弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者の積極的申告がなくても対応しなければならないのは精神疾患だけではない-熱中症対策を労働者任せにしていたことが許されないとされた例

1.熱中症

 熱中症とは「高温多湿な環境下で、発汗による体温調節等がうまく働かなくなり、体内に熱がこもった状態」をさします。屋外だけでなく室内で何もしていないときでも発症し、場合によっては死亡することもあります。

熱中症予防のための情報・資料サイト | 厚生労働省

 この熱中症対策を労働者任せにしておくことが任せにしておくことが否定された裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。福岡高判令7.2.18労働経済判例速報2598-3 X社(海外労災)控訴事件です。

2.X社(海外労災)控訴事件

 本件で被告になったのは、

船舶の修理等を行う株式会社(被告会社)

被告会社の代表取締役

被告会社の取締役2名

です。

 原告になったのは、サウジアラビアに出張中、屋外作業をしている時に熱中症で死亡した労働者の遺族らです。労働者の死は被告らに責任があるとして、損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 一審は、取締役らの責任を否定する一方、労働者の死亡は安全配慮義務違反に起因するとして被告会社の責任を一部認めました。これに対し、原告、被告の双方が控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は双方の控訴を棄却して原審の判断を維持しましたが、その中で次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「Eは、作業への従事を開始した平成25年8月17日は、ヤンブー到着後3日目であり、熱への順化が必ずしも十分でなく(Eが勤務していた1審被告会社K工場の作業場は、街地から離れた山地内の建物内にあり、適温な状況にあったものであって、ヤンブーにおける本件工事現場の作業環境とは異なる。)、ヤンブーの気候条件等の下では、熱中症発症のリスクが高い状況にあったといえる上、身体調節機能に不調を来たす可能性が高い旅客機への長時間の搭乗や時差の影響も残存していたと推認できること・・・等からすると、取り分け、この期間において労働者をして暑熱環境に接する状況下で作業を行わせる以上、1審被告会社には、熱ストレスの客観的評価を行った上で的確に熱中症発症のリスク評価を行うことを前提に、労働者の健康状態等の管理に対する各別の配慮が求められ、熱中症発症に影響を与えるおそれがある事情として、労働者の睡眠状況や食事(特に、朝食)、水分及び塩分の摂取状況を的確に把握し、労働者の自覚症状にかかわらずその摂取を指導するなどして、熱中症の予防措置を的確に実施すべき注意義務があったというべきである。」

「ところが、1審被告会社は、もともと高温多湿の環境にあるヤンブーにおいて、熱への順化が必ずしも十分ではなく、身体調節機能に不調を来たしやすい長時間の搭乗や時差の影響を払しょくするための十分な時間も経ていないと推認されるEをして、同月17日から、暑熱環境に接する状況下においてフルタイムで作業等に従事させ(なお、同日の終業が午後4時か午後5時かによって左右されるものではない。)、それを同月19日まで続けさせた(Eが少なくとも同日の昼食を摂取しない状態で日中の作業に従事したことは前記認定のとおりである。)。」

「そして、総括責任者であるJは、Eが暑熱環境下において作業に従事することについて一定の配慮をしたことは認められるものの、本件工事現場において、備え付けられていた飲料水等の摂取や体を冷やす備品の装着等は、飽くまで労働者任せにしており、本件工事現場において、作業開始時や作業中及び休憩時において、労働者の自覚症状にかかわらず、その判断、自由に任せることなく、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、定期的に水分及び塩分の摂取状況や体を冷やすための備品の装着状況を確認し、これを踏まえた摂取又は備品の装着の指導等が具体的に行われていたことは認められない(この点について、同月17日から同月19日までの間、Jが本件工事現場の作業中、頻繁に巡視、声掛けをして個々の労働者の健康状態等を的確に把握していたとは考えにくく、これに反するJの陳述〔乙62〕は採用できない。なお、少なくともLにおいて準備した保冷剤等は平成25年8月19日まで使用されていない。」

「次に、Jが、Eの健康状態の管理の一環として、熱中症の発症に影響を及ぼすおそれがある睡眠状況や食事の摂取状況等について的確に把握し、これらに関する指導をするなどしたことは認められない(この点について、Jは、本件工事現場に向かう途中等で作業員らの体調を確認していたなどと陳述するも、その内容は一般的抽象的な域を出ないものであり、現にEに対し、熱中症の発症に影響を及ぼすおそれのある睡眠状況や食事、特に朝食の摂取状況について、的確に確認するなどしたことは認められない。)。すなわち、Eについて、同月18日の夕食時には摂食の変調が見られるも、Jは、翌19日の夕食時に至るまでEの食事の摂取状況を確認しておらず、把握していなかった。」

「これらのことからすると、1審被告会社において、熱中症の予防措置を一部講じていたことを考慮しても、本件において、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、Eの業務中における熱中症の発症を予防するための十分な措置を講じていなかったと認められる。このことは、Jが、同月20日以降、Eをして作業に従事させず、同月21日には医師の診察を受けさせたこと等を考慮しても、覆らない(なお、Eの健康状態が悪化した同月24日には、1審被告会社の関係者において、その昼過ぎ頃から午後6時半頃までEの状態の確認がされたことは認められない上、同時刻のEの状態は、既に医師でないJを含む1審被告会社の同僚が見ても異常を来たした状態であったにもかかわらず、Eを病院に連れて行くことにしたのは午後9時頃のことであり、その対応の遅さは否定できない。これによりヤンブーの病院において、ジッダの病院へ連れて行くよう指示されても同日中に連れて行くことができず、ホテルに戻ったEは、翌25日午前2時から午前7時まで、約10分間疲れるまで暴れて約20分間寝ることを繰り返すような状態となり、その症状の悪化を招いたものといわざるを得ない。)。」

