弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

同僚とのグループラインで職場の悪口を言うことの不法行為該当性

1.職場の愚痴

 同僚と職場の愚痴を言い合った経験をお持ちの方は、少なくないように思います。

 口で言い合うのであれば、その場限りのやりとりで終わるため、それが問題になることは、あまりありません。しかし、グループラインなど、証拠に残る形で行われた場合、後々になって使用者から問題視されることがあります。

 それでは、こうしたグループライン上での職場の悪口が、不法行為に該当するとして、勤務先に対する損害賠償責任を生じさせることはあるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.2.9労働判例ジャーナル125-52 キレイラボカンパニー事件です。

2.キレイラボカンパニー事件

 本件で被告になったのは、クリニック、病院及びエステティックサロンの企画等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の経営する美容皮膚科クリニック(本件クリニック)で勤務していた方です。退職した後、未払賃金(基本給+交通費)等の支払いを求めて被告を提訴しました。

 これに対し、被告は、

本件クリニックの患者に係る秘密を第三者に漏洩した、

本件クリニックの従業員に対して執拗に退職を勧めるなど被告の業務を妨害した、

交通費に過払いがある、

などと主張し、原告に対し、損害賠償や不当利得金を支払うことを求める反訴を提起しました。

 冒頭のテーマに関連するのは、本件クリニックの従業員に対して執拗に退職を勧めるなど被告の業務を妨害したことを理由とする反訴請求です。ここでは、原告が同僚とのグループラインで、

「まじこのクリニッククソだから気を付けたほうがいいよ。弁護士にお願いしたから訴えるまではいかないけど本気で潰しにかかるから私(笑)ここまで働いてやったのにこの仕打ちは許さない。」

「もうみんなでボイコットしよー」

などと書かれたメッセージを送信したことの適否が問題になりました。

 こうしたメッセージ送信の不法行為該当性について、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、令和2年1月11日以降、元同僚であり被告の従業員であるF及びGをメンバーとするLINEのグループにおいて、

『まじこのクリニッククソだから気をつけたほういいよ。弁護士にお願いしたから訴えるまではいかないけど本気で潰しにかかるから私(笑)ここまで働いてやったのにこの仕打ちは許さない』とのメッセージ(以下『メッセージ〔1〕』という。)

を送信したこと及びそれとは別の日に、

『もうみんなでボイコットしよー』とのメッセージ(以下『メッセージ〔2〕』といい、メッセージ〔1〕と併せて『本件メッセージ』という。)

を送信したことが認められる。」

「このうち、メッセージ〔1〕については、原告がその直前に

『11日当日欠勤したからって2万円差引きだってー』

『まじありえない。』

とのメッセージを送信していることが認められることから・・・、メッセージ〔1〕の趣旨は、原告が、元同僚の2人に対し、賃金の支払に係る被告への不満を述べたものと解するのが相当である。」

「そして、メッセージ〔2〕については、メッセージ〔1〕とは別の日に、未払賃金に係る被告の対応について原告が

『当日欠勤するとインセンティブ0になりますって言い始めてるよー』

『今までの積みかせてきたインセンティブ全てゼロになるはまずいでしょ』

とのメッセージを送り、これに対してFが

『なんなの、その制度。聞いたことない。』

とのメッセージを送ったことに対する返答のメッセージであると認められ・・・、その趣旨も、賃金の支払に係る被告への不満を述べたものと解される。」

「このように、本件メッセージはいずれも、被告に対する不満を元同僚との間で言い合う中で、原告が賃金の支払に係る自身の不満を述べたものであり、被告が主張するように、業務妨害の意図に基づく発言とみるのは困難である。そして、メッセージ〔1〕は、その文言からも、被告の従業員に怠業や退職を勧めるものであるとはいえないし、メッセージ〔2〕は、『ボイコット』という単語を用いてはいるものの、前記経緯からすると、Fが被告に対する不満を述べたことに対して軽口で応じたに過ぎないというべきであるから、これについても被告の従業員に対して積極的に怠業を勧めたり、ましてや扇動するものであったと評価することはできない。

「なお、C作成の陳述書・・・には、F及びGが、原告から執拗に退職を迫られるなどして、被告を退職するとの申出をした旨の記載がある。しかしながら、上記陳述書においても、原告がしたという行為の具体的内容は明らかではないのであるから、これをもって原告による業務妨害行為があったと認めることはできない。」

「以上からすると、本件メッセージが被告に対する業務妨害として不法行為を構成するとは認められず、他に業務妨害行為に係る被告の主張を裏付ける証拠はないから、被告の主張は採用できない。

3.不法行為該当性は否定されたが・・・

 上述のとおり、裁判所は、原告によるメッセージの送信行為の不法行為該当性を否定しました。ただ単に同僚と愚痴を言い合うだけでは、業務妨害(不法行為)とまではいえないという、ごく常識的な判断を示したように思われます。

 しかし、証拠に残るような形で使用者の悪口をいうと、それ単体で積極的に訴えを提起されることは稀であるにせよ、いざ使用者に法的責任を追及しようとした時に、反訴提起されるといった煩わしい問題を招きかねません。また、積極的に使用者に報告をしたのか、使用者側から報告を徴求されやむなく証拠を提出したのかはともかく、同僚との人間関係も毀損されてしまいます。

 こうしたリスクを考えると、在職中に使用者の悪口は言わないに越したことはありません。どうしても我慢できないと思った時でも、証拠に残るような形での不満の表明は避け、同僚に対して口頭で愚痴を言う程度に留めておいた方が無難であるように思われます。