1.家の貸主は弱い?
ネット上に、
「いまだ住所不定の山本太郎氏が借地借家法改正に取り組んだら」
という記事が掲載されています。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190908-00000010-pseven-soci&p=3
記事には、
「借地借家法は借り主保護のために作られた法律で、貸し主からの不当な賃貸借契約の解約を禁じているのだが、その中身がかなり貸し主に不利なものなのだ。たとえば、賃貸借契約は2年か3年で更新される場合が多いが、この更新は自動的に行われ、貸し主が更新を断ることは基本的にできない。また、借り主に問題行動などがあって、『出て行ってもらいたい』と思っても、退去してもらうにはそれに相当するかなり強い事由が必要で、プラス立ち退き料の支払いも求められるのが普通だ。」
「借り主の保護を目的としている借地借家法の意義を認めた上で、もう少し貸し主の権限も保証するような法改正ができないものか。トラブルメーカーの入居者が住みついて、追い出すことができず、苦労をしている大家は少なくない。その類の話を耳にするたび、そんなふうに思う。」
と書かれています。
しかし、この記事は少し誤解を招きそうだなと思っています。
別に現行法制のもとでも、それなりに強い事由があれば、立退料なしでトラブルメーカーの入居者を追い出すことは可能です。
2.立退料が必要になるのは
借家の「立退料」とは、正確に言うと、借地借家法28条に規定されている「財産上の給付」のことです。
(借地借家法28条)
建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
法文を見れば分かるとおり、財産上の給付(立退料)の話が出てくるのは、
「第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れ」
の場面だけです。
借地借家法26条1項は、
「建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。」
と規定しています。
つまり、「財産上の給付」が必要になるのは、入居者・賃借人・入居者の側に何ら責任がないにもかかわらず、賃貸人の側から賃貸借契約の更新拒絶や解約を申し出る場面だけです。
入居者・賃借人の側に債務不履行があり、これに基づいて賃貸借契約を解除し、建物からの退去を求める場面において、立退料を支払う必要はありません。
3.問題行動は契約違反(債務不履行)
入居者・賃借人の債務は賃料の支払いに限られるわけではありません。
民法616条、594条1項は、
「借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。」
と規定しています(用法遵守義務)。
また、国土交通省が公表している「賃貸住宅標準契約書」では、
「大音量でテレビ、ステレオ等の操作、ピアノ等の演奏を行うこと。」
「猛獣、毒蛇等の明らかに近隣に迷惑をかける動物を飼育すること。」
「 本物件又は本物件の周辺において、著しく粗野若しくは乱暴な言動を行い、又は威勢を示すことにより、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせること。」
などを賃借人の禁止行為としており、迷惑行為が債務不履行を構成する建付けとされています(第8条3項、別表1参照)。
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000019.html
https://www.mlit.go.jp/common/000991359.pdf
賃貸借契約の解約に、それなりに強い事由がなければならないのは、その通りです。
しかし、問題行為がそれなりに強い事由である場合、用法遵守義務をはじめとする契約上の義務の不履行を理由に、賃貸借契約を債務不履行解除し、建物の明渡を求めることができるため、立退料を支払う必要はありません。
この意味において、
「かなり強い事由が必要で、プラス立ち退き料の支払いも求められるのが普通だ。」
というのは誤解を招く表現か、あるいは、間違った理解だと思います。
4.実際の裁判例
実際、用法遵守義務違反や迷惑行為を理由とする賃貸借契約の債務不履行解除を認めた裁判例はたくさんあります。
例えば、東京地判平29.9.12LLI/DB判例秘書登載は、