3.積極的申告がなくても対応が必要

 精神障害者に対する安全配慮義務について、最二小判平26.3.24労働判例1094-22  東芝(うつ病・解雇)事件は、

「上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。」

と判示しました。

 熱中症はメンタルというよりもフィジカルな疾患ですが、裁判所は、

労働者の自覚症状にかかわらず、その判断、自由に任せることなく、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、定期的に水分及び塩分の摂取状況や体を冷やすための備品の装着状況を確認し、これを踏まえた摂取又は備品の装着の指導等が具体的に行われていたことは認められない」

とて使用者の安全配慮義務違反を認めました。

 労働者が無理をしがちなのは、メンタルであろうがフィジカルであろうが本質的な差はないように思います。裁判所の判断は、フィジカルな疾患との関係でも使用者に労働者の自覚症状や申告に依存しない安全管理措置をとるべき義務を求めたものとして、実務上参考になります。

 

条件付採用の期間延長が分限処分に準ずるものであるとの判示が取り消された事例

1.条件付採用

 地方公務員法22条1文は、

「職員の採用は、全て条件付のものとし、当該職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。」

と規定しています。

 国家公務員法にも

「職員の採用及び昇任は、職員であつた者又はこれに準ずる者のうち、人事院規則で定める者を採用する場合その他人事院規則で定める場合を除き、条件付のものとし、職員が、その官職において六月の期間・・・を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに、正式のものとなるものとする。」

という同趣旨の規定があります(国家公務員法59条)。

 これは民間でいう試用期間のようなものです。

 民間で試用期間の延長が認められているのと同様、公務員の条件付採用期間も延長されることがあります。地方公務員法22条2文は、

「この場合において、人事委員会等は、人事委員会規則(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の規則。第二十二条の四第一項及び第二十二条の五第一項において同じ。)で定めるところにより、条件付採用の期間を一年を超えない範囲内で延長することができる。」

と規定していますし、人事院規則8-12(職員の任免)34条は、

「条件付採用期間の開始後六月間において実際に勤務した日数が九十日に満たない職員については、その日数が九十日に達するまで条件付採用期間は引き続くものとする。ただし、条件付採用期間は、当該条件付採用期間の開始後一年を超えないものとする。」

と規定しています。

 以前、条件付採用期間が延長された末、免職された地方公務員について、

条件付採用の延長が違法⇒延長処分を前提としてなされた免職処分も違法

というロジックで免職処分を取消した裁判例が出され、注目を浴びました(大阪地判令7.1.22労働判例ジャーナル159-52 羽曳野市事件)。

条件付採用(条件附採用)期間の延長が違法であった場合、それを前提とする免職処分は違法になるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 控訴されたようであったため、この地裁判例が控訴審でも維持されるのかを注視していたのですが、残念ながら、近時公刊された判例集に原判決を取消す裁判例が掲載されていました。大阪高判令7.7.29労働判例1340-26 羽曳野市事件です。

2.羽曳野市事件

 本件で原告(被控訴人)になったのは、羽曳野市職員の方です。

 令和4年4月1日、同年9月30日までの条件付き採用を受けたところ、この型は、令和5年3月31日まで条件付採用期間を延長されました(本件延長処分)。

 その後、令和5年5月31日付で免職処分(本件免職処分)とされたことを受け、その違法無効を主張して取消訴訟を提起したのが本件です。

 原審は、

条件付採用の延長が違法⇒延長処分を前提としてなされた免職処分も違法

というロジックで原告の請求を認容しました。

 これに対し、被告羽曳野市側が控訴したのが本件です。

 控訴審は、

延長処分は適法⇒免職処分も適法、

というロジックのもとで原判決を破棄し、原告(被控訴人)の請求を棄却しました。

 注目されるのは、原審の判断のうち、下記の部分を取消していることです。

(控訴審裁判所の判断)

・条件付採用の期間延長に関する判断枠組

「原判決第3の2(1)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決第3の2(1)イ第4段落(20頁18~26行目)までを削除する。」

(原審裁判所の判断と取り消された部分 取り消された部分=青字部分)

・条件付採用の期間延長に関する判断枠組

「本件規則18条は、条件付採用の期間延長について、『地公法22条1項後段に定める場合』のほか、実際の勤務日数が90日に満たないとき(以下、この要件を『90日未満要件』という。)、勤務日数が90日に達するまで延長する旨を定めている。・・・」

「本件では、4月1日から9月30日までの原告の勤務日数が90日未満要件を満たすことは認められないから、『地公法22条1項後段に定める場合』として、条件付採用の期間延長が認められるかについて検討する。」

「上記の『地公法22条1項後段』についてみるに、地公法22条1項はなく・・・、本件規則の施行日(平成28年4月1日・・・)に照らすと、上記の『地公法22条1項後段』は、改正前地公法22条1項後段を指すものと解するのが相当である。そして、改正前地公法22条1項後段は、人事委員会等が条件付採用期間を1年に至るまで延長することができる旨を定め・・・、人事委員会又は任命権者による条件付採用の期間延長を認めている。」

