1.休憩時間とされている時間の労働時間性の立証
1日の労働時間が8時間を超える場合、使用者には少なくとも1時間の休憩時間を付与する義務があります(労働基準法34条1項)。そのため、多くの企業では1日8時間労働の労働者に対し、1時間の休憩時間を設けています。
しかし、長時間の残業を余儀なくされている労働者の中には、会社から定められている時間に休憩をとることができない方が少なくありません。
こうした方を代理して未払残業代時間外勤務手当等)を請求するにあたり、休憩をとる暇もなく働いていたという主張をすることがあります。
しかし、個人的な実務経験の範囲で言うと、この種の主張が通ることは、あまりありません。会社側からの
昼食をとることはできていたはずだ、
そんなに長い時間休憩なしで働くことは現実的でない、
などという反論を受け、何だかんだで法定の休憩時間(多くの場合1時間)程度は休憩をとっていたと認定される例が殆どです。これは、残業代を払っていなかったとしても、休憩時間規制(労働基準法34条)を遵守していなかったことまで当然に導けるわけではないとする考え方に基づいているのではないかと思われます。
ただ、稀ではあるものの、休憩時間に労働時間性が認められた裁判例もないわけではありません。近時公刊された判例集にも、1日の休憩時間が30分であるとされた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令6.2.29労働判例ジャーナル151-60 風事件です。
2.風事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、美容室・理容室の経営等を業とする株式会社です。
原告になったのは、被告の元従業員の方です。
本件では労働日各日の休憩時間が問題となり、原告、被告は、それぞれ、次のような主張をしました。
(原告の主張)
「休憩時間については、訴状でも主張したとおり被告代表者より指示された30分のみである。なお当該30分は、被告の主張する一度食事を始めたら、どんなに来店客が増えても中断して接客に応じなくてもかまわない時間である。」
「被告は、上記時間に加え、施術及び施術後の掃除時間以外の全ての時間、つまり実作業がなされていない不活動時間が休憩時間であると主張する。」
「確かに、被告の主張するとおり、原告の顧客1人当たりの平均施術時間は15分程度であった。しかし現実に作業に従事していなくとも、必要が生じれば直ちに労務を提供しなければならない場合、労働からの解放が保障されていないため、労働時間である手待時間にあたる。」
「原告が勤務していた本件店舗は完全予約制ではなく、何時顧客が来店するか不明であった。また被告による『昼休憩とされる30分は、被告の主張する一度食事を始めたら、どんなに来店客が増えても中断して接客に応じなくてもかまわない時間である』との主張からも窺えるとおり、当該30分以外、顧客が来店した場合、すぐに顧客対応しなければならなかった。そのため、原告は本件店舗から自由に離れることができず、労働からの解放が保障されていなかった。」
「原告の施術時間については、被告の主張するとおり、1人当たり平均15分程度であったが、手待ち時間も労働時間であるため、原告の休憩時間は完全に労働から解放された30分のみである。」
(被告の主張)
「休憩時間は30分という指示が被告代表者からあり、実際に30分しか休憩を取得していなかったとの原告主張は、否認する。30分という指示は、休憩の指示時間ではなく食事時間の説明である。一度食事を始めたら、どんなに来店客が増えても、食事を中断して接客に応じなくても構わない、スタッフルームから出て来なくても構わないから食事をとる時間に30分は確保してよいという説明をし、励行してもらった。」
「また、被告では、1日当たりの接客数は事前には未知数であるから、固定残業代をあらかじめ計上する旨、顧客がいない時間は休憩時間として過ごして構わない旨、接客時間が実労働時間である旨の説明をしていた。」
裁判所は、原告の主張に沿う事実を認定したうえ、次のとおり述べて、休憩時間は30分だと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告は、休憩時間が30分しか取れなかったとの原告主張を否認する。しかしながら、被告の主張を前提としても、被告の従業員は、営業時間内であれば、顧客が来店すれば食事の時間帯以外には接客をする必要があったと認められるのであり、顧客が来店していない時間に労働からの解放が保障されていたとはいえない。したがって、休憩時間は、原告が自認する限度での30分とするのが相当である。」
3.被告の主張を前提としても30分以上の休憩は認められにくかったと思われるが
本件では被告の主張を前提としても、30分以上の休憩が認められにくかった事案だとは思われます。それでも、何時顧客が来店するか分からない業態であることが踏まえられたうえ、休憩時間の認定が30分に留まったことは注目に値します。
美容師・理容師の方は似たような働き方を強いられていることが多いですし、こうした考え方は昼休みにかかってくる電話番にも応用できそうに思います。
「休憩時間」の労働時間性については、このブログでも過去何度かテーマにしたことがありますが、裁判所の判断は、実務上参考になります。
休憩できない働き方であったとの主張が認められた例(食事時間が休憩時間とされなかった例) - 弁護士 師子角允彬のブログ