1.熱中症
熱中症とは「高温多湿な環境下で、発汗による体温調節等がうまく働かなくなり、体内に熱がこもった状態」をさします。屋外だけでなく室内で何もしていないときでも発症し、場合によっては死亡することもあります。
この熱中症対策を労働者任せにしておくことが任せにしておくことが否定された裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。福岡高判令7.2.18労働経済判例速報2598-3 X社(海外労災)控訴事件です。
2.X社(海外労災)控訴事件
本件で被告になったのは、
船舶の修理等を行う株式会社(被告会社)
被告会社の代表取締役
被告会社の取締役2名
です。
原告になったのは、サウジアラビアに出張中、屋外作業をしている時に熱中症で死亡した労働者の遺族らです。労働者の死は被告らに責任があるとして、損害賠償を請求する訴えを提起しました。
一審は、取締役らの責任を否定する一方、労働者の死亡は安全配慮義務違反に起因するとして被告会社の責任を一部認めました。これに対し、原告、被告の双方が控訴したのが本件です。
控訴審裁判所は双方の控訴を棄却して原審の判断を維持しましたが、その中で次のような判断を示しました。
(裁判所の判断)
「Eは、作業への従事を開始した平成25年8月17日は、ヤンブー到着後3日目であり、熱への順化が必ずしも十分でなく(Eが勤務していた1審被告会社K工場の作業場は、街地から離れた山地内の建物内にあり、適温な状況にあったものであって、ヤンブーにおける本件工事現場の作業環境とは異なる。)、ヤンブーの気候条件等の下では、熱中症発症のリスクが高い状況にあったといえる上、身体調節機能に不調を来たす可能性が高い旅客機への長時間の搭乗や時差の影響も残存していたと推認できること・・・等からすると、取り分け、この期間において労働者をして暑熱環境に接する状況下で作業を行わせる以上、1審被告会社には、熱ストレスの客観的評価を行った上で的確に熱中症発症のリスク評価を行うことを前提に、労働者の健康状態等の管理に対する各別の配慮が求められ、熱中症発症に影響を与えるおそれがある事情として、労働者の睡眠状況や食事(特に、朝食)、水分及び塩分の摂取状況を的確に把握し、労働者の自覚症状にかかわらずその摂取を指導するなどして、熱中症の予防措置を的確に実施すべき注意義務があったというべきである。」
「ところが、1審被告会社は、もともと高温多湿の環境にあるヤンブーにおいて、熱への順化が必ずしも十分ではなく、身体調節機能に不調を来たしやすい長時間の搭乗や時差の影響を払しょくするための十分な時間も経ていないと推認されるEをして、同月17日から、暑熱環境に接する状況下においてフルタイムで作業等に従事させ(なお、同日の終業が午後4時か午後5時かによって左右されるものではない。)、それを同月19日まで続けさせた(Eが少なくとも同日の昼食を摂取しない状態で日中の作業に従事したことは前記認定のとおりである。)。」
「そして、総括責任者であるJは、Eが暑熱環境下において作業に従事することについて一定の配慮をしたことは認められるものの、本件工事現場において、備え付けられていた飲料水等の摂取や体を冷やす備品の装着等は、飽くまで労働者任せにしており、本件工事現場において、作業開始時や作業中及び休憩時において、労働者の自覚症状にかかわらず、その判断、自由に任せることなく、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、定期的に水分及び塩分の摂取状況や体を冷やすための備品の装着状況を確認し、これを踏まえた摂取又は備品の装着の指導等が具体的に行われていたことは認められない(この点について、同月17日から同月19日までの間、Jが本件工事現場の作業中、頻繁に巡視、声掛けをして個々の労働者の健康状態等を的確に把握していたとは考えにくく、これに反するJの陳述〔乙62〕は採用できない。なお、少なくともLにおいて準備した保冷剤等は平成25年8月19日まで使用されていない。」
「次に、Jが、Eの健康状態の管理の一環として、熱中症の発症に影響を及ぼすおそれがある睡眠状況や食事の摂取状況等について的確に把握し、これらに関する指導をするなどしたことは認められない(この点について、Jは、本件工事現場に向かう途中等で作業員らの体調を確認していたなどと陳述するも、その内容は一般的抽象的な域を出ないものであり、現にEに対し、熱中症の発症に影響を及ぼすおそれのある睡眠状況や食事、特に朝食の摂取状況について、的確に確認するなどしたことは認められない。)。すなわち、Eについて、同月18日の夕食時には摂食の変調が見られるも、Jは、翌19日の夕食時に至るまでEの食事の摂取状況を確認しておらず、把握していなかった。」
「これらのことからすると、1審被告会社において、熱中症の予防措置を一部講じていたことを考慮しても、本件において、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、Eの業務中における熱中症の発症を予防するための十分な措置を講じていなかったと認められる。このことは、Jが、同月20日以降、Eをして作業に従事させず、同月21日には医師の診察を受けさせたこと等を考慮しても、覆らない(なお、Eの健康状態が悪化した同月24日には、1審被告会社の関係者において、その昼過ぎ頃から午後6時半頃までEの状態の確認がされたことは認められない上、同時刻のEの状態は、既に医師でないJを含む1審被告会社の同僚が見ても異常を来たした状態であったにもかかわらず、Eを病院に連れて行くことにしたのは午後9時頃のことであり、その対応の遅さは否定できない。これによりヤンブーの病院において、ジッダの病院へ連れて行くよう指示されても同日中に連れて行くことができず、ホテルに戻ったEは、翌25日午前2時から午前7時まで、約10分間疲れるまで暴れて約20分間寝ることを繰り返すような状態となり、その症状の悪化を招いたものといわざるを得ない。)。」
3.積極的申告がなくても対応が必要
精神障害者に対する安全配慮義務について、最二小判平26.3.24労働判例1094-22 東芝(うつ病・解雇)事件は、
「上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。」
と判示しました。
熱中症はメンタルというよりもフィジカルな疾患ですが、裁判所は、
「労働者の自覚症状にかかわらず、その判断、自由に任せることなく、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、定期的に水分及び塩分の摂取状況や体を冷やすための備品の装着状況を確認し、これを踏まえた摂取又は備品の装着の指導等が具体的に行われていたことは認められない」
とて使用者の安全配慮義務違反を認めました。
労働者が無理をしがちなのは、メンタルであろうがフィジカルであろうが本質的な差はないように思います。裁判所の判断は、フィジカルな疾患との関係でも使用者に労働者の自覚症状や申告に依存しない安全管理措置をとるべき義務を求めたものとして、実務上参考になります。