「そうすると、本件規則18条の『地公法22条1項後段に定める場合』とは、人事委員会が設置されていない被告においては、任命権者である被告の市長により、条件付採用の期間を1年に至るまで延長することができることをいうと解するのが相当である(このような解釈は、地公法22条に反するものとはいえない。)。」

「なお、原告は、条件付採用期間の延長は、90日未満要件を満たす場合に限られる旨を主張するが、上記の説示に照らして採用することができない。」

「次に、いかなる場合に任命権者である被告の市長により、条件付採用の期間を1年に至るまで延長することができるかについて検討する。」

「地公法22条(改正前地公法22条1項)の条件付採用制度の趣旨及び目的は、職員の採用に当たり行われる競争試験又は選考の方法が、なお、職務を遂行する能力を完全に実証するとはいい難いことに鑑み、試験等により一旦採用された職員の中に適格性を欠く者があるとき、その排除を容易にし、もって、職員の採用を能力の実証に基づいて行うとの成績主義の原則(同法15条参照)を貫徹しようとすることにあると解される。」

「もっとも、6月の条件付採用により能力の実証ができない場合には、条件付採用の期間を延長する必要があるが、これを漠然と延長することは、正式採用になるとの期待に反し、職員の身分関係を不安定なものにするから、能力の実証を実地に得るために必要かつ合理的な理由がある場合に限り、上記期間の延長が認められると解するのが相当である。すなわち、本件規則18条は、『地公法22条1項後段に定める場合』のほか、90日未満要件を設けて実際に勤務した日数が90日に達するまでその条件付採用の期間の延長を認める旨を定めるところ、6月の半分の90日に満たない勤務日数しかないときには能力の実証ができないことから、90日に達するまで上記期間の延長を認めるものと解することができるところ、『地公法22条1項後段に定める場合』についても、90日未満要件と同様に能力の実証ができないなど必要かつ合理的な理由がある場合に限り認められると解するのが相当である。」

そして、条件付採用の期間延長は、条件付採用期間中の職員に対する分限処分そのものではないが、条件付採用期間の満了後に直ちには正式採用がされないものであるという点で、分限処分に準ずるものであるから、任命権者に裁量権が認められるところ、その判断が、必要かつ合理的な理由がないにもかかわらずにされたなど、合理性をもつものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、任命権者の裁量権の行使を誤った違法なものと解するのが相当である(条件付採用期間中の国家公務員の一般職に属する職員に対する分限処分に関する最高裁判所昭和49年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事113号629頁参照)。

3.分限処分に準ずるものであるとの判示が取り消された

 控訴審判決も、

延長処分が適法か⇒免職処分が適法か

という判断枠組に依拠しています。延長処分の適否が免職処分の適否に影響を及ぼさないのであれば、延長処分の適否を検討する必要はなくなるため、延長処分が違法性が免職処分の適否に影響する要素であることは控訴審も認めているように思います。

 しかし、延長処分が分限処分に準じるものだという部分の判示は取消されました。

 条件付採用には、

本来クビ(免職になるところ)を延長して適否を判断してもらえるという利益処分的な側面と、

本来正式任用されるところ、条件付の不安定な期間が長引いていくという不利益処分的な側面とがあります。

 後者に見られる分限処分的な要素を否定したことは、控訴審が原審よりも延長処分が適法と認められる範囲を広くすることを志向しているように思われます。そのことは、実際、条件付採用期間の延長を適法と判示していることからも裏付けられます。

 地裁の判断が破棄されて活用できなくなってしまったことは、公務員関係の事件を取り扱うにあたり、留意しておく必要があります。

 

事業場外みなし労働時間制と「業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情」

1.事業場外みなし労働時間制

 労働基準法38条の2第1項は、

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。

 この事業場外で働いた場合につき「労働時間を算定し難いとき」に一定時間労働したものと「みなす」仕組みを事業場外みなし労働時間制といいます。実際にどれだけ長時間働いていたとしても、労働時間を一定の定量的な時間に擬制されてしまうため、この仕組みは残業代を支払わないためのスキームとして濫用されることがあります。

 そのため、「労働時間を算定し難いとき」には該当しないなどとして、事業場外みなし労働時間制の適否が争われる事案は少なくありません。

 こうした状況のもと、最三小判令6.4.16労働判例1309-5 協同組合グローブ事件は、

「原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」

と述べ、業務日報の存在を理由に「労働時間を算定し難いとき」には該当しないと判示した高裁の判断を破棄した裁判例として注目を浴びました。

事業場外みなし労働時間制の適用が認められた最高裁判例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この最高裁判例は自判ではなく事案を高裁に差し戻しているのですが、近時公刊された判例集に差戻審の判断が掲載されていました。福岡高判令7.8.28労働判例ジャーナル165-1 協同組合グローブ(差戻し)事件です。

2.協同組合グローブ(差戻し)事件

 本件は外国人技能実習生の指導員として勤務していた方が原告(被控訴人)となって、事業場外みなし労働時間制の適用を争い時間外勤務手当等の支払を求めて勤務先であった協同組合(被告・控訴人)を提訴した事件です。

 正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して「労働時間を算定し難いとき」に該当しないとした判断は誤りであるとして、最高裁から審理のやり直しを命じられました。

