1.1か月単位の変形労働時間制
1か月単位の変形労働時間制とは、
「1か月以内の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間・・・以内となるように、労働日および労働日ごとの労働時間を設定することにより、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間・・・を超えたりすることが可能になる制度」
をいいます(労働基準法32条の2)。
https://jsite.mhlw.go.jp/hyogo-roudoukyoku/content/contents/000597825.pdf
この仕組みをとるためには、シフト表はカレンダーなどで、対象期間すべての労働日ごとの労働時間をあらかじめ具体的に定める必要があります。その際には、対象期間を平均して、1週間あたりの労働時間を40時間を超えないように設定する必要があります。つまり、対象期間が1か月である場合、月の所定労働時間は、暦日数が28のときは160時間、29のときは165.7時間、30のときは171.4時間、31日のときは177.1時間以内でなければなりません(労働基準法32条の2第1項)。
それでは、使用者が作成するシフト表に、所定労働時間を超える労働時間が組み込まれていた場合、変形労働時間制の効力は、どのように理解されるのでしょうか?
シフト表に残業が組み込まれているにすぎず、変形労働時間制の効力への影響はないと考えられるのでしょうか?
それとも、法定の要件を満たさないものとして、変形労働時間制の効力が、それ自体否定されてしまうのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。長崎地判令2.3.26労働判例1241-16 ダイレックス事件です。
2.ダイレックス事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、日用雑貨、化粧雑貨などの販売を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告の従業員であった方です。
被告では1か月単位の変形労働時間制が採用されており、本件ではその有効性が争点になりました。何が問題になったのかというと、被告から交付されていたシフト表(稼働計画表)が、1か月単位変形労働時間制における月の所定労働時間を超過した時間で設定されていたことです。
変形労働時間制についての被告の就業規則は、次のように定められていました。
「被告の就業規則43条(平成28年3月23日改定より前)又は45条(同日改定)は、次のとおり定める(ただし、漢字表記等は原本と異なる。
1項 毎月1日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制とし、所定労働時間は1か月を平均して1週間40時間とします。
2項 前項の規定による所定労働日、所定労働日ごとの始業及び終業時間は、事前に作成する稼働(シフト)計画表により通知します。
ただし、1日の上限時間を16.5時間、週の上限時間を82.5時間とします。
3項 始業・終業の同時刻及び休憩時間は、基本シフトを次のとおりとします。
1) 本部
始業 9時00分 終業 18時00分 休憩 60分
2) 店舗
① 始業 8時00分 終業 17時00分 休憩 60分
② 始業 9時00分 終業 18時00分 休憩 60分
③ 始業 10時00分 終業 19時00分 休憩 60分
④ 始業 13時00分 終業 22時00分 休憩 60分
ただし、稼働計画表により1日の所定労働時間を業務の繁閑に合わせたシフトにより基本シフトを変更します。
その場合、事前に作成する稼働計画表により各社員に対して通知します。」
おそらく傍線部に基づく取扱いであると思われますが、被告から交付された稼働計画表に記載された労働時間は、変形労働時間制における上限時間の定めを踏まえたものになっていませんでした。
具体的に言うと、被告から交付された稼働計画表で設定された労働時間の合計は、1か月の暦日が31日の場合は207時間、30日の場合は201.25時間、29日の場合は195.5時間、28日の場合は190時間とされていました。これは法定の上限時間に概ね30時間が加算された時間に相当します。
本件では、こうした運用がされていた1か月単位の変形労働時間制の効力が争われました。
この争点に対し、裁判所は、次のとおり述べて、1か月単位の変形労働時間制の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間あたり40時間以内でなければならない(労働基準法32条の2第1項、32条1項)。1か月の暦日数が31の場合の労働時間は177.1時間である。」
「40÷7×31=177.14」
「そうであるのに、被告の稼働計画表では、原告の労働時間は、1か月の所定労働時間(1か月の暦日数が31日の場合は177時間などとされる。)にあらかじめ30時間が加算(1か月の暦日数が31日の場合は207時間など)されて定められているのであるから・・・、1か月の平均労働如何が1週間当たり40時間以内でなければならないとする法の定めを満たさない。」
「したがって、被告の定める変形労働時間制は無効であるから、本件において適用されない。」
3.違法な運用は変形労働時間制の効力自体を否定する
就業規則の定め自体におかしな部分がなかったとしても、違法な運用が定着していた場合、変形労働時間制の効力自体を否定できる可能性があります。
そして、変形労働時間制の効力が否定できる事案では、残業代の金額が跳ね上がることが少なくありません。
変形労働時間制が採用されている職場は割と多く、企業全体の59.6%にも及びます。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/20/dl/gaiyou01.pdf
変形労働時間制を採用する事業場で働いていて、運用面でおかしいのではないかと違和感を覚えた方は、その効力の有無を弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。