる方向に追い込む形でしょうね』」

といった記載があります。

 不慣れな業務に配置転換し、ミスや成績不良を理由に業績を低く査定し、賞与を殊更に低く査定するなどして退職を迫るという人員削減の手法があるのは、その通りだと思います。

 しかし、一般論として言うと、不慣れな業務に配置転換したところで、短期間で業績を挙げるのは難しいと思います。また、慣れない業務を担当させれば、ミスが生じたり、配置転換先の古参の従業員との間で軋轢が生じることも予想されます。

 こうした場合に、ミスや成績不良等を理由に業績の査定を一挙に低くすることは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたって参考となる裁判例が近時の公刊物に掲載されていました。福岡地判平31.4.15労働判例1205-5キムラフーズ事件です。

2.キムラフーズ事件

 本件は、パワハラをテーマに、過去のブログ記事でも紹介しています。

 https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/09/05/143111

 被告会社はパワハラだけではなく、それまで営業の仕事をしていた原告の方を、工場での製造・包装や出荷の業務に従事させ、作業速度や成果が芳しくないことを理由に賞与を極端に減らすといったこともしていました。

 こうした賞与の査定の在り方に対し、裁判所は次のとおり判示しています。

(裁判所の判断)

「原告の勤務成績については、前記認定のとおり、原告は、甘納豆の製造作業においては、機械のスイッチを間違えたり、注水の際に本来ホースに装着すべき計量器を付けないで注水したりする等の不手際があったことが認められる。また、証拠(甲33、乙10、25、26、証人F、被告代表者、枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、〔1〕原告は、製造部門において、3月から8月中旬頃までは商品の包装作業、それ以外の期間は甘納豆の製造作業に従事していたところ、上記包装作業においては、梱包のための段ボール等の準備を忘れたり、機械が止まった際に、安全確認を忘れて機械を作動させるなど、先輩の従業員の指示事項に反する単純なミスや不手際を繰り返し、他の従業員がこれを補ったり、後始末をせざるを得ないことが少なくなかったこと、〔2〕甘納豆の製造作業においても、製造業務に精通したベテランの従業員2名が、数か月に亘って原告の指導に当たったが、原告は作業手順をなかなか覚えられず、他の従業員と比べても作業の効率や精度が低かったこと、〔3〕原告は、指導や不手際の叱責を受けた際に、必ずしもこれを素直に受け止める態度を示さないことがあったことが認められる。」
「そこで、被告による賞与の査定における裁量権の濫用の有無について検討する。」
前記認定によれば、製造部門に異動後の原告の勤務成績や被告に対する貢献度は他の従業員と比べて必ずしも芳しくなかったことが認められる。
しかし、他方で、原告が製造部門に配転されてからそれほど期間が経過していないことに加え、配転前の営業担当時期の原告に特段の問題行動や失敗があったことはうかがわれず、前記認定のとおり、上記配転が被告の経営判断として行われたことを考慮すると、原告の賞与を査定するに当たって、配転先の業務における作業の速度や成果等の勤務成績を大きく考慮することは、査定における公平を失するといわざるを得ない。そして、被告が賞与の減額要素として主張する事情のうち、被告の業績が良くなかったという事情については、他の正社員についても共通の事情であること、原告の勤務成績についても、前記のとおり作業速度や成果の点において芳しくないとしても、原告に被告やその従業員に大きな損害を与えるような事故や失敗があったことは認められないことなども考慮すると、他方で、原告の給与及び賞与等を併せた年収額が、本件賃金減額及び本件賞与減額後においてもなお被告における他の正社員の各年収額を上回っているという被告における従業員全体の賃金の実情があること(乙20)を斟酌しても、本件賞与減額のうち、少なくとも、原告が平成26年以前に支給された賞与の最低額の2分の1を下回り、かつ平成27年から29年までの間の他の正社員の賞与支給率のうちの最低の支給率をも下回った平成28年夏季賞与以降の賞与の査定については、これを正当化する事由を見出しがたいというべきである。」
「加えて、前記認定のとおり、被告代表者が、原告の賃金額等に強い不満を抱き、2回に亘って原告の賃金を減額し、暴言等のパワハラ行為を繰り返していることやその発言内容等をも併せ考慮すると、被告代表者が、原告の平成28年夏季賞与以降の賞与の算定に当たり、公正な査定を行わず、恣意的にこれを減額した意図も推認される。」
以上によれば、被告は、平成28年夏季賞与から平成29年年末賞与までの原告の賞与については、裁量権を濫用して、これを殊更に減額する不公正な査定を行ったことが認められ、これは、被告が査定権限を公正に行使することに対する原告の期待権を侵害したものとして不法行為が成立するというべきである。」

3.あまり露骨な査定が行われた場合、査定の適法性を問題にする余地はある

 キムラフーズ事件で査定における被告会社の裁量権の濫用が認められたのは、不慣れな業務の開始から間がなく成績不良もある程度仕方なかったという事情だけではなく、パワハラが繰り返され敢えて不公正な査定が行われた疑いがあるといった事情も影響しているのではないかと思います。

 しかし、配置転換直後に成績不良を理由に査定を極端に下げ、それを賃金・賞与に反映させるといったことがあまりに露骨に行われている場合、キムラフーズ事件のような極端なパワハラ言動が伴っていなかったとしても、使用者側に不法行為責任を問う余地はあるだろうと思います。判決は、配転後、それほどの期間が経過していなかったこと等をもって「査定における公平を失するといわざるを得ない」という結論を既に出しており、パワハラ行為は傍論として指摘されているだけだからです。

 記事には、

「2019年の早期希望退職者は、富士通で2850人、東芝で1060人など、業績不振の電機メーカーで大規模リストラが目立つ。一方で、アステラス製薬や中外製薬のように、業績好調なのに将来を見据えた早期退職募集を行った企業もある。」

といった記載もあります。

 損保ジャパン日本興亜が採用した手法は、今後、他の企業にも波及して行く可能性があると思います。

 ただ、査定における裁量権の逸脱・濫用を立証することは、必ずしも容易ではありません。自力で何とかなる紛争類型とは考えにくいため、査定の在り方を問題にしたいとお考えの方は、弁護士と相談してみるとよいと思います。