 差戻審は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を認めました。

(裁判所の判断)

「前記・・・で補正後引用した認定事実(以下『認定事実』という。)によれば、本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、合理的に要する時間がケースバイケースとなる実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。また、被控訴人は、本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。」

「このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、被控訴人が担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、控訴人において、被控訴人の事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったとはいえない。」

この点について、被控訴人は、本件業務日報の正確性が担保されており、控訴人がその正確性を前提に残業手当を支払う場合もあったことなどから、控訴人は、キャリア職員の勤務状況を把握し、監督していたのであり、本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないと主張する。

そこで検討するに、本件業務日報は、被控訴人自身が、始業時間、終業時間、休憩時間のほか、行き先、面談者及び内容と共にそれぞれの業務時間を記載した上で、毎月月末までに控訴人に提出することを求められていたものであり、いわば自己申告としての意味を有するものである。

控訴人においてその記載の正確性を確認可能かどうかについてみると、前記のとおり、被控訴人は、本件業務に関し、自ら具体的なスケジュールを管理し、控訴人から随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものであるから、控訴人が本件業務日報による申告の内容の真実性を確認するために事前に得られる情報は限られており、そもそも申告された内容につき疑義のある点を抽出することが困難である。そして、証拠・・・によれば、本件業務日報に記載された訪問先は、多数の実習実施者・実習生の所在場所、医療機関、役所等多岐にわたっており、これらの訪問先が被控訴人の訪問日、時間等を子細に記録し、保管しているとは通常うかがわれないから、控訴人において実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は乏しいものといわざるを得ないし、控訴人が、本件業務日報の正確性について、現に実習実施者等に確認していたことをうかがわせる具体的な事情もない。

「なお、認定事実・・・のとおり、本件業務日報のほかに、控訴人の職員は、実習実施者を訪問等した際に、訪問指導記録を作成していたことが認められる。しかし、これは、法律上の義務である訪問指導を履行していることを記録するにとどまり、職員の勤務の状況を具体的に把握できるようなものとは認められない上、証拠・・・によれば、本件業務日報と訪問指導記録は、訪問先の実習実施者や訪問時間等の記載に多々食い違いがあり、また、本件業務日報に記載された訪問先全てについて訪問指導記録が作成されていたともうかがわれないから、訪問指導記録をもって本件業務日報の正確性が客観的に担保されるものとはいえない。

他方で、支給明細書上の残業時間・・・のほか、1審判決別紙『被告 労働時間算定表』における控訴人の支払済み手当の残業時間等の計算を併せて見ると、控訴人は、本件業務日報に基づいて残業時間を算出して残業手当を支払う場合もあったと認められる。

この点について、控訴人は、指示あり業務については、上司が業務前に行う指示内容等により、同行業務については、上司等が業務に同行したことにより、当該業務部分のみ業務内容を把握でき、また、内勤業務については、そもそも本件規定にいう『事業場外で業務に従事した場合』に当たらず、上司等が事業場内において被控訴人の業務内容を把握できるから、本件規定を適用せず、実労働時間に応じた賃金を支払ったものであると主張する。なお、控訴人は、その主張に係る指示あり業務及び同行業務に従事した時間が1日の一部にとどまる場合であっても、その余の事業場外で従事した業務の時間も併せて1日当たりの残業時間を算出していることがうかがわれるほか、本件において、本件業務日報以外に被控訴人の労働時間を把握し得る資料が存在するとは認められず、控訴人は、指示あり、同行及び内勤業務がある日については、結局のところ、本件業務日報に基づいて1日の労働時間を算定していたものと認められる。

しかしながら、控訴人が上記の限度で本件業務日報に基づいて残業時間を算定していたことのみをもって、本件業務日報全体の正確性が客観的に担保されていたと評価することはできない。前記・・・で説示したところに照らせば、被控訴人が事業場外で従事した本件業務については、控訴人が、被控訴人の勤務の状況全般を、本件業務日報により具体的に把握することがなお困難であったことには変わりがないものと認められる。

以上に対し、被控訴人は、本件業務日報について、控訴人が、提出後に誤りがあれば逐一訂正したり、『指示あり』、『直行』、『直帰』等の書き込みをしたりするなど事細かにチェックしていたことからすると、本件業務日報の正確性は十分担保されていたと主張する。しかし、被控訴人が指摘する訂正部分は、単なる誤記の訂正であるとうかがわれ、控訴人が本件業務日報以外の客観的資料を基にしたり、実習実施者等に確認したりするなどして、これらの訂正をしたものとは認められない。また、『指示あり』の記載については、前記・・・で説示したところからすれば、これらの書き込みがされた日があることをもって、当該日は別として、本件業務日報全体の正確性が客観的に担保されているとはいえない。さらに、『直行』、『直帰』の書き込みについては、被控訴人の直行直帰の有無自体については、被控訴人が事業所に立ち寄ったか否かによって容易に把握できるものであるが、そのことをもって、被控訴人がその当日に事業所外で従事した業務の状況を、控訴人において具体的に把握できたことと直ちに結び付くものではない。したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。

以上によれば、本件業務に関し、控訴人において、被控訴人の事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったとはいえず、本件業務日報による報告によって、これを把握することが可能になるものともいえない。そうすると、本件業務については、控訴人において被控訴人が労働に従事した時間を把握することが困難であったというべきであり、本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるものと認めるのが相当である。

