弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賞与の不支給への対抗手段としての損害賠償請求

1.賞与が支給されない

 使用者との関係が悪化すると、賞与を支給されないという措置をとられることがあります。こうした措置が許されるのかと、労働者の方から相談を受けることは珍しくありません。

 結論から言うと、賞与の不支給を争うことは、実務上困難なことが少なくありません。具体的な支給額や算定方法が給与規程等で定められていない場合、前年支給額を下回らない額が支給されている労使慣行が存在するなどの事情でもない限り、使用者が支給額を定めなければ、賞与は具体的な権利として発生しないと理解されているからです(最三小判平19.12.18労働判例951-5福岡雙葉学園事件)。

 賞与が前年支給額を下回ることなく恒常的に支払われている事案は多くはありません。それが労使慣行として成立しているといえる場面は、更に限定されます。結果、査定など支給額の決定が必要な賞与は、不支給を問題にして請求しても、その多くが門前払いに近い形で棄却されることになります。

 それでは、賞与の不支給を不法行為と構成したうえ、損害賠償請求の形で争うことはできないでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。千葉地判令2.3.27労働判例1232-46 フェデラルエクスプレス事件です。

2.フェデラルエクスプレス事件

 本件で被告になったのは、航空運送業を主要な業務とする外国法人です。

 原告になったのは、被告に雇用されている航空整備士の方です。平成29年の賞与が不当に低く査定されたとして、雇用契約に基づく賃金請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づいて、本来支給されるべき賞与額との差額等の支払を求めたのが、本件です。

 裁判所は、結論として原告の請求を棄却しましたが、請求の可否の判断基準について、興味深い判示をしています。その判示内容は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「被告は従業員に対し、毎年賞与を支給することとしているが、その具体的な金額は、観察期間における従業員の勤務状況を査定してPA(パフォーマンス・アプライザル 括弧内筆者)を定め、そのPAに応じたパフォーマンス・ボーナス比率を乗じて算出されるとされているから、賞与の具体的な請求権は、原告が雇用契約においてその支給を受け得る資格を有していることから直ちに発生するものではなく、当該年度分の支給の実施及び具体的な支給額又は算定方法についての使用者の決定があって初めて発生するというべきである(最高裁平成19年12月18日第三小法廷判決・集民226号539頁参照)。したがって、原告には被告が決定したPAに応じた賞与請求権しか発生していないというべきであり、確実に得られるはずの査定による賞与額というものは観念できないから、それと実際に支払われた賞与額との差額を雇用契約に基づき請求することはできないというべきである。

「もっとも、使用者は従業員の勤務状況の評価について裁量権を有しており、使用者は合理的な範囲で従業員の勤務状況を評価することができると解されるものの、評価の前提となる事実の認定に誤りがある場合や事実の評価が著しく合理性を欠く場合、被告が定めた評価方法や手順等に違反した場合には、その裁量権を逸脱・濫用したものとして、従業員に対する不法行為となる場合があるというべきである。

3.損害額立証の問題は残るが・・・

 裁判所は、査定が必要なことを根拠として、賞与請求(賃金請求)の形で差額部分を請求することを否定しました。その一方で、不法行為に基づく損害賠償請求の形であれば、認められる可能性があることを示唆しました。

 不法行為構成をとったとしても、認容判決を得ようと思った場合、損害(額)の立証責任を負っている関係で、確実に得られたはずの査定を証明する必要があることから、結果は変わらないのではないかと思われる方がいるかも知れません。

 しかし、損害額の認定にあたっては、民事訴訟法に特別な定めが置かれています。具体的に言うと、民事訴訟法248条は、

「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。

と規定しています。

 民事訴訟法248条の適用自体、相当なハードルの高さはありますが、理論上、適正な査定が得られなかったために逸失した賞与相当額を「損害の性質上、その額を立証することが極めて困難」な損害として理解できる余地は、十分にあるのではないかと思います。

 こうした規定も考慮に入れると、賞与の不支給を争う場合には、賞与請求権自体を訴訟物として構成するよりも、不法行為に基づく損害賠償請求権を訴訟物として法的手続に乗せた方が良さそうに思われます。