弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

経営者が激情に任せて言った「ならば懲戒解雇だ。」に法的効力はあるか?

1.怒りに任せて言い渡される解雇

 退職を申し出るなど、経営者の意向に沿わない言動をとったとき、突然クビを言い渡されることがあります。

 本邦では、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない解雇は効力を有しません(労働契約法16条)。そのため、碌に解雇理由の検討すらなされないまま、解雇の意思表示がなされたとしても、そうした解雇が有効と理解されることはあまりありません。

 しかし、然るべき手続も踏まず、怒りや激情に任せて言い放たれた「解雇する。」という言葉は、有効・無効を論じる以前の問題として、そもそも法的な意思表示とみることができるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されていました。札幌地判令2.5.26労働判例1232-32 日成産業事件です。

2.日成産業事件

 本件で被告になったのは、道路工事用資材の販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告会社で営業部長として勤務していた方です。平成29年4月17日、被告会社のA会長に対して退職を申し出ました。A会長からは慰留されましたが、退職する意思は変わらないと伝えたところ、怒ったA会長から「ならば懲戒解雇だ。4月21日から来なくてよい。」などと言われました(本件懲戒解雇)。その後、B社長らが原告を慰留するなどし、結局、懲戒解雇の話はなくなるとともに、原告も退職を保留することになりました。

 しかし、退職の意向が変わらなかった原告は、5月2日に改めてA会長に退職の意思を伝えました。このとき、原告は5月20日をもって退職すると伝えましたが、A会長は怒りだし「それでは4月17日に懲戒解雇したので、4月21日から5月2日までの給料・・・は支払わない。」などと述べました。

 こうした事実経過のもと、本件では、4月17日の本件懲戒解雇を、法的な意思表示とみることができるのかが争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、A会長の発言は解雇の意思表示ではないと判示しました。

(裁判所の判断)

「4月17日、退職を申し出るなどした原告に対し、A会長が『ならば懲戒解雇だ』などと述べた事実は認められるところ、原告は、その前後の経過として上記・・・のとおり供述しており・・・、その内容は、同月25日に原告が労働相談に訪れた際に相談担当者が作成した労働相談票・・・の記載内容や同月21日以降の経費に関する客観的資料・・・と基本的に整合するものであって信用性が高く、その供述するとおりの事実が認められる。」

「そして、上記・・・の事実経過に照らすと、A会長の上記発言は、退職の意向を繰り返し示し、慰留を受けても翻意しようとしない原告の態度に腹を立てるなどし、一時的な感情のたかぶりに基づいて口に出たものであると考えられる。これに加え、当事者間においてもおおむね争いのない・・・事実のほか、管理職の懲戒解雇という重大な事項に関するものであるにもかかわらず被告内部の意思決定手続を経ていないことをも考え併せると・・・、あくまで事実上の発言にすぎず、法的効力を伴うものとしての懲戒解雇の意思表示ではなかったものというべきである。

3.内部的な意思決定手続の欠缺

 裁判所は、内部的な意思決定手続も経ないまま、一時的な感情のたかぶりに基づいて口から出た「ならば懲戒解雇だ。」といった発言について、解雇としての有効・無効を論じる以前に、そもそも解雇の意思表示ではないと判示しました。

 4月17日以降も働き続けていることからすると、当然といえば当然のことですが、内部的な意思決定手続を経られていないことが解雇の意思表示が存在しないとする理由の一つに掲げられていることは、注目に値します。内部的意思決定手続が踏まれていない解雇の通知に意思表示としての効力が認められないとすれば、小規模な事業所を中心に行われている強引な解雇のうち、かなりの部分を否定できる可能性があるからです。

 感情的になった経営者から突然解雇を言い渡された方は、解雇が無効であると主張することのほか、そもそも解雇の意思表示自体なされているとはいえないという争い方があることも、知っておいて良いのではないかと思います。