3.「労働時間を算定し難いとき」をどのように立証するか

 以上のとおり、裁判所は、業務日報の正確性は担保されていて「労働時間を算定し難いとき」には該当しないとする原告・被控訴人側の主張を排斥しました。

 業務日報には正確性の担保が緩いものから厳格なものまで様々なものがあります。

 労働者側敗訴事案ではありますが、協同組合グローブ事件最高裁判決以降の事業場外みなし労働時間制の適用を争う事案において主張立証の方針を考えるにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。

 

勤務期間・勤続期間に応じて高くなるように設定されている退職手当が賃金の後払い的性格を併有している根拠とされた例

1.退職金不支給・減額条項の限定解釈

 懲戒解雇など一定の事由がある場合に、就業規則等で退職金を不支給・減額支給とする条項が置かれることがあります。これを退職金不支給・減額条項といいます。

 この退職金不支給・減額条項に基づいて、退職金を不支給・減額支給することができるのかという論点があります。

 この問題について、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕は、

「退職金は・・・賃金の後払いとしての性格とともに功労報償という性格を併せもっているのが通常であり、その功労報償的性格からして、勤務中の功労が抹消、減殺されるような場合には、退職金を不支給・減額支給とすることも許されると解されている。」(同文献588-589頁)

「もっとも、退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給又は減額支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが一般的である・・・。」(同文献589頁)

と記述しています。

 要するに、退職金の不支給が許容されるのか否かは、

① 退職金の法的性質の検討、

② (賃金の後払い的性格を有していると認められる場合には)勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があったかどうかの検討、

といったように段階を分けた検討が行われることになります。功労褒賞よりも賃金の方が取上げられにくいため、労働者側としては退職金の法的な性質としては、賃金の後払い的な要素が含まれていることを論証できるに越したことはありません。

 それでは、賃金の後払い的性格とは、どのような仕組みから認定されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令7.5.23労働判例ジャーナル165-42 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件で被告になったのは、郵便局を設置し、郵便の業務等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告が設置する郵便局の集配課に勤務していた方です。自己が配達すべきタウンプラス合計132個を配達区域内にあるアパートの空室の郵便受箱に隠匿したことを理由に懲戒解雇され、退職手当も不支給とされました。これに対し、

懲戒解雇は行き過ぎで無効である、

それまでの勤続の功労を抹消するほどの著しい配信行為とはいえない、

などと主張して、退職手当の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、結論として懲戒解雇も退職手当不支給も有効だと述べましたが、退職手当の法的性質について、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「被告における退職手当の性格について検討すると、前記前提事実・・・のとおり、退職手当の額は、『退職日退職手当ポイント』に『退職事由別・勤続期間別支給乗率』と『ポイント単価』を乗じて算出されるところ、『退職日退職手当ポイント』を構成する一つの要素である『役割等級ポイント』は、従業員の役割等に応じてポイントが付与され、査定昇給が行われた場合には査定区分に応じた加減がされることになっていること、『退職事由別・勤続期間別支給乗率』は、自己都合退職と定年等による退職を区別し、前者よりも後者の支給率が高くなっていること(退職手当規程別表第1。乙8)などからすれば、被告における退職手当は功労報償的な性格を有しているものといえる。他方で、前記前提事実・・・のとおり、『退職日退職手当ポイント』を構成する他方の要素である『勤続ポイント』は、基本的に勤務期間等に応じて付与されるものであり、『退職事由別・勤続期間別支給乗率』も退職事由ごとに定められた支給率は勤続期間に応じて高くなるように設定されていることなどからすれば、賃金の後払いの性格も併せて有していると評価できる。

「以上のように、被告における退職手当が功労報償的な性格と賃金の後払いとしての性格の双方を有していることに照らせば、前記・・・で認定判断したように本件懲戒解雇が有効と解される場合であっても、退職手当を不支給又は減額支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが相当であり、被告の就業規則及び退職手当規程の退職手当不支給ないし減額支給の規定も、前記のような趣旨を定める限りで有効と解されるものというべきである。」

「そこで、原告において、従前の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほど著しく信義に反する行為があったといえるかについて検討する。」

3.勤務期間・勤続期間に応じて高くなるように設定されていること

 勤務期間・勤続期間に応じて退職金額が高くなるように設定されていることは、長期間勤務した労働者に対する褒賞という見方もできるように思います。

 しかし、裁判所は、こうした考え方は採用せず、本件のような仕組みを賃金の後払い性格を有している根拠として指摘しました。本裁判例は類似の考え方のもとで設定されている退職金について、賃金の後払い的な性格を有していると主張する根拠となるもので、実務上参考になります。

 

業務時間外の酒気帯び運転を理由とする懲戒解雇が有効とされた例

1.飲酒運転と懲戒

 悲惨な事故が起きる度に厳罰化が求められ、飲酒運転をした公務員に対しては、懲戒免職などの厳しい処分が科されるようになっています。こうした懲戒処分の量定傾向は、民間にも影響を与えているように思います。近時公刊された判例集にも、業務時間外で物損事故さえ起こしていないにもかかわらず、酒気帯び運転を理由とする懲戒解雇が有効とされた裁判例が掲載されていました。大阪地判令7.9.26労働判例ジャーナル165-16 静岡鐵工所事件です。

