弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授(医学部)の解雇係争中の他社就労-元々の賃金の3倍以上(月額180万円)の職を得ていても就労意思が否定されなかった例

1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)

 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。

 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。

 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。

 しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、残念ながら、そのようには理解されているわけではありません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。例えば、何等かの理由によって違法無効な解雇とは無関係に就労意思を喪失してしまったような場合、就労意思喪失時以降のバックペイの請求は棄却されることになります。

 就労意思との関係ではしばしば他社就労が問題になります。他社で就労を開始した以上、元々の会社での就労意思は既に失われてしまっているのではないかという問題です。

 しかし、係争中であろうが、現実問題、生きていくためには働かなければどうにもなりません。それなのに、他社で働いたら直ちに就労意思が失われ、解雇紛争で負けるというのは酷な話です。そのことは、当然、裁判所も理解しており、他社就労によって就労意思が否定される例は、決して多くはありません。

 近時公刊された判例集にも、そうした裁判所の姿勢の表れともいえる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介させて頂いている、福岡地判令5.12.12労働判例ジャーナル147-30 国立大学法人佐賀大学事件です。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学医学部附属病院(附属病院)を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、医師の方です。平成29年9月1日、期間5年の有期雇用契約を交わし、佐賀大学教授医学部医学科胸部・心臓血管外科学講座(本件教授職)に任命されました。しかし、平成30年9月30日付けで「勤務成績又は業務能率が著しく不良と認められる場合」等に該当するとして普通解雇されてしまったことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では普通解雇は無効と判断されたのですが、原告の就労意思の有無が問題になりました。就労意思の有無が問題になったのは、原告の方が佐賀大学医学部でもらっていた賃金(本件解雇直前で月額54万8800円)の3倍以上にあたる月額180万円もの賃金で他社就労(他医院就労)していたからです。

 被告は、これを捉え、

「原告は、本件解雇直後から現在まで、西田病院において継続的に就労しており、同病院での就労の形態が代替困難な常勤であること、同病院の賃金は月額180万円もの高額であること等に照らすと、原告は、本件解雇直後から被告に戻り就労する復職意思及び能力を喪失していたというべきである。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、就労意思の喪失を否定しました。

(裁判所の判断)

原告は、平成30年10月1日から現在まで、西田病院において、概ね週5日の頻度で外科診療を担当し、月額180万円の賃金の支払を受けている

(中略)

「本件解雇の無効により原告が支払を受けるべき未払月例賃金の額については、本件解雇直前の平成30年9月分給与支給総額54万8800円・・・のうち、本給等支給額47万6400円、扶養手当2万1500円、住居手当2万7000円、初任給調整手当2万1900円の合計54万6800円(給与支給総額から通勤手当2000円を控除した額)を基礎月額として算定することになる。」

(中略)

被告は、原告が本件解雇直後から西田病院において常勤の心臓血管外科領域の医師として就労し、月額180万円もの高額な賃金の支払を継続的に受けていることを理由に、原告が本件教授職への復職意思及び能力を喪失している旨主張する。

確かに、原告は西田病院において概ね週5日の外科診療に従事している・・・から常勤と評価し得るし、西田病院の本給960万円・・・は被告在職時の基本年俸571万2000円・・・を大幅に上回るものとなっている。

しかし、原告は、飽くまで西田病院との雇用契約(給与辞令)上は非常勤医師とされており・・・、少なくとも同病院の運営に責任を負うべき立場にはないから、西田病院に常勤の心臓外科領域の医師が原告1名であることを踏まえても、本件教授職に復帰し得る状況が作出されれば、原告が西田病院の後任者等について相応の配慮をした上で西田病院を辞職することが不可能であるとまではいえないし、月額180万円という賃金額は、民間病院における医師の賃金として著しく高額であるともいえない。かえって、原告は、本件解雇から現在まで一貫して本件教授職に復職する意向を示していること・・・に加え、母校である九州大学大学院の助教や講師の経歴を有していること・・・に照らすと、原告は、単純な賃金の多寡よりも、研究・教育と臨床を両立できる本件教授職に復帰すること自体に重要な価値を見いだし、真摯に本件教授職への復職を希望し続けているものと認められる。また、既に繰り返し説示したとおり、本件解雇後に有期雇用契約期間が終了するまでの間、原告が本件教授職に復職する能力を有していなかったとは認められない。よって、被告の上記主張を採用することはできない。

3.就労意思は滅多なことでは否定されない、大学教授なら猶更

 非常勤の契約であるとはいえ、元賃金の3倍以上、そして、絶対額としても高額な月額180万円もの収入を得ながら、なお、就労意思が否定されなかったことは注目に値します。

 本件の結論には大学教授という職業としての特殊性が影響しているため、どこまで一般化できるかという問題はありますが、就労意思が争われる事案の処理にあたり、実務上参考になります。