室内を通る排水管を棒で叩いて大きな音を立てる、ベランダの隔壁版を棒で叩いて大きな音を立てる、近隣住戸のドアを叩く、近隣住戸のポストに住民を中傷する手紙を投函する等の行為
が認められた事案において、
これらの迷惑行為は、被告が事実に反する思い込みから行っているもので正当化すべき理由はなく、複数回の警告も受けていることから、被告の迷惑行為は無催告解除事由の「共同生活の秩序を乱す行為があったとき」に該当する
として賃貸人からの建物明渡請求を認めています。
東京高判平26.4.9LLI/DB判例秘書登載も、
「控訴人は、近隣住民等に対して迷惑行為を行い、これについて被控訴人から再三口頭で注意を受け、更にこれが特約違反となり解除事由となると書面によって指摘されても、近隣住民等に対する迷惑行為を繰り返しており、また、これにより生じた近隣住民等との間のトラブルに対して近隣住民等からの申出による話合いもしていない。これらのことに加え、控訴人の度重なる迷惑行為によって近隣住民等には耐え難い深刻な事態となり、近隣住民等が警察及び区役所に対する本件要望書に連名で押印の上で提出するに至っていること、さらに、控訴人は本件建物の隣室の入居者に対しても迷惑行為を行ったばかりか粗野な行動をとって不快の感を抱かせ,ひいてはこれに耐えかねた同入居者が被控訴人との間の賃貸借契約を解約して退去するに至り、賃貸人である被控訴人に対して同室の長期間の賃料の受領不能及び同室の新入居者を決めるための同室の賃料の減額という経済的損失まで与えていること、控訴人は本件訴訟の係属中にされた本件解除の後においても同室に入居した者に対して同様の迷惑行為を行い、同入居者から賃貸人である被控訴人に対して苦情の申入れがされている。」
「以上によれば、控訴人が当審において主張する、控訴人が15年ほど前に統合失調症の診断を受けたことがあり、それ以後は睡眠導入剤の服用が欠かせない生活をしており、就労する機会がなく、本件建物の入居当時から現在まで一貫して生活保護を受け、現在も本件建物の賃料相当額に係る住宅扶助を受けて被控訴人に対して支払っていること(証拠・略)等の事情を斟酌しても、本件賃貸借契約の基礎となる賃貸人である被控訴人と賃借人である控訴人との間の信頼関係は、本件特約が定める禁止行為に該当すると認められ、本件特約に違反する控訴人による上記説示の近隣住民等に対する度重なる迷惑行為によって著しく損なわれ、完全に破壊されており、その回復の見込みはないといわざるを得ない。」
と迷惑行為による契約解除、建物明渡請求を認めています。
東京地判平20.2.15LLI/DB判例秘書登載も、
「被告が本件建物の近隣において『近隣の迷惑になる行為』を繰り返し行い、止めるように言われてもこれを継続したことは明らかであり、これが賃貸人と賃借人の間の信頼関係を著しく破壊するものであることもまた明白であるから、原告による本件賃貸借契約の解除は有効である。」
と立小便を繰り返した賃借人に対する契約解除、建物明渡請求を認めています。
記事には、
「トラブルメーカーの入居者が住みついて、追い出すことができず、苦労をしている大家は少なくない。」
とありますが、もし、そうなら弁護士に紹介すれば良いと思います。迷惑行為を録音や写真撮影で証拠化さえしておけば、それほど難しい裁判ではないため、力になってくれる弁護士は幾らでもいるだろうと思います。
5.法改正の議論をしたいのであれば現行法の解釈を踏まえることが重要
元々、現行法下でも、定期建物賃貸借といって、一定の要件のもと、
「契約の更新がないこととする旨を定めることができる」
賃貸借契約の類型が認められています(借地借家法38条1項)。
住居にしてもオフィスにしても、短期間で出て行かなければならない契約は賃借人から嫌がられ、買いたたかれるだろうなとは思いますが、更新を避けたい賃貸人に使える制度も用意されています。
法改正を主張するのは別段構いはしないのですが、主張する前には、それが現行法下で対処できない問題なのかを慎重に検討してからにした方がよいと思います。
法律実務家や立法担当者が認識を誤ることは先ずないにしても、一般の方が法改正されない限り救済されない問題だと誤解する可能性があるからです。
本件に関して言うと、度を越えた迷惑行為をする賃借人・入居者を追い出すのに立退料なんか払う必要はありません。現行法下でも十分対処可能なので、お困りの方がおられましたら、ぜひ、ご相談ください。