2.静岡鐵工所事件

 本件で被告になったのは、工作機械の製造等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、営業業務等に従事していた方です。業務終了後、被告の社用車を運転して友人宅に行き、飲酒した後、同車両(本件車両)を運転したことを理由に懲戒解雇されました。これを受けて、懲戒解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では運転していたのが社用車であったとはいえ、業務時間後の飲酒運転で物損事故にさえ至っていませんでしたが、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和5年12月26日、被告の業務を終え、本件車両を運転して一旦自宅に帰宅した後、同日午後7時26分頃に本件車両を運転して友人宅を訪問し、その頃から同月27日午前0時過ぎ頃まで、少なくとも350ミリリットルの発泡酒2本及び350ミリリットルのハイボール3本を飲酒した。原告は、同日午前0時28分頃、友人宅から帰宅するために本件車両の運転を開始したが、道路上を低速で蛇行したり、突然加速したり、停止後少し後退し、再度直進したりするなど異常な運転をしながら、約1.4キロメートル走行し、同日午前0時37分頃、住宅街の狭路に進入し、停車した後、エンジンをかけ、前照灯を点灯したまま居眠りを始めた。同日午前1時31分頃、近隣住民から110番通報を受けた警察官が、上記狭路に臨場し、原告に対する職務質問を開始した。・・・」

「原告は、警察官から降車して呼気検査に応じるよう求められたが、令和5年12月27日午前3時32分頃に道路交通法違反(呼気検査拒否)により現行犯逮捕されるまでの間、呼気検査等を拒否し、警察官に対し、怒鳴りつけたり、『巡査しかできへんのか、お前はショボいから』、『お前は底辺や』などと暴言を吐いたりしたほか、現行犯逮捕の際も、『お前ら覚えとけよ』などと暴言を吐き、本件車両から出た後も警察官を怒鳴りつけるなどした。原告は、同日午前3時40分頃、正常歩行し、直立できたものの、酒臭が強く、顔色は赤く、目は充血した状態であった。・・・」

「警察官は、原告が呼気検査に応じなかったことから、強制採血のための身体検査令状及び鑑定処分許可状の発布を受け、令和5年12月27日午前8時18分、病院において、原告に対する強制採血を実施した。血液鑑定の結果、原告の血液には、1ミリリットル中にエチルアルコール1.5ミリグラムが含まれていた。なお、呼気アルコール濃度は血中アルコール濃度の2000分の1とされているため、上記血中アルコール濃度は、呼気1リットルにつき0.75ミリグラムに相当する。・・・」

(中略)

「本件酒気帯び運転は、長時間にわたり相当量の飲酒をした後に行われたものであり、原告の血中アルコール濃度が本件酒気帯び運転から約8時間経過した時点でも高濃度(呼気1リットルにつき0.75ミリグラムに相当)であったこと・・・、運転中の異常な運転態様及び警察官から職務質問を受けた際の異常な対応・・・に照らせば、運転中のアルコールによる影響は非常に強いものであったというべきであり、交通事故を起こす可能性の高い非常に危険なものであったと評価するのが相当である。」

「本件酒気帯び運転は、被告の業務終了後に行われたものであるものの、社用車を運転するものであり、その運転中に交通事故を起こした場合、被告に自動車損害賠償保障法3条の運行供用者責任等による民事上の損害賠償責任が発生し得るものであったといえるから、単なる私生活上の行為にとどまるものであったとはいえない。」

「加えて、原告は、深夜の住宅街に、エンジンをかけ、前照灯を点灯した状態で本件車両を停車した上、臨場した警察官から呼気検査等を求められたにもかかわらず、これを拒否し、長時間、その場にとどまることとなり、さらに、警察官に対し、怒鳴りつけたり、暴言を吐いたりしたものである・・・から、近隣住民に与えた不安及び迷惑並びに警察官の職務を遅滞させたことは軽視できない。」

「よって、本件酒気帯び運転後の事情も悪質である。」

(中略)

「以上によれば、本件酒気帯び運転は、非常に危険で悪質なものであったというべきであり、また、単なる私生活上の行為にとどまらず、被告の社会的評価を毀損するおそれがあるものであったと認められる。加えて、昨今の飲酒運転に対する社会的な非難の高さなどに照らせば、原告が本件解雇以外に懲戒処分を受けたことはうかがわれないことなどの原告のために有利な事情を考慮しても、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるというべきである。」

「よって、本件解雇は、懲戒権を濫用したものとは認められない。」

3.飲酒運転は重い

 確かに、社用車である点は企業秩序との関係で無視はできませんし、警察官らに対する言動や態度も適切とはいえません。

 しかし、業務時間外での運転で物損事故にさえ至っていない中、処分歴のない労働者に対する懲戒解雇が有効とされたことからは、処分量定が重くなっている傾向が感じられます。

 昨今、飲酒運転で厳しい懲戒責任が問われるのが公務員だけではなくなっていることには、留意しておく必要があります。

 

国籍等と無関係な仕事上のトラブルを原因とする口論で外国人に「国に帰れ」と発言することが差別的言動に該当するとされた例

1.外国人労働者の増加

 外国人労働者の数は年々増加の一途を辿っています。

 令和7年1月31日の厚生労働省の報道発表資料によると、外国人労働者の総数は、

2008年(平成20年)には約48万6000人であったところ、

2024年(令和6年)には約230万3000人にまで増加しています。

「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和6年10月末時点)|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11655000/001389442.pdf

