弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラについての二次証拠の証拠力

1.具体的な内容が分からないセクハラの嫌疑

 使用者からセクシュアルハラスメント(セクハラ)の疑いをかけられているのに、いつ・誰に・どのようなセクハラをしたというのかを教えてもらえない-そうした相談を寄せられることがあります。

 意外に思われる方もいるかも知れませんが、こうした相談を受けたことは、一回や二回ではありません。一々数えていられないほどたくさんあります。

 こうした相談が寄せられる背景には、大きく二つの事情があります。

 一つは、被害者保護の考え方です。誰がどのようなセクハラ被害を受けたと話しているのかを加害者に伝えてしまうと報復を誘発しかねない、そうした危険から被害者を守らなければならないという発想です。自分が被害申告したことを加害者に伝えて欲しくないと希望する被害者もいるため、使用者としても情報の取り扱いに苦慮するのだと思います。

 もう一つは、濡れ衣を着せやすいことです。被害者保護の考え方があることから、嫌疑の具体的な内容を労働者に告知しなくても、それほど不自然には見えません。そうした特性を利用し、労働者にも周囲にも「セクハラがあった。」という抽象的な事実のみ伝え、意に添わない労働者を強引に職場から放逐しにかかるケースがあります。

 被害者保護の考え方自体は理解できるものですが、嫌疑をかけられた労働者からすると、何をしたと言われているのかも分からないまま懲戒手続が進んで行くのは、恐怖としかいいようがありません。そこで、どのように対応すればよいのかを知りたいと、弁護士のもとに相談に来ることになります。

 こうした方々が一様に心配するのは、いい加減な証拠のもとでセクハラの事実が認定されてしまうのではないかということです。誰が・どのようなセクハラをしたと言っているのかも分からないまま責任を問われるのは納得できないというのは、素朴な法感情に添う自然な感覚だと思います。

 しかし、本当に心当たりがないのであれば、それほど心配は要りません。訴訟を提起して争えば、使用者側は相応の根拠を明らかにせざるを得ないからです。具体的な嫌疑・非違行為の内容が明確にならない限り、そう簡単に不利益処分の効力は認められません。近時公刊された判例集にも、二次証拠によるセクハラの認定を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令2.9.16労働判例ジャーナル106-32みずほビジネスパートナー事件です。

2.みずほビジネスパートナー事件

 本件は業務上のミスやセクシュアルハラスメント行為を理由とする普通解雇の効力が問題になった事件です。

 被告使用者は、非違行為として7項目のセクハラ行為を挙げ、その一部をヒアリング担当者の供述や被害者女性との面談記録などで立証しようとしました。

 しかし、裁判所は、そうした立証を排斥し、原告労働者の主張・供述に沿う限度でしかセクハラの事実は認定できないと判示しました。

 裁判所の判断は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

非違行為2及び非違行為7については、被告は、原告や被害者とされる女性社員等との面談内容をまとめた書面・・・を提出するほか、証人P5及び証人P7が当該書面のとおり面談において聴取した旨供述する一方、原告は、非違行為2及び非違行為7の事実については否認し、原告本人尋問において同旨の供述をするとともに、陳述書・・・を提出する。」

「そこで、被告が提出する上記書面の信用性について検討すると、当該書面は、被告において原告及び複数の女性社員から原告の言動について聞き取った結果を併せて作成したもので、いずれも非違行為2及び非違行為7の事実に関する伝聞証拠であり、反対尋問による信用性の精査ができないものであるから、その信用性については慎重に判断する必要があるところ、被害者とされる女性社員以外の発言者もマスキングによって特定されておらず、また、当時の客観的状況が明らかでないことからすれば・・・、発言内容について客観的状況に照らして検証することもできず、直ちに採用することはできない。そして、原告は、非違行為2の事実については、他の社員もいる前で女性社員に対して可愛い、素敵と言ったこと、食事に誘ったこと及び両肩を触ったことはないとして否認し、非違行為7の事実については、スポーツされていらっしゃるんですねと述べた限度で認め、女性社員の足に言及した点は否認するところ、当該弁解自体が直ちに不自然、不合理とはいえないことからすれば、非違行為2及び非違行為7に関する上記報告書の内容は、原告の主張及び供述に沿う限度で信用性が認められるというべきである。

「したがって、非違行為2の事実は認められず、非違行為7の事実は原告が女性社員に対して速いですね、スポーツされていらっしゃるんですね旨述べた限度で認められる。」

3.過度に怖がる必要はない

 上述のとおり、裁判所は、二次証拠によるセクハラ行為の認定を否定しました。

 被害者保護の観点からの批判はありますが、裁判実務上、原供述者にその趣旨や真意を確かめることができない二次証拠には、それほどの力点は置かれません。

 解雇されても、そこで諦めることなく、法的措置をとって争えば、相手方の持っていた根拠がそれほど盤石でないと判明することは、決して少なくありません。

 道理は通るので、何事も絶望しないことが重要です。