弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

地位確認は早く-1年以上は放置しすぎ

1.解雇から長期間経過している場合

 本邦の法制では、解雇無効の出訴期間に制限はありません。それでは、解雇から幾ら長期間経過していても、その効力を争って労働者は地位確認訴訟を勝ち抜くことができるのでしょうか?

 解雇後8年経過後の解雇無効の主張を許容した裁判例もありますが(東京高判昭53.6.6労働判例301-32国鉄甲府赤穂車掌区事件)、教科書的には、

「実務上、解雇から相当期間経過してから提訴する場合には、裁判所からなぜ長期間経ってから提訴したのか疑問を呈されたり、解雇の承認や就労意思の喪失とみなされたりする可能性がある」

ので、解雇から時間が経っている事件の受任には注意すべきとされています(第二東京弁護士会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕364頁参照)。

 それでは、地位確認訴訟を提起するにあたり、裁判所から「遅い」と思われない期間は、具体的にどの程度なのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令2.2.4労働判例ジャーナル101-42 O・S・I事件です。

2.O・S・I事件

 本件は、セクシュアルハラスメントをしたという疑いをかけられた従業員が、勤務先に出勤しなかったところ、自然退職扱いされた事件です。原告従業員は、自然退職の効力を争い地位確認などを求める訴えを提起しました。

 被告会社が原告従業員に対し自然退職を伝えたのは、平成27年11月18日ころのことです。被告会社は、原告従業員に対し、連絡がとれなかったことなどを理由に、平成27年10月6日付けで退職したものとみなすと記載した書面を送付しました。

 原告従業員は被告会社と交渉を持っていましたが、平成28年3月29日に代理人弁護士との委任契約を解約し、平成28年8月31日に労働組合からの支援を打ち切られました。

 その後、1年以上が経過した平成29年10月5日、原告従業員は新たに代理人弁護士との間で委任契約を交わし、被告会社に対し、地位確認を主張する通知書を送付しました。

 解雇無効が認定された後、解雇時に遡って賃金を得られるのは、就労する意思と能力を有しながら、使用者の側で労務の提供を拒絶したことに根拠があります。

 本件では、1年以上に渡って放置されていた期間について、果たして原告従業員に就労の意思があったと認定できるのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり判示し、就労の意思を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「平成28年3月29日、前記前代理人弁護士との委任契約を解約し、さらに、同年8月19日に開かれた前記労働組合と被告との第3回団体交渉の席において、激高して一方的に退出し、同労働組合は、原告が交渉を拒絶したことから被告との団体交渉は継続できず責任を負えないと判断したとして、同月31日限り、原告に対する支援を打ち切ったこと、原告は、その後、平成29年10月5日までに原告訴訟代理人弁護士に委任して、同弁護士において被告に対し原告について被告の従業員の地位にあることを主張する旨記載のある通知書・・・を送付するまで、1年以上にわたり、被告に対して就労を再開させるよう求めたことが一切なかったことが認められる・・・。」

「この点、原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中には、原告は、上記労働組合が原告に対する支援を打ち切った後も、被告において就労する意思を持ち続け、被告に対して就労を再開させるよう要求していたとの供述等があるが、これを認めるに足りる的確な客観的証拠はない。原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中には、原告は、上記労働組合の支援打ち切り後、労働基準監督署、年金事務所、社会保険審査官等の行政機関に相談をしていたとの供述等があるが、原告の上記供述等によれば、その内容は、被保険者資格喪失日の調査等、すなわち、退職を前提とした手続に係るものであって、原告の就労の意思を裏付ける行為とはいえない。また、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告に対し、平成28年9月以降も、被告代表者、c、被告訴訟代理人弁護士らに対してファクシミリを利用して文書を送付したり、電子メールを送信していたことが認められるが、その内容は、いずれも退職証明書の交付を求めたり退職証明書等の記載に誤りがあると指摘したりするのみで、就労の再開を求めるような記載は見当たらないものであるし、その表現振りを見れば、被告代表者の言動をののしり、被告訴訟代理人弁護士の言動等を常識的に許容される範囲を逸脱した文言を用いて執ように非難したり皮肉交じりにからかったりするものであって、被告に対して真実就労の再開を求めようとする者の言動とは到底評価できず、これらによっても、原告の就労の意思を推認することはできない。なお、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告代表者、c、被告訴訟代理人弁護士らに対し、解雇の撤回を求めるなどと記載された通知書(案)と題する文案を添付した電子メールを送信したことが認められるが、実際に正式な通知書を送付したとの事実を認めるに足りる証拠はない。」

そもそも、原告が真実被告において就労する意思を有していたとすれば、労働組合が原告に対する支援を打ち切って団体交渉が行われないことが決まった後、被告代表者らに対して上記のような無用に敵対的な内容の電子メールを繰り返し送信するのではなく、速やかに、被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める労働審判申立てや訴訟提起等の法的手続をとってしかるべきと解される。しかし、この点、1年以上にわたって弁護士に委任することなく、行政機関とのやり取りや、被告代表者や被告訴訟代理人弁護士らに対して上記のようにその言動等を非難する内容の電子メールを送信することなどに終始するのみで、法的手続を取らないでいたことについて、原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中に合理的な説明はない。

以上によれば、原告が上記労働組合の支援打ち切りの翌日である平成28年9月1日以降、今日まで、被告において就労する意思をなお有していたとの事実は認められず、かえって、原告は就労の意思を失っていたというべきであって、原告が同日以降被告において就労しなかったことについて、被告の責めに帰するべき事由によるものとは認められない。

3.労働条件の不利益変更とは違う

 以前、

「固定残業代の合意-2年以上前の導入の経緯であっても争える」

という記事を書きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/08/16/153216

 ここで、

「労働条件の不利益変更が問題になるケースは、・・・相当古い事件でも掘り起こせることがあります。」

と書きました。

 確かに、使用者に従属している関係が継続している場合、かなり昔のことであっても蒸し返せる可能性があります。しかし、使用者との従属的な関係性が途絶してしまう解雇等の場面では話は別で、原則通り古い事件は扱うことが難しくなります。

 問題は旧国鉄絡みのような特殊な事件は別として、どの程度放置していたら事件化が困難な「古い事件」にカテゴライズされるのかですが、裁判所は1年以上は放ったらかしすぎだと判示しました。

 提訴までの間、就労意思が継続的に示されている事案であれば、話が違ってくる可能性はあると思います。しかし、そうであるにしても、地位確認に関して言えば、できるだけ早い段階で、交渉や法的措置に着手しておいた方が無難です。