 当たり前ですが、数が増えるとトラブルも増えます。日本人労働者と外国人労働者との諍いは、労働事件を取り扱う弁護士にとって避けては通れないほど大きな問題になっています。

 近時公刊された判例集にも、労災絡みで日本人労働者の外国人労働者に対する言動が問題視された裁判例が掲載されていました。東京地判令7.5.12労働経済判例速報2599-14 国・亀戸労基署長事件です。

2.国・亀戸労基署長事件

 本件は労災の不支給処分(休業補償給付を支給しない旨の処分)の取消訴訟です。

 原告になったのは、在日朝鮮人の両親から生まれた韓国籍の男性です。株式会社に雇用されてコンクリートミキサー車の運転手として運搬業務に従事していたところ、口論になった際に同僚から「国に帰れ」などの発言を受けました。その後、身体表現性障害(本件疾病)を発症し、休業補償給付の請求を行ったところ、処分行政庁から不支給処分とされたことを受け、審査請求⇒再審査請求⇒取消訴訟と手続を進めて行ったのが本件です。

 裁判所も結論としては業務起因性を否定し、原告の請求を棄却してはいるのですが、次のとおり述べて、「国に帰れ」等の発言が差別的言動・人格や人間性を否定するような言動であることを認めました。

(裁判所の判断)

「本件会社においては、終業時刻である午後4時よりも早く運搬業務が終了した場合であっても、業務用車両を洗車するなどの仕事をし、終業時刻前には帰宅しないこととされていた・・・。」

「原告は、当日の運搬業務終了後の午後3時40分頃、私用の電話に出るため、本件会社の社屋を出て、午後4時頃まで自家用車内で通話をした・・・。」

「fは、原告が午後4時よりも前に自家用車内にいたことから、原告の所属する班を担当するi係長(以下『i』という。)にその旨を報告した・・・。報告を受けたiは、私用の電話を終えた原告に対し電話をかけ、そのまま帰宅せず、事務所に寄ってから帰るよう伝えた・・・。」

「原告は、fが過去に原告の行動を本件会社に報告したことがあったことから、今回もfがiに報告したものと考え、事務所に向かう途中で、帰宅途中のfと同僚のj(以下『j』という。)を呼び止めた。原告は、fに対し、なんでもかんでも報告するんじゃない、自分の都合よく報告するのはやめてくれなどとiへの報告について抗議し、原告、f及びjの間で口論に発展した・・・。」

「口論において、それぞれ興奮して口調が荒くなってくる中、fは、原告に対し、『国に帰れ』と発言した(以下『本件発言1』という。)・・・。」

「原告は、fに対し、本件発言1について謝罪するよう求めたところ、fは、原告に対し、『すいませんでしたー』と述べた。なお、このとき、fはマスクをしていた。」

「原告は、fに対し、マスクをとって再度謝罪するよう求め、口論を止めに来たk係長(以下『k』という。)もfに対し、もっと丁寧に謝れなどと言ったところ、fは、マスクをとって、顔と顎を突き出すようにしながら『すいませーん』(以下、これら謝罪発言を『本件発言2』といい、本件発言1と併せて『本件発言』という。)と述べた・・・。」

(中略)

本件発言1は、原告の国籍等とは無関係な仕事上のトラブルを原因とする口論の際にされた発言であり、本邦の域外にある国の出身又は本邦外に国籍を有する者に対し、そのことを理由として、地域社会から排除することを意味するものであって、これが差別的言動に当たり、『人格や人間性を否定するような言動』であることは明らかである。

「他方で、本件会社において本件発言1以前に原告に対する差別的言動があったとは認められないこと、前記認定事実・・・のとおり、本件発言1は、fが原告と口論となり、互いに興奮し口調が荒くなっていた際の発言であること、前記認定事実・・・のとおり、kがfに対しもっと丁寧に謝るよう述べてfに謝罪させるなど、本件発言1に同調、賛同する者がいたとは認められず、むしろ本件会社の上長において、本件発言1について即座に謝罪させており、本件会社において、本件発言1のような差別的言動が容認されるものではないことが明らかにされていること、その後も同様の発言が繰り返されたとは認められないことなどからすれば、本件発言1が執拗な態様であったとはいえない。」

これを現行認定基準に即してみると、別表の項目23『同僚等から、暴行又はひどいいじめ・嫌がらせを受けた』に当たるところ、上記行為を反復・継続するなどして執拗に受けたと認められないから、その心理的負荷の強度は『中』と認めるのが相当である。

3.国籍と無関係な仕事上のトラブルに国籍を持ち出すのは不適切であろう

 裁判所が指摘しているとおり、国籍と無関係な仕事上のトラブルについて国籍を持ち出して揶揄するのは不適切だと思います。

 この種の言動は近時目立つようになっており、同種事案に取り組むにあたり、裁判所の判断は実務上参考になります。

 

管理監督者に相応しい権限-職務内容の点である部門全体の統括的な立場にあるか否かという観点からの検討を行えば足りるとの見解が否定された例

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 この①の権限について、近時、労務管理上の権限に言及することなく、

「『経営者と一体的な立場』にあるというのは、担当する組織部分について、経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあることを意味するにとどまる。そうすると、当該労働者がその職務内容の点で、少なくともある部門全体の統括的な立場にあるか否かという観点からの検討を行えば足りるというべきである。」

