弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

休憩できない働き方であったとの主張-休憩時間の認定が30分に留まった例

1.休憩時間とされている時間の労働時間性の立証

 1日の労働時間が8時間を超える場合、使用者には少なくとも1時間の休憩時間を付与する義務があります(労働基準法34条1項)。そのため、多くの企業では1日8時間労働の労働者に対し、1時間の休憩時間を設けています。

 しかし、長時間の残業を余儀なくされている労働者の中には、会社から定められている時間に休憩をとることができない方が少なくありません。

 こうした方を代理して未払残業代時間外勤務手当等)を請求するにあたり、休憩をとる暇もなく働いていたという主張をすることがあります。

 しかし、個人的な実務経験の範囲で言うと、この種の主張が通ることは、あまりありません。会社側からの

昼食をとることはできていたはずだ、

そんなに長い時間休憩なしで働くことは現実的でない、

などという反論を受け、何だかんだで会社が定めている休憩時間(多くの場合、労働基準法の定めと一致する1時間)程度は休憩をとっていたと認定される例が殆どです。これは、残業代を払っていなかったとしても、休憩時間規制(労働基準法34条)を遵守していなかったことまで当然に導けるわけではないとする考え方に基づいているのではないかと思われます。

 裁判例がこのような動向を示す中、近時公刊された判例集に、休憩時間をとることができなかったとの労働者側の主張に対し、休憩時間の認定が30分に留められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令4.2.22労働判例ジャーナル125-52 ハピネスファクトリー事件です。

2.ハピネスファクトリー事件

 本件で被告になったのは、α及びβに営業所を有し、無店舗型性風俗特殊営業を行っている株式会社です(被告会社)

 原告になったのは、被告会社の元従業員の方です。被告会社を退職した後、割増賃金(残業代)等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では幾つかの争点がありますが、その中の一つに実労働時間をどのように認定するのかという問題がありました。この問題との関係で、原告は、

「令和2年10月13日までは、C営業所においても、D営業所においても、休憩時間を与えられていなかった。」

「被告会社のような派遣型の風俗店においては、売上げにつながるのは客からの連絡のみであり、したがって、顧客からの電話を取り逃がしたり、メールへの返信が遅れたりすると、顧客が他店に流れてしまい、即失注と売上げ低下につながってしまう。そのため、被告会社では、顧客の電話やメール、特に電話を取り逃がすことは許されておらず、昼食時間中であっても、デスクを離れることはできなかった。」

などと指摘し、休憩時間は零であったと主張しました。

 これに対し、被告は、1日2時間の休憩時間があったと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、休憩時間を1日30分の限度で認められると判示しました。

(裁判所の判断)

「被告会社は、原告が1日2時間は休憩を取っていたと主張する。しかしながら、前記前提事実及び証拠・・・によれば、被告会社が営んでいるのは無店舗型性風俗特殊営業であり、顧客からの電話やメールによる注文を受けないと売上げを上げることができない業態であるため、被告会社は、原告ら従業員に対し、注文の電話やメールを取り逃すことのないようにこれらに直ちに対応することを指示していたことが認められる。そして、上記証拠によれば、C営業所もD営業所も、顧客からの注文を受けるためにシフトに入っている従業員数と同等かこれを超える本数の電話を設置していたことが認められることも併せ考慮すると、原告がC営業所やD営業所で勤務している間に、合計2時間もの間、被告からの指示・命令下から完全に離脱して休憩を取ることができる状態にあったとは認めることができない。

「他方、原告は、令和2年10月13日までは休憩時間を全く取ることができなかったと主張するが、原告本人尋問によると、原告は、勤務時間中にあらかじめ購入していた軽食を食べたり、コンパニオンの送迎の途中でコンビニエンスストアに寄って軽食を食べたりするなどしていたことが認められ、これらの事実に照らすと、断続的ではあったものの、少なくとも1日30分間の休憩時間を取ることはできていたと認めるのが相当である。

3.休憩時間が1時間を割り込んだ例

 冒頭で述べたとおり、休憩時間をとる暇もなく働いていたという主張をしたとしても、裁判所の認定する休憩時間が1時間を切るケースは稀です。本件はその稀有な自邸です。

 たった1時間と思われるかも知れませんが、労働日の各日について1時間労働時間が伸びると、年単位の割増賃金(残業代)を請求するにあたっては結構な金額になります。

 どのような職務内容、働き方なら1時間を切れるのかを考えるにあたり、本裁判例は参考になります。