と述べたうえ、管理監督者性を否定した裁判例が言い渡され、注目を浴びていました(静岡地判令6.10.31労働経済判例速報2573-3日本硝子産業事件)。

 その後の経過が気になっていたところ、上述の判示は控訴審(東京高判令7.7.2労働判例ジャーナル165-26日本硝子産業事件)で破棄されたようです

2.日本硝子産業事件

 本件はいわゆる残業代事件です。

 被告(被控訴人)になったのは、アンプル・バイアルの製造、品質管理、受託業務等を業とする会社です。

 原告(控訴人)になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、執行役員医薬品担当部長として勤務していた方です。

 本件の原審は、原告の管理監督者性について、次のような判断を示したうえ、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法41条2号の趣旨は、管理監督者が労働者に対して「監督若しくは管理の地位にある者」であり、経営者と一体的な立場にある者であるから、労働時間等に関する規定の適用を除外されても、労働基準法1条、37条1項の趣旨に反しないということにあると解される。」

「そうすると、管理監督者に当たるか否かは、その職務の名称にとらわれず、(a)職務内容、権限及び責任の重要性に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか、(b)その勤務実態に照らし、法定労働時間の枠を超えて勤務する必要があり、その勤務実態が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か等、(c)給与(基本給、役付手当等)又は賃金の全体において、管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸点から判断する必要があるというべきである。」

「なお、前記(a)に関して『経営者と一体的な立場』 にあるというのは、担当する組織部分について、経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあることを意味するにとどまる。そうすると、当該労働者がその職務内容の点で、少なくともある部門全体の統括的な立場にあるか否かという観点からの検討を行えば足りるというべきである。」
(中略)

「職務内容、権限及び責任の重要性に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか」

「被告の職制規程・・・によれば、執行役員は、社長若しくは社長から委任された職務を担当する取締役又は常務執行役員の命を受け、所管する部若しくは工場又は室の業務執行方針を樹立し、所属管理者等を指揮して所管業務を執行すると定められている。そうすると、被告の職制では、執行役員は、所管する部若しくは工場又は室の長であることが認められる。」

「また、被告の人員一覧・・・によれば、従業員合計111名のうち、取締役と執行役員は合計9名しかいなかったことが認められる。」

「そして、前記第・・・記載のとおり、原告は、被告に入社した当初から執行役員に就任しており、品質保証室長や品質保証グループ等の所属管理者よりも上位にあったこと、医薬品担当部門の長の地位にあったことが認められる。また、令和3年5月29日以降は、品質保証部長代理の地位にあり、同部長と同等の権限を有していたこと、正医薬品製造管理者として、医薬品製造事業を統括する地位にあったことも認められる。」

「これらのことからすると、原告は、被告の品質保証部門において、全体の統括的な立場にあったものということができる。」

 しかし、控訴審裁判所は、次のとおり述べて、原告(控訴人)の管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、原審及び当審において、控訴人が品質保証部門又は品質保証部の最高責任者(長)であったと主張し、認定事実aのとおり、職制規程上、控訴人は、品質保証部門又は品質保証部の長として、業務管理上及び労務管理上の権限を有するはずの者として位置づけられていると考えられ、認定事実b及びcのとおり、業務管理の面では、品質保証部門又は品質保証部に所属する部下に対し、業務管理上の権限を行使して、業務を遂行していることが認められる。」

「しかし、控訴人の業務の遂行状況の実態を見ると、まず、控訴人が品質保証部門又は品質保証部に所属する従業員・・・に対し、労務管理上の何らかの権限を行使して労務管理に平素から当たっていたことを窺わせる状況は認められず、かえって、被控訴人の主張の状況と証拠・・・によれば、控訴人は、品質保証部門又は品質保証部において労務管理上の重要な役割を与えられておらず、その権限を有していなかったと推認せざるを得ないところであり、このような状況が入社から間もない間の過渡的なものであったことを認めるに足りる証拠もない。また、職制上とGMP組織上の控訴人の各職位に基づく権限を見ても、控訴人は、品質保証部門においては、職制上同位の職位のDが存在し、GMP組織上の職位はなく・・・、また、体制の見直し後の品質保証部においては、GMP組織上医薬品製造管理者(正)の職位にあった・・・が、Dは、医薬品製造管理者(副)、品質管理責任者の職位にあったばかりか、職制上上位の品質保証部長の職位にあったこと・・・が認められる。さらに、被控訴人が主張するC工場△号棟建築についての控訴人の役割・・・や、品質会議及び管理者会議への出席は、控訴人の一般的な管理職としての業務管理上の権限を基礎づけるにとどまり、控訴人が品質保証部門又は品質保証部の最高責任者(長)であったことを基礎づけるに足りるものではない。」

「そうすると、控訴人が品質保証部門又は品質保証部の最高責任者(長)であったと認めることはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。」

(中略)

「以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人は、経営者と一体的な立場にある者に当たると認めることはできず、労働基準法41条2号の管理監督者に当たるということはできない。」

3.正常な判断枠組みに是正された

 以上のとおり、高裁は通説的な見解に従い、労務管理上の権限(重要な役割)があるかという観点から管理監督者性の判断を進めました。

 独特の判断が広がることなく高裁で無事是正されたことは